第16話 流血
『私はルナリア王国軍総司令。この戦争の――首謀者です』
ブツッ
もう何も聞きたくない。
星も見えない。全天周モニターが点いてない。オーラムが頭だけになって、胴体の主電源から切り離されて、補助電源による省電力モードになったからか。
……
まさか、この戦争の元凶だったなんて。
しかもカグヤを巻き込んで、戦わせて。
ロボットアニメに出てくる子供を戦わせるクソみたいな大人そのものじゃないか。
あんな人だと思わなかった。
優しい人だと思ってたのに。
いつも、みんなに気を配ってくれて。ケンカになりそうな時には仲裁してくれて。笑顔でプレイできる環境を保ってくれた。そんな
楽しかった思い出が、
それから暗闇の中で膝を抱えて、べそかいて、いつの間にか眠ってた。出力段階をギア2にしての戦闘で、体はガタガタだったから。そして目を覚ましたのは――
耳障りな騒音に、叩き起こされてだった。
◆◇◆◇◆
ギャリーンッ‼
「ッ‼ な、何ッ⁉」
「オラッ、出ろッ‼」
「うっ、うわぁッ‼」
――コクピット内が明るくなったかと思ったら、いきなり宇宙服の兵士が現れて。その大きな手に乱暴に掴まれて、コクピットから引きずり出された。コクピットハッチは、工具でこじ開けられてた。
寝てる間に、
スペースコロニー
宇宙要塞・
元々ここにいた太平洋連邦軍と国連軍の人達はみんな、殺されたか追い出されたあとで。ここはすっかりルナリア軍に占拠されてた。
その
怖かった。
その兵士、無精ヒゲの厳つい大男に
背中に銃を向けられて。
要塞内を歩かされてる。
この
恐怖で頭が、おかしくなりそう――
「っ、父さん、母さん……!」
ガタガタ震えて。
グスグス泣いて。
そんな
「ひゃぁーっはっは! 意気地がねぇなぁ、アースリングのガキは‼」
「これがあの
「こんなののために陛下が? 嘘でしょ?」
げらげらげらげらげら――
悔しくて。
惨めで、情けなくて。
涙で、何も見え――
「あッ⁉」
視界が
ここは要塞内の環状重力居住区。本来は
これがルナリアンを
普段は1Gの中で暮らしてるし、完全な無重力空間でならスペースコロニーの避難訓練で毎月体験してたから普通に動けるけど。この中途半端な重力だと思うように体を動かせない。
それで。体は軽いのに、起き上がろうとしたら足がフラついて、また転んだ。
「何やってんだ、
「動き、にくいんです!」
「はっはっは、そうかい! 俺もそうだったよ、月に飛ばされた直後はな! どうだ、クソみてぇだろこの低重力は! お前らアースリングは俺達をずっとそんなとこに閉じ込めてきたんだ‼」
そんなこと僕は知らない!
僕がやったことじゃない!
ガッ――ビタン!
「うあッ⁉」
起きようとしたら何かが足に!
また転んだ――足を払われた‼
「ぎゃぁーっはっは‼」
こいつ……!
「オラッ! とっとと起きて歩きやがれ! 殺されてぇか、あぁ~ん?」
これ見よがしに銃を向けてくる。
心臓が、止まりそう……だけど。
「……もんか」
「あ⁉」
ギッ、と男を
「殺せるもんか! カグヤの意思で僕はここにいる‼ 僕を殺したら女王様から罰を受けるぞ‼」
「う~わ、ダッセ。虎の威を借る狐かよ」
ああ、その通りだ。
自分でも情けない。
でも!
やられっぱなしも我慢できない‼
言い返せる材料なら何でもいい‼
「僕が卑怯者なら、女王に逆らえないお前らは臆病者だ! 女王が怖くないなら
「……ああ、確かに女王様には逆らえねぇ。お仕置きを受けるのは怖ぇ。だがな――調子乗ってんじゃねぇ、クソガキ‼」
バキィッ‼
顔をライフルの銃床で殴られて、壁に叩きつけられ――ぎっ⁉
さらに髪の毛を掴まれて、顔を地面にこすりつけられる……!
痛い、怖い――でも‼
「そんなんで死ぬか……臆病者!」
「ああ。今は殺さねぇよ。今は、な」
「……?」
「いーこと教えてやる。女王は、お前が思ってるほど絶対じゃねぇ」
「⁉」
「人を従えるカリスマってのには本人の能力によるものと、能力に関係なく血筋によるものとがある。王様のカリスマってのは基本後者だ。有能に越したこたないが、別に無能でも王家の生まれってだけで特別視される――が、月の女王は違う」
違う?
「どこの王家も、従えられるのは
「なんで、それで、女王に……!」
「本人の能力によるカリスマ。それが月で一番強かったのがあの
……お祭りが好きな、カグヤらしい。
「月に閉じ込められて陰気になってた月の市民にゃそれがウケた。顔もいいし行く先々で人気者だ。しかも素人の歌合戦で才能を見出されてプロ歌手デビュー。いつしか月のトップアイドルよ」
凄い。カグヤが、そんな凄かったなんて。
僕は、アーカディアンしか能がないのに。
なんだか……遠く感じる。
「だからってアイドルが国家元首なんて俺はどーかと思うがね。それで月がまとまって地球に勝てるなら文句はねぇさ」
親衛隊の連中とはえらい温度差だ。
てっきりみんなああだと思ってた。
「で、女王を立てて懐古趣味の宮廷を演出して。そんなロマンチックな〝ルナリア王国〟の臣民なんだ、てな意識でルナリアンの自尊心と愛国心を
アームストロング元国連軍大佐。
ルナリア王国軍総司令。
「だがその、血に
「僕⁉」
「たりめぇだボケ。実際、女王が大事な初戦の最中わざわざお前だけは助けようなんて言い出して、軍内に波紋が広がってる。ルナリアンの長たる女王が、よりにもよってアースリングの男と――ってな」
……!
「結婚発表したアイドルがファンから非難轟々、よく聞く話だろ? お前との関係は女王の進退に関わるスキャンダルだ――だからな? お前が女王の権威を笠に着ようってのは逆効果なんだ、よ‼」
「ぎゃっ⁉」
顔に唾、吐きやがった‼
「お前が俺達の機嫌を損ねて? そんなお前を庇えば庇うほど、女王の立場は悪くなる! そして失脚すりゃあ、お前を守る権力は消え去り。俺等がお前を生かす理由もなくなる」
‼
……そうなったら。
本当に。殺される。
甘い、甘かった……!
嫌だ、死にたくない‼
「そうならないよう、せいぜい気ぃつけな。自分のためにも、女王様のためにもな。人気の分、失望された時の反動もデカい。裏切られたと思った国民は激怒して小娘を八つ裂きに――いや、
「クソが――がはっ‼」
ぐしゃっ‼
「話は
また歩かされる。
銃で脅されながら。
奥歯が砕けそうなほど歯を食いしばって。
涙がこぼれ――赤い? これ、血の涙か。
……僕は。
これまで月を、身近に感じてた。アーカディアンでアバターがいつもいる
でも。
アバターであの町にいる時も僕の体は
現実の月で暮らす人達が低重力で苦しんでるなんて、夢にも思わなくて。
これが、現実。
ルナリアンのこと、可哀想だと思った。
カグヤの演説を聞いた時には。
でももう、そんな気持ちは消し飛んだ。
こんな奴等、カグヤ以外――
みんな死んじゃえばいいんだ。
◆◇◆◇◆
「ここがお前の部屋だ、入んな‼」
「あぐっ‼」
背中を蹴られ、部屋の中へ転がされた。
この要塞で、誰かが暮らしてた個室か。
背後でドアの閉まる音――え?
なんで、この男まで。
入ってきてんだ。
「さぁて」
軍服を脱ぎ出した……? 毛むくじゃらで、汚らわしい、筋肉ダルマの裸。パンツまで脱いで――うげっ⁉ 何、大きくしてんだ、コイツ‼
「おら、お前も脱げよ」
「は……?」
「ったく、
「何すッ――⁉」
ビリィッ‼
上着を引きちぎられた。その手が僕のズボンもむしり取る。
パンツ1丁にされて、ようやく何が起こってるかわかった。
「大佐は真面目ちゃんだからな。たとえ敵でも〝女は犯すな〟とキツ~く言われてる。が! 男についちゃ何も言われてねぇ♪ お前が男で良かったぜ。そんだけ可愛い
……。
……僕は、自分が。
恵まれた。幸せな子だと。
思ってた。
平和な国で育って――小さい頃、戦争で祖国を追われたけど、特に怖い想いはしなくて。ただの引っ越し感覚で。
学校じゃ冴えなくて、嫌な同級生や嫌な教師、不愉快な出来事も多かったけど、いじめられてたってほどじゃないし。
何よりアーカディアンに出会えたから。
そこで友達と、カグヤに出会えたから。
世の中には目を覆いたくなるような
戦争に巻き込まれて。
人を殺してしまっても。
まだそんな感覚のままだった。
でも、違った。
もう、とっくに。
僕はこちら側の人間になってたんだ――
「……いきなりは許して。裂けちゃう。せめて、滑りをよくして」
「ああ?
「なら、僕の
「
「お願い、します……!」
「ま、その顔で一発抜くのも悪かねぇな」
「お願い――」
「ほら、しゃぶんな。歯ァ立てんなよ」
臭い。
おぞましい。
気持ち悪い。
吐き気がする。
ソレを
舌を這わせて。
形を感じて――
「おお、いいぞ――」
ブチッ
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉」
膨らみが
口許から
人間の歯で一番鋭い犬歯で、皮に覆われてない先端部を噛みちぎった。
人間の筋力で一番強いのは、顎の噛む力。これなら、非力な僕だって。
「ぺっ!」
汚物を吐き、男が脱いだ軍服に飛びつく!
ズボンの
「あ、あ⁉」
部屋の隅へ!
距離を取る!
急げ‼
「かっ、返せ‼」
「止め――」
パンッ
「がっ‼」
なんて反動だ!
腕がもげそう‼
弾は⁉ ――よし!
右脚を撃ち抜いた‼
「このガ――」
パンッ
「うぎゃあああああ‼」
今度はしっかり押さえて発砲。
左脚に当たって男がスッ転ぶ。
パンッ
パンッ
「いぎゃああああ‼」
今度は両腕。
「これでもう、アンタは僕に何もできない。どう? 抵抗できず、一方的に銃を向けられる気分は」
「ゆっ、許してくれ‼」
パンッ
「ギャァァッ‼」
パンッ
「嫌だ、死にたく――」
パンッ
「助けて……」
パンッ
「お母、ちゃん……」
パンッ
パンッ
パンッ
――ん?
なんだ、もう死んでら。
これで、2回目の殺人。
今度は実に、気分がよかった。
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