第20話 再会、父母よ

「父さん! 母さん!」

「「あきら‼」」


「うわぁぁぁ……」

「よく、無事で」

「ああ、あきらあきら‼」



 夕方。


 ホテルのロビーで両親を出迎えて。

 抱き着いて、抱きしめられて、泣いた。



 それから――



かどあきら君のご両親でいらっしゃいますね? 初めまして。本官は国際連合統合軍、宇宙戦艦愛鷹アシタカ艦長。大友おおとも美雪みゆきたいです。この度はご子息を危険にさらしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」


「いいえ、息子がとんだご迷惑を――」



 それに――



「お初にお目にかかります。自分は、宇宙戦艦愛鷹アシタカ所属ヴェサロイドパイロット。佐甲斐さかいつばめじゅんであります」


「――まぁ、それじゃあ貴女あなた銅メダルの? これからも、息子をよろしくお願いしますね」


「もちろんです。お義母かあさま



 ……。


 つば姉がアーカディアン世界大会・個人の部の表彰式で僕を挟んでカグヤとケンカしてた氷威コーリィだってわかって。以前その中継を見て「どっちが本命?」とか聞いてた母さんが目を輝かせて。


 母さんが妙なこと口走らないか、胃が痛くなった。



 ◆◇◆◇◆



 お風呂入って。浴衣を着て。

 晩御飯食べて。客室に帰って。


 やっと、親子3人きり。


 和室に敷かれた布団の上で。

 僕は2人に大事な話をした。



 これまであったこと――



「人を殺したことなんて気にしなくていいのよ。あなたは何も間違ったことはしてない。私達の自慢の息子よ」


「何か言ってくる人がいても、堂々としていなさい。父さんと母さんが守るから。僕達は何があってもあきらの味方だよ」


「うん、うん……!」



 これからしたいこと――



「ダメよ、そんな! どうして、自分から危険な所に行こうとするの」

「違うよ、母さん。自分の安全のためにも戦わなくちゃいけないんだ」


「え……?」


「戦いに行かなけりゃ安全なんてことはないよ。軍がいくらがんばっても、民間人を完全には守り切れない。高天原タカマガハラの時みたいに。どこにいたって、運次第では襲われる。その時、無力な民間人じゃ成すすべないけど、戦う力があればあらがえる」


「う~……」


「ね。その方が僕が生き残る可能性も高くなるんだよ。それに、カグヤを取り戻すだけじゃない、敵を食い止めて、戦争を終わらせて、母さんと父さんのことも守りたいんだ」


あきら……!」



 母さんにが僕を抱いて泣きじゃくる。

 嬉しくて、申し訳なくて、僕も泣いた。



あきらの言うことも、あきらの覚悟もわかったわ。もう止められないのなら、母さんは息子を応援します! 軍学校の受験、がんばってね」

「父さんも応援するよ。心のままに進みなさい」

「母さん、父さん。ありがとう……!」



「でも、これだけは約束して。必ず生きて帰るって」



「うん、約束する」


「敵も味方も、何人犠牲にしてもいい。どんな汚い手を使ってでも、あなただけは生き残るのよ。あなたが生きて幸せになることが、私達の最優先事項なんだから」


「う、うん」


「愛してるわあきら。あなたは私の宝物よ」

「父さんも、愛してるよ、あきら


「うん、僕も……! 愛してるよ。僕、2人の子供に生まれてこれて、よかった」



 ◆◇◆◇◆



 そして。


 父さんと母さんに挟まれて、川の字になって寝る。2人と一緒に寝るのなんていつ以来だろう。とても満ち足りて、穏やかな気持ちに――



「ねぇ、あきら

「何? 母さん」



佐甲斐さかいじゅん、おっぱい大きいわね」



「「ブッ⁉」」



 何を言い出すの⁉



じゅんのあの目、やっぱりあきらにベタ惚れね。カノジョにすればあの巨乳、揉み放題・吸い放題・挟まれ放題よ?」



 エロい‼



「いや、僕には、カグヤが――」


「そのは月の女王で、結ばれるの難しいんでしょ? それでもそのを追いかけるのはいいけど、保険はかけておきなさい。カグヤちゃんとダメになった時に乗り換える用に、じゅんもキープしておくの」



 ゲスい‼



「ダメだよそんなの! カグヤにも、佐甲斐さかいさんにも失礼だ。女性にそんな不実な真似できないよ。母さんも女性なのに、なんでそんな――」

「男も女も関係ない。母さんはね、あきらがいい想いして幸せになってくれれば他の人のことなんかどーでもいいの」



 愛されてる……!

 でも感動できない‼



「ママ、ぶっちゃけすぎだよ。僕達がちゃんとアニメを見せて育てたから、あきらの心には正義が当然のこととして根づいてるんだ。そういうのは抵抗が――」


「甘いわ! ただの〝いい人〟は報われないの! 綺麗事言って遠慮する人間から機会を逃すのよ、色恋いろこい沙汰ざたは‼」



 母さん……。

 昔、何かありましたか。



 ◆◇◆◇◆



 翌朝。


 愛鷹アシタカ乗組員の軍人さん達は休暇中でも自主的に鍛錬する。早起きしててホテルの近くの緑が広がる公園のランニングコースを走る彼等に、今日から僕も加わる。


 体操着を着て、スポーツドリンク買って。

 まだ薄暗い、早朝の公園の中を走る。


 ……。

 ……。



 きつい‼



 まだ始めたばっかなのに!

 昨日走った疲れが取れてない‼


 軟弱だ……元々運動嫌いで、しかもこの4年間アーカディアンばっかして、ロクに体を動かしてこなかったツケだ。くっそォ……!



「アキラ⁉」

「つば、姉」



 後ろからやってきたつば姉が隣に並ぶ。


 トレーニングウェア姿。上半身はスポーツブラだけ。白いお腹が眩しい。胸の谷間で汗が光――って! み、見ちゃダメだ! ああもう、昨夜母さんがあんなこと言うから‼



「実機に乗るための特訓か?」

「う、うん」

「カグヤのために、か?」

「う、うん――」


佐甲斐さかいじゅん! 貴様、何をちんたら走っている‼」



 ッ⁉


 背後から怒声、すぐに横に怖い顔をした女性が並ぶ。

 明るい茶髪をボブ、首まで伸ばした40歳前後の美女。


 えきあかちゅう愛鷹アシタカの副長さんだ。



「やっほー、アキラ♪」

「あ、艦長さん、も⁉」



 艦長さん、つば姉より胸大きい!

 いや、だから! 見ちゃダメだ‼



「ふ、副長。わたしはアキラの鍛錬の面倒を――」

「軍人が民間人に構って、己の鍛錬をおろそかにするな!」

「しかし!」

「まぁまぁ。いいじゃないアカちゃん。自主練なんだし」

「艦長! 人前ではそう呼ばないでくださいと何度も‼」



 ……。



「行って、つば姉」

「アキラ⁉」


「副長さんの、言う通りだよ。それにつば姉の足、引っ張りたくない」

「……すまない。ありがとう――では、行ってくる!」

「じゃあね、アキラ♪」



 びゅっ‼



 3人が消えた⁉

 ――もうあんな前に!


 周りで走ってる軍人さん達みんな速いけど、その中でもズバ抜けて速い。長距離走のフォームで、一般人の短距離走みたいな速さ。3人とも尋常な身体能力じゃない。まるでバトル漫画の登場人物――



 べしゃっ‼



ったぁぁぁぁ⁉」



 考え事しながら走ってたら、足がもつれて転んだ‼ 怪我は……してないか。柔らかい木片ウッドチップの道で助かった。



「危ねぇ‼」

「⁉」



 声がした、と思ったら一瞬体を影が覆う。

 後ろから来た男性が、僕を跳び越えた⁉



「邪魔だ! はじに行け!」

「ぐっ……」



 20代くらいの中肉中背の男。む、むかつく……愛鷹アシタカの人達はみんな親切だと思ってたけど、例外もいるんだな。でも軍人の鍛錬の邪魔した僕が悪いのか……でもやっぱ腹立つ。



「タクミィ! 子供相手に何してやがる‼」

「オヤジ……! ちっ、俺は悪くねぇぞ‼」

「あっ、この野郎!」



 男が走り去る。タクミっていうのか。そしてタクミ氏に怒声を飛ばた、太った白人のおじいさんが駆け寄ってきて、手を差し伸べてくれた。



わりぃな、ウチのわけぇモンが」

「あ、ありがとうございます」



 おじいさんに手を引かれ、起き上がる。

 僕が走り出すとおじいさんも横を走る。



「一緒に走ろうぜ。俺もこの歳だ、わけぇ衆に付き合うのはキツくてな」

「はいっ……あ、あなたは、そういえば。昨夜、父と話してた」



 愛鷹アシタカの人達と大広間で晩御飯食べた時。

 父さん、しまさんと楽しそうに話してた。



「俺はニコラス=ノエルちゅう愛鷹アシタカの整備長だ」

ちゅう⁉ は、初めまして。僕は、かどあきらです‼」



 気さくだから、まさかそんな偉い人とは。

 って、それはたいな艦長さんもか。

 愛鷹アシタカって、つくづく大らかな艦だな。



「ぎゃっはっは! 階級にビビッてそうかしこまるな! 民間人のおめぇがンなことする必要ねぇ。つか、さっきの奴みてぇに部下からも〝クソオヤジ〟だ〝クソジジイ〟だ言われてるんだ、楽にしな」


「はい……えっと、父のお知り合いなんですか?」


「あぁ、仕事で何度かな。俺はヴェサロイドVD搭載宇宙戦艦愛鷹アシタカの、軍人の整備兵。おめぇの親父おやじさんは高天原タカマガハラコロニー内の研究所で働く民間の整備士。職場は違うが同じ整備士で、VD開発計画の仲間だ」


「なる、ほどっ」


「試作機は宇宙で試験したりコロニー内で試験したりと、あっちこっち移動するからな。かど班が整備した直後の機体に触れることも多かった。おめぇの親父おやじさん、いい仕事するぜ」


「っ、ありがとうございます!」



 父さんのことを褒めてくれた! 僕この人、大好きだ!

 この人と話してると気が紛れる……けど、それ、でも!


 く、苦しい――



「ん? おい、フォーム崩れてるぞ。辛いんだったら歩いちまえ」

「いえ、がんばります」

「いや、そんなフォームだと足を痛める。したら治るまで鍛錬できねぇ。鍛えるどころか逆になまっちまう」

「!」



 慌てて背筋を伸ばして、歩きに移行する。



「それでいい。下手に走るくらいなら歩く方がいいんだ。バテない分、長距離を歩けば走るより運動量が多くなって、走るよりいい運動になったりする」


「そういう、もの、ですか」


「努力ってな、した分だけ成果が出るモンじゃねぇ。やり方を間違えれば間違った結果が出る。何事もそうだ。トレーニングも正しい方法で、できれば専門家の指示の下でやらねぇとな」



 早い段階で教えてもらえてよかった……!

 危うく非効率な鍛錬を続けるとこだった!



「ありがとうございます。じゃあ、スポーツジムにでも入ってみます」

「おう、そうしろ――」



「ダメだ‼」



「つば姉⁉」

「嬢ちゃん?」



 また後ろから来たつば姉・艦長さん・副長さんが横に並ぶ。

 この広い公園を、もう1周したの⁉



じゅん! 貴様また‼」


「ノエル中佐、アキラの訓練はわたしが面倒を見ます! わたしはアーカディアンでのアキラのVD格闘戦の師! 現実リアルでも! 副長、自分の訓練時間は削りませんので、どうかお許しを‼」


「いいわよー、私が許す」


「艦長! ええい、2人とも勝手に話を進めるな! あきら君の意思を聞け‼」

「うっ……はい。アキラ、わたしでいいよな?」

「えっ」



 つば姉が、見つめてくる……!

 捨てられた子犬のような目で‼


 でも、これでまたつば姉と過ごす時間が増えたりしたら――



【キープしておくの】



 昨夜の母さんの言葉が。ダメだ、人としてそんなこと。それに恋愛対象でこそないけど、つば姉は大切な人なんだ。なおさら不義理はできない。ここは心を鬼にして――



「アキラぁ」

「……うん。お願い」

「! ああ、任せろ♪」



 あ、ああ……。


 無理だ……! 僕にはできない‼

 つば姉を悲しませるなんてこと‼



 ◆◇◆◇◆



 流されたのは情けないけど、つば姉は教え方もすごい上手で。

 僕は少しずつでも効果を実感しながら鍛錬に励め、助かった。


 とはいえそれはかすかな進歩で。

 世界は僕を置いて急激に動く。


 千葉ちばコロニーに着いてから、数日後。


 月の表側のラグランジュポイント、L1にある高天原タカマガハラと、月の裏側のL2にあるヘスペリデス。ルナリア王国に奪われた2つの宇宙要塞に、地球側の艦隊は総攻撃をかけた。


 地球と月の初戦となる、艦隊戦。

 人類初の、宇宙での大規模戦闘。


 僕は、修理中で出撃できなかった愛鷹アシタカのみんなと一緒に、何もできずもどかしい想いをしながら、戦場カメラマンの撮る戦闘の生中継を見守った。



 結果は、地球の惨敗。



 大量のVDを投入した月側に対し、地球側のVDは開発計画で作ったわずかな試作機だけ。

 地球艦隊の主な攻撃手段は艦砲射撃。それはVDという機動性に優れた兵器にはほとんど当たらない。


 月のVDに、地球艦隊はじゅうりんされた。

 これがカグヤの言ってた悠仁ユージンの策。


 月が地球に勝てるわけないなんて言った僕の考えは、甘かった。


 地球の首脳部はVDの戦術的重要性を痛感。VDを量産して実戦投入すると決定。でも正規軍人のVDパイロットはほとんど育っておらず。


 その不足を補う策を打ち出した。


 正規の軍事訓練を受けてなくてもVDさえ操縦できれば。つまりVD操縦ゲーム、こう操兵そうへいアーカディアンのプレイヤーなら。志願すれば軍へ入隊し、VDのパイロットになれる。


 そんな制度が各軍で実施された。


 実機を完全には乗りこなせなくても、動かせるだけでいいからと。

 訓練を受けてないただのゲーマーを、戦場に送り込む狂気の沙汰さた

 そうしないと戦いにもならないほど、地球は月に追い詰められた。


 それで思いがけず、あっけなく。

 僕も国連軍に入ることができた。


 その制度が――



〝アーカディアン義勇兵〟

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