第19話 正規のパイロット

 僕達を乗せた宇宙戦艦愛鷹アシタカが、千葉ちばコロニーに到着した。


 宇宙に浮かぶ鉄の円筒、スペースコロニー。その両端はソーセージみたいに丸くすぼまってて、ボトルキャップ状の構造物が栓をしてる。


 キャップは回転してない、無重力区。

 キャップの上面の四角い穴が宇宙港。


 そこに入港した愛鷹アシタカから、乗組員クルーの人達と一緒に降りる。僕を気遣ってくれたのかアーカディアン仲間の3人、つば姉・艦長さん・しまさんがずっと側にいてくれた。


 みんな宇宙服から地上服に着替えてる。


 僕は学生服をなくしたので、艦にあったジャージを借りた。身長150cmの小柄な僕に合うサイズがなくて、ぶかぶか。

 リフトグリップで移動中、僕がそれを気にしてたら、つば姉が――



「明日、町で一緒に服を買おう」

「うん。ありがとう、つば姉」



 氷威コーリィ現実リアルの姿、つば姉。

 佐甲斐さかいつばめさん。国連軍じゅん

 ヴェサロイドVDのテストパイロット。

 16歳。もうじき誕生日で17歳になる。


 つば姉の姿はアーカディアンの氷威コーリィのアバターそっくりだ。160cmの長身で、前髪ぱっつん黒髪ロングの和風美人。氷威コーリィは道着に木刀て格好が多かったけど、今は青いジャケットとズボンの国連軍の軍服を着て、軍刀を左腰に帯びてる。


 つば姉は日本の古流剣術を習ってるけど、だから帯刀してるってわけじゃなくて、国連軍の規則らしい。

 今時の軍隊じゃ式典の時しか軍刀なんて持たなくて、それも刃のついてないじょうとうなのが普通だけど。


 国連軍は変わってて、真剣を常備する。


 軍刀のデザインは個人の自由で、洋刀サーベルもあれば日本刀もある。つば姉のは両手で持つために柄の長い、二尺三寸73cmくらいのうちがたな。時代劇で一番よく見るタイプの日本刀だ。



「お金は私が出すわ。2人でついでに美味しい物でも食べてらっしゃい」

「艦長さん、そんな、悪いですよ」

「子供が遠慮しないの」



 エイラの現実リアルの姿、艦長さん。

 大友おおともゆきさん。国連軍大佐。愛鷹アシタカ艦長。


 銀髪赤眼、白雪のような肌の絶世の美女。

 そこはエイラと同じだけど他は色々違う。


 エイラは背が高くて、髪が長くて、寡黙なクールビューティーだったけど。

 艦長さんは背は僕と同じくらいで、髪は短くて、よくしゃべる明るい人だ。


 歳は40前後アラフォー、らしい。

 もっと若く見えるけど。


 日本人離れした髪や肌の色から、初め白人の血が流れてるのかと思ったけど。それはアルビノ(先天性色素欠乏症)で色素が薄いからで、純血の日本人とのことだった。


 確かに日本人顔だ。


 エイラの普段着は黒の毛皮のコートだったけど、今はつば姉と同じ国連軍の青い軍服を着て、軍刀にうちがたなを帯びてる。



「ボクはホテルでゴロゴロしてるよ」

「そう言って、部屋でも仕事しないでくださいよ。博士はかせは働き過ぎです」

「大丈夫だよ、艦長。頭に浮かんだ新技術のアイデアをメモ取るだけさ」



 グラールの現実リアルの姿、しまさん。

 しまだいさん。国連VD開発者。


 ぼさぼさの黒髪で、丸眼鏡をかけて、白衣を着た中年男性。

 何もかもアバターのまんまで、ここまで違わないのも凄い。


 しまさんも、アラフォーだ。



 ◆◇◆◇◆



 宇宙港からコロニー内部へ45度の勾配で下る橋。その上を昇降する斜行エレベーターの、観覧車のゴンドラ大の乗り籠ケージは、列車みたく何両も連なってる。発着場で愛鷹アシタカ乗組員が続々とそれらに乗っていって。


 僕達も、同じ籠に4人で入る。


 艦長さんとしまさんと向かい合って。つば姉と隣り合って座席に着いて。膝上を横に渡る固定バーを下ろす。無重力の間はこうしないと体が浮いちゃうから。


 ガタ……


 斜行エレベーターが動き出す……昨日は、カグヤと高天原タカマガハラコロニーの上り斜行エレベーターに乗った。それが下りでは、別のコロニーだし、カグヤはいないし。


 あの時はまだ、こんなことになるなんて。

 2人で景色を眺めて、感動してたのに。


 窓から見える、千葉ちばコロニーの中。

 その景色は、高天原タカマガハラとは大分違う。


 大地が、内壁全面に広がる。


 円筒の回転が生む遠心力が円筒の中身を内壁へ押しつけて、内壁はコロニーでのになる。そこに土を敷き、木を植え、家を建て、人が立つ。

 その内壁は高天原タカマガハラでは6等分されて、居住用の〝おか〟とガラスの採光窓の〝かわ〟が交互に配置されてたけど。ここにはかわがない。一面おかだ。


 かわがあるのが〝開放型〟コロニー。

 かわがないのが〝密閉型〟コロニー。


 日本共和国のコロニーでは開放型は首都の高天原タカマガハラだけ。他はみんな密閉型。

 高天原タカマガハラがルナリア王国に奪われた今、残ってるのは密閉型だけってことだ。


 日本共和国。


 太平洋連邦の構成国の一国で、僕等宇宙に上がった日本人の国。

 L1周辺宙域に浮かぶスペースコロニー群のみを国土とする国。


 地球のユーラシア大陸の東に浮かぶ日本列島は第3次世界大戦末期に亜細亜連邦に征服され、そこにあった日本人の国家〝日本国〟は滅亡した。

 その時、事前に国外に脱出した一団が、のちに宇宙に上がってスペースコロニーに日本共和国を建国した。


 その、スペースコロニーは。

 ルナリアンが作った物だった。


 その時、日本神話の天上の神々の国の名をつけられた高天原タカマガハラ以外のコロニーの内部は、日本国の47の地方自治体〝都道府県〟それぞれの地理を内部に再現して作られた。国民の望郷の念をなぐさめるために。


 だから密閉型なんだ。


 円周の1/6ごとにおかかわに分断される開放型コロニーじゃ、おか1つが狭すぎて都道府県の地形が収まらないから。


 密閉型コロニー内に再現された千葉ちばは今、夕焼けに染まってる。

 円筒内を港から港まで貫く柱、シャフトの上に並ぶ電灯の光で。


 密閉型コロニーでの、太陽代わり。


 シャフトは開放型にはなかった。開放型ではかわの外の鏡で太陽光を反射させて中に入れて。その量は調節できても色は変えられなかったから夕焼けってなかったけど。密閉型の電灯太陽は色を変えられる。


 夕焼け、か。


 アーカディアン世界大会・個人の部の決勝戦の帰り道でもそんなこと考えたっけ。その時「コロニーと搭乗式ロボットの出てくるSFに比べて現実はロボットが欠けてる」とか思った。


 欠けて、なかった。


 世界はいつの間に、そんなSFそのまんまになってた。こんな世界になって、ほしかったけど。

 その主人公がするような辛い経験、他人事だから楽しんで見てられたのであって、我が身に起こると洒落シャレにならないって思い知らされた。


 それでも。


 あの頃に帰りたいとは、もう思わない。

 僕はこの現実を生きて、戦うと決めた。


 ただ、僕がこれまで実機のオーラムで戦ったことは非常事態ってことで許されたけど。民間人の僕には軍のVDに乗る権利はなくて。


 今後は、もう乗せてもらえない。

 乗れる、正規の立場にならないと。


 だから――



「艦長さん。折り入ってお願いがあります」

「ん、なぁに?」

「僕を、国連軍に入れてください!」

「ごめんね」



 即行で却下された。



 ◆◇◆◇◆



 くっ、くじけるな……!



「艦長さんは僕を戦いから遠ざけようとしてくれたのに、申し訳ないと思ってます。でも僕は、カグヤを取り戻すために戦いたいんです!」


「あ、そうじゃなくて」



 ?



「もちろん私はあなたを戦わせたくない。でもあなたが自分で決めたことを止めはしないわ。そうじゃなくて、アキラ、14歳よね。まだ軍に入れる歳じゃないわよ」


「あ」



 そ、そうだった‼



「あなたが今から国連軍を目指すなら、中学校を卒業してから国連軍学校に入学して。3年間の高等部を卒業すれば下士官、さらに4年間の大学部を卒業すれば士官として国連軍に入れるわ。アキラはVDのパイロットになりたいのよね? パイロットは士官教育受けないとなれないから、大学部も行かないと」



 中学卒業の時点で1年以上先なんですが⁉

 そんなに待てない、僕は今すぐ戦いたい‼


 大学卒業なんて……あれ。



「つば姉は……? まだ16歳、高校生の年齢ですよね?」

「飛び級が可能なのよ。つばめちゃんみたいな優等生なら」


「と言ってもわたしは、飛び級で大学部には進んだが卒業はしていない。在学中に軍に引き抜かれたからな」


「引き抜かれた?」


「わたしは国連軍学校で戦闘機のパイロットを目指していた。だが趣味でやっていたアーカディアンの腕が実機開発チームに伝わったらしい」


「実機のテストパイロット、人材不足で大変なのよ。並の腕じゃ務まらないし」



 そういやテストパイロットって。

 パイロットの中でもエリートだ。



「それでアーカディアンが超上手いって評判の士官候補生をね。実機操縦に耐える体作りも、テストパイロットに必要な教育も済んでたしで、すぐ軍に入ってもらったの。卒業後なら士官になれてたんだけど、在学中だったから准士官からで」


「アキラ、士官というのが何のことか、わかるか?」

「うん。軍の階級、ロボットアニメにもよく出るし」



 えっと。


 軍隊で少尉以上の階級の人を士官(将校)って言うんだよな。

 士官の下が准士官で、その下が下士官で、その下が兵だっけ。


 階級は、上から――



【士官】

 元帥げ んす い


 た いしょう

 ちゅうじょう

 しょうしょう

 じゅんしょう


 た い さ 

 ちゅう さ 

 しょう さ 


 た い い 

 ちゅう い 

 しょう い 


【准士官】

 じゅん い 


【下士官】

 そ うちょう

 軍曹ぐ んそ う

  ご ちょう


【兵】

 へ いちょう

 じょう等兵と うへ い

 一等兵い っと うへ い

  に 等兵と うへ い



「――で、私達VD試験運用部隊に配属されて来たんだけど。会ってみて氷威コーリィだってわかって、あの時は驚いたわ」

「わたしも驚きましたよ。艦長がエイラで、グラールまでいたんですから」

「ボクが艦長と初めて会った時もね。まぁ、定番のやりとりだよね」



 ……。


 ふと、艦長さんと目が合った。

 申し訳なさそうに眉を寄せる。



「アキラは今すぐ、あのオーラムで戦いたいのよね?」

「はい」

「現行のルールではそれはできないし、ルールを曲げてそれを実現する権力も私にはない。ごめんなさい、力になってあげられなくて」

「いえ、そんな」



 てか、できたとしても職権濫用だし。

 艦長さんにそんな不正させられない。



「無理を言って、すみませんでした。まずは軍学校を目指します」

「ええ。それがいいわ」



 それしかないなら、それはそうするけど。戦争はこれからで、敵が攻めてきた時、何もできないなんて嫌だ。それに僕がちんたらしてる間に、カグヤの身に何が起きるかもわからない。


 あきらめないぞ。



 ◆◇◆◇◆



 地上に降りて。


 愛鷹アシタカ乗組員はコロニーの端にある人工の海に面した町、舞浜まいはまの超豪華ホテルにしばらく宿泊するとのことで。

 僕も、艦長さんのご厚意で一緒に泊めてもらうことになった。僕がルナリア軍から愛鷹アシタカを守ったお礼だって。先にここに来てる両親も呼んで、じきに合流するって。


 高天原タカマガハラから来た他の避難民の多くは、学校の体育館みたいな居住性皆無の避難所で辛い避難生活を始めてるのに、僕達だけ申し訳ないけど。


 僕が行ったら避難所の負担が増す。

 僕の両親が抜けるなら負担は減る。


 そう言われて納得した。


 常に周囲から浮くことを恐れるあまり、なんら建設的でないのに辛いことまで共有しようとするのは日本人の悪い癖だそうだ。


 ――翌日。


 西暦2037年8月17日。月曜日。


 僕は清楚な白いワンピースを着たつば姉と2人で近くのデパートに行って、艦長さんのお金で服と靴を買ってもらった。私服3着に外履きの運動靴を2足。そして体操着3着に内履きの運動靴を2足。


 ついでに、と言われて水着も買って。

 つば姉が、試着した水着姿を僕に見せて。


 ……凄かった。


 つば姉、私服姿もすごくキレイで。

 一緒に買い物して、ご飯食べて。


 デート……だよね、これ。


 つば姉は、アーカディアンでも現実リアルで会ってからも、ずっと良くしてくれて。僕のこと、いてくれて、いるんだと思うけど。本人からはっきりそう言われるまでは真偽はわからない。


 僕の自意識過剰かも知れないし。


 だからつば姉が何かと僕に構ってくれるのを恋愛のアプローチと取って、「僕にはカグヤって恋人がいるからこういうのは困る」とは言えない。告白されたわけでもない相手を振るなんて失礼だ。


 つば姉が本気なら、期待させるのもいけないんだけど。

 やっぱ優柔不断なのかな……僕はどうすりゃいいんだ。


 ホテルに帰って。


 買った体操着に着替えて、トレーニングルームのランニングマシンで走り込み。いつ本職のパイロットになれるかわからないけど。本当は今すぐなりたいんだし、すぐになることをあきらめてないし。なんにしろのんびりしてる暇はない。実機での体の負担に耐えられるよう、鍛えないと。


 今の僕は実機じゃ、ゲームじゃ互角だったカグヤや悠仁ユージンに勝てない。それが悔しいのもあるけど、それはそれとして。

 絶対に負けられないんだ。負けたらカグヤを取り戻せないし、両親のことも友達のことも自分のことも守れない。


 だから。


 僕は実機で、最強の――

 無敵のパイロットに――


 なるんだ‼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る