第15話 トリックスター

 ボシュッ!



『覚えてろ~っ⁉』



 オーラムの振動剣ヴァイブロブレードに胴体を貫かれたエメロードプラティーンの脱出装置が働いて、コクピットのある頭部が胴体から射出される。僕の方に来た敵、カグヤ親衛隊の3機の全滅を確認し、みんなの方へ取って返す。



 ボゥッ‼



 推進器スラスターの噴射音と共に、体がシートに押しつけられる……!

 ギア2、僕がGに耐えられる限界の速さでオーラムを飛ばす!


 前方、遠くで動く6つの影。

 それらの間を飛び交う砲火。


 緑の枠マーカーのついた味方が3つ。よし、みんな無事だ。

 赤の枠マーカーのついた敵機も3つ。こっちも減ってないか。


 敵はプラティーン2機にもう1機は――



 軽量級万能型ヴェサロイド

 CVD-05〝ジェスター〟



 トランプの道化師ジョーカーみたいな格好のヴェサロイドVD悠仁ユージンの好きな機体だ。黒くスレンダーなVD、つば姉のグラディウスと1対1で、互いに相手の死角に回り込もうと飛び回りながら両手に1丁ずつ持った短機関銃サブマシンガンを撃ち合ってる。


 高機動射撃戦ドッグファイト

 つば姉と互角⁉


 強い‼


 軽業的アクロバティックな機動が可能だけど扱いづらいピーキーなジェスターをあそこまで乗りこなしてるの、悠仁ユージン以外で初めて見た。パイロットは誰だ⁉


 カグヤがシルバーンから乗り換えた?

 それとも、もう1人の凄腕のアイツ?


 いや、今はそれどころじゃ。つば姉を援護したいけど、2機が激しく交錯してるトコに撃ったらグラディウスに当てかねない。そっちはもっと接近してからだ、それまでに――


 プラティーン2機を!


 カグヤ親衛隊は確か5人組だった。3人倒して、その残りだろう。バックパックは片方が狙撃型のアルマースパック、もう片方は今のオーラムが着けてるのと同じ万能型のネイクリアスパック。

 宇宙戦艦愛鷹アシタカとその甲板に立ってる赤くてずんぐりしたVD、しまさんのハーツブラッドと、遠距離から撃ち合ってる。


 よし、あれだけ離れてりゃ味方誤射フレンドリーファイアはしない!



 ズガン! ――ドカァン‼



『ホワッツ⁉』

『ホワイト‼』



 再びオーラムの右手に装備させた電磁軌条砲レールガンの徹甲弾でアルマースプラティーンの胴体を貫く。極光狙撃銃ビームスナイパーライフルを撃とうにも愛鷹アシタカとハーツブラッドの対空砲火を避けるので手一杯だったようで、その隙を突けた。



『アキラ⁉ なんで戻ってくるの‼』

『逃げろって言ったじゃないか‼』



 艦長さんとしまさんの悲鳴。

 すごく心配してくれてる。

 申し訳ない、けど!



「逃げてます!」

『『はい⁉』』


「――嫌なことから! 友達を見殺しにするなんて、絶対に嫌だ‼」


『『アキラ……!』』



 ズガァン‼



 電磁軌条砲レールガンをネイクリアスプラティーンへ撃つ、でも外した!

 発射直前に回避運動を取られた。結構いい反応してくれるな!



『アキラぁ! よくもみんなを! お前はこの、マーブルが討つ‼』


「! こいつッ‼」

『撃ち方やめ‼』

『うわっ⁉』



 ネイクリアスプラティーンは僕と愛鷹アシタカを結ぶ線上に移動してからこっちに向かってきた。これじゃ僕も、愛鷹アシタカも撃てない。僕が撃てば愛鷹アシタカに、愛鷹アシタカが撃てば僕に当たりかねない。


 流石さすが、集団戦慣れしてる!


 ネイクリアスプラティーンが電磁軌条砲レールガンをこっちに向けてくる――まずい! このタイミング、け切れないぞ!

 左ペダルを踏み込んで右に回避運動。同時に右手を操縦桿から離して右肘掛けアームレストのタッチパネルを叩く――間に合え!



 ズガァン!

 ドカァン‼



 爆発――左後ろで!


 敵の弾は僕が直前にオーラムから分離パージしたネイクリアスパックに当たってくれた。分離したバックパックに敵のロック対象を逸らす。着脱式バックパックを装着できる汎用型VDの裏技、通称〝空蝉うつせみの術〟――カグヤがよく使う手だ。



『貴様ァ! それはカグヤ様の技だ‼』

「別にアイツの専売特許じゃないよ‼」



 使用武器変更、左右とも極光剣ビームサーベル! オーラムが左右の手で1本ずつ短い棒バトン状の柄を後ろ腰から抜き、その柄から青白い光の刃が出現する。バックパックごと電磁軌条砲レールガン振動剣ヴァイブロブレードを失って、もう武器はこれしかない。


 敵接近。


 左手の振動剣ヴァイブロブレードで斬りかかってくる!

 こちらも極光剣ビームサーベル二刀を構えて突撃する!



『うおおおお‼』

「うる、さい‼」



 バヂィィィッ‼



 右の剣で敵の剣を受け!

 左の剣で敵の胸を突く!



 ズボァッ‼

 ボシュッ!



『女王陛下、バンザァーイッ‼』



 最後のプラティーンの頭部が飛んでいく。

 残るはつば姉と戦ってるジェスター1機。



『アキラ! 逃げろォォッ‼』



 ⁉ つば姉――んなっ! ジェスターがこっちに来た‼

 つば姉のグラディウスは――大破⁉ そっ、そんな‼


 速い、すぐに肉薄される。極光剣ビームサーベルで迎撃――ダメだ、入力したのに反応が鈍い。重量級のオーラムのギア2じゃ、軽量級のジェスターのギア4の動きを捉えるには絶望的に速さが足りない。振動剣ヴァイブロブレード二振りを二刀流に構えたジェスターが、目の前に――



 ズバァッ‼



「うわぁぁぁッ⁉」



 視界が回る、体の中身が引っくり返る!

 攻撃された衝撃で、機体が回転してる!


 損傷確認――え⁉


 機体状態図に、頭部しか残ってない⁉

 ジェスターに、首をはねられたのか‼



 ガシィィィッ‼



「ぐはっ!」



 回転が急に止まって、反動が体に――!


 すぐ近くに、ジェスターの顔。

 その両目が不気味に光る――


 つ、捕まった‼


 ジェスターの左手が顔面を、そして右手が後頭部を掴んでる。後頭部のハッチを塞がれて、これじゃコクピットから出て逃げられない。連れ去られる!



「うわぁぁぁぁぁぁぁッ‼」


『『アキラ‼』』

しまさん、艦長さん‼」


『アキラ! アキラァァッ‼』

「つば姉! つば姉ぇーッ‼」



 ……ダメだ。


 ジェスターを撃てば僕に当たりかねないから愛鷹アシタカもハーツブラッドも撃てない。みんなが僕を助けるにはVDで接近してオーラムの頭を手で取り返すしか。でも唯一ジェスターに追いつけるグラディウスは大破してる。詰ん、だ――



『出力を抑えたまま全機倒してしまうとは』



 ⁉


 ジェスターから通信。男の声。

 でもこの声。そんな、まさか。



『女王陛下のそばに仕えることを許された我が軍の精鋭、兵士達の羨望せんぼうの的たる親衛隊がかたしですね――流石さすがです、アキラ』



 優しくて、親し気なその声は。


 僕のアーカディアンでの友達で。所属ギルド・クロスロードのリーダーで。アーカディアン世界大会・集団の部でもチーム・ヴァーチカルで一緒で。ずっとお世話になってきた――



ユージン……?」



 ◆◇◆◇◆



 パッ――



 テレビ電話機能がオンになって、全天周モニターの正面上部に開いたウィンドウにVDのコクピットに座る宇宙服姿のパイロットが映し出される。


 30代くらいの白人男性。

 硬く尖った短く赤い髪。

 意思の強そうな青い瞳。



現実リアルでは初めまして。悠仁ユージンの中の人、ジーン=アームストロングと申します』



 精悍な雰囲気。



『国際連合統合軍・月方面軍所属、階級は大佐……あ。離反したので、もう違うんでした。すみません、つい癖で』



 自信に満ちた微笑み。


 悠仁ユージンのアバター、日本のサラリーマンぽいぺたっとした黒髪で、目が細いのんびりした姿とは全然似てない。それでいてしゃべり方は同じで、アバター時はしっくりきた鷹揚な口調が、今はすごい違和感ある。



「僕は、かどあきら……です」

『本名をそのままプレイヤーネームに? カグヤと同じですね』

「あ、アームストロングさん――」

悠仁ユージンでいいですよ、アキラ。普段通り話しましょう』



 いくらゲーム、ネットの中でタメ口で話してるとはいえ、現実リアルで年上相手にそれは気が引ける。でも現実の知らない人だと思うと、それはただの敵で、怖いから。



「じゃあ、悠仁ユージン。聞いて、いい?」

『ええ、なんでも聞いてください。高天原タカマガハラに着くまで暇ですしね。おしゃべりして時間を潰しましょう』


「僕を、殺さない、の?」


『殺す訳ないじゃないですか。君を死なせたくない、ってカグヤの意向のためにわざわざこうしてるんですから』

「カグヤの命令だから、我慢してるの? あの時は、あんなに僕を殺したそうにしてたのに」


『あの時?』


「僕がオーラムでインロンを1機撃墜して。その時パイロットを……殺して、しまって。そのあと、もう1機のインロンがしゃ無二むに向かってきて。アレ、悠仁ユージンだよね。かたきを討ちたかったんでしょ?」


『ああ。それは私ではありません』



 あの時のパイロットと、悠仁ユージンは別人⁉

 じゃあ……こんな凄腕がまだ他にも⁉


 ……でも、よかった。


 あのパイロット――あの時のインロンは。

 高天原タカマガハラをビームで焼いて滅茶苦茶に。


 あれが悠仁ユージンじゃなくて――



「でも、あの時あの場にはいましたよ。君の言う2機を率いてスペースコロニー高天原タカマガハラに侵入、迎撃に来たグラディウスを彼らに任せ、宇宙要塞高天原タカマガハラを襲撃、占拠したのが私です」



 ⁉


 つば姉の言ってた、逃がしたもう1機のインロン……



「……そんな。それじゃあやっぱり! 町を火の海にして、大勢の人を殺した3機のインロン‼ あの内の1機が悠仁ユージンなの⁉」


『ええ』



 表情ひとつ、変えずに。

 嘘だ、悠仁ユージンが、こんな。



「どうして! 誰にでも優しいあなたが‼」


『? ……ああ、そうか。アキラはアーカディアンでの私しか知らないんでしたね。私は仲間には優しくしますが、敵には容赦しません。でもゲームではプレイヤーは皆、共に楽しむ仲間ですから。全員に優しくしますが』



 が……?



『現実ではアースリングは敵ですから。どれだけ死のうが構いやしませんよ』



 う、あ。



「……アースリングだからって。それだけで大勢の市民まで? 月の人達をいじめたのは国の偉い人達で、僕達一般人じゃないよ!」


『〝坊主憎けりゃ袈裟けさまで憎い〟と言います。憎しみの矛先は対象の関係者、属するコミュニティ全体に波及するものです。ルナリアンからすればもう、政治家も一般人も同じ、にっくきアースリングです』


「そんな……」


『――とは言っても。別に今回の高天原タカマガハラ攻撃は、高天原タカマガハラに暮らすアースリングが憎くて殺したいから殺したとか、そんな理由ではありませんよ。ルナリアン全員の未来がかかっているんです。そんな感情だけで軍を動かすものですか』


「じゃあ、なんで」


『敵の、四大国の一国・太平洋連邦の力を削ぐことで戦争を我等の有利に運ぶため。長期的視野に立った作戦、つまり戦略です』


「戦、略……」


高天原タカマガハラの要塞を奪って軍事力に、都市を焼いて政財界の要人と労働者を殺害することで軍事力を支える政治・経済に打撃を与える、というね』



 敵の命を奪うことを。

 敵の駒を減らす、と。


 そんな風にしか捉えてない。

 それが戦争なんだろうけど。



「でも!」

『でも?』


「その敵の中にギルドの仲間がいるんだ! 僕だけじゃない、悠仁ユージンが戦ったグラディウスのパイロットは氷威コーリィで――」

『やはり。動きからそんな気はしました。格闘戦をしなくて正解でしたね』


「ハーツブラッドに乗ってたのはグラールで! 愛鷹アシタカの艦長はエイラなんだよ‼」

『君を入れて4人も。世間は狭いですねぇ』


「だからもう、戦わないで!」

『え? 何故なぜそんな話に?」


何故なぜって、ギルドの仲間じゃないか! みんなを殺すことをになってもいいの⁉」



「ええ。仕方ありません」



 ……まさか。



悠仁ユージンの〝仲間〟に、アーカディアンでの友達は含まれてないの? 悠仁ユージンにとってギルドのみんなは、現実リアルがアースリングなら簡単に切り捨てられる程度の存在なの⁉」


『はい。ネットよりリアル優先、当然じゃないですか』



 ……僕は。


 現実リアルじゃ全然友達いなくて。


 アーカディアンで得たギルドの9人の仲間が、一番大切な友達で。

 悠仁ユージンはそのギルドマスターで、みんなの仲を取り持ってくれてたのに。



「う、うぅ……」


『な、泣かないで。これは大人のケジメでして。やはり子供には冷たく映りますか。カグヤもでした……そこに思い至らなかったのは私の不徳です。まさかカグヤがネットの友人に恋をして、相手が攻撃目標にいるから助けたいと言い出すとは』



 ……そうだ、カグヤ!



『誰よりも重い役目を背負った子ですし、それに集中できなくなられても困るので、我がままを聞いたらこの有様。段取りが滅茶苦茶です』

悠仁ユージンはルナリアンには優しくするんでしょ⁉ ならカグヤを助けてよ‼」


『助けていますよ?』


「どこが! 実機に乗る訓練をほどこされたり、女王にかつがれたり! そんなことをどうしてかんしてるの! 解放してあげて‼」

『一方的な物の見方ですね。彼女自身も望んだことです。それに――』

「それに?」



『ゲームセンターで出会った彼女の腕を見込んで実機のパイロットにしたのも。月での彼女の人気を利用して民心を束ねようと女王にしたのも。私ですから』



「は……?」



『私はルナリア王国軍総司令。この戦争の――首謀者です』



 ジーン=アームストロングが目を細めて笑った。やっといつもの悠仁ユージンのような顔に見えた、のに。


 目の前が。

 真っ暗になった。

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