第14話 レーゾンデートル

 これで、よかった?

 本当に、よかった?


 いや。


 よくない……戻って、一緒に戦いたい。

 そんな考えが、ずっと頭から離れない。


 僕は、戦いたがってる?

 違う、戦いたくはない!


 二度と、人殺しなんてしたくないし。

 殺されて、死ぬのだってまっぴらだ。


 けど。


 つば姉………氷威コーリィ

 しまさん………グラール。

 艦長さん……エイラ。


 アーカディアンでずっと一緒だった。

 ギルド・クロスロードの仲間達。


 僕の、大切な友達。


 僕が戦わなかったせいで3人が死ぬのは、絶対に嫌だ。

 僕が戦うことで3人が死なずに済むなら、戦わなきゃ。


 でも。


 こんな風に考えること自体、とんだ思い上がりじゃないのか。

 Gの負荷に耐えられなくて、実機じゃ満足に戦えないくせに。


 あっちにはつば姉——氷威コーリィがいるんだ。アーカディアンで最強クラスの上位ランカーで、実機でもそのままの力を出せる。僕なんかの出る幕……あ。


 ……つば姉は強い、けど。


 同じくらい強いパイロットが敵にも。

 カグヤと……それに、もう1人いた。


 僕が殺してしまったインロンのパイロットのかたきを討とうと、ガムシャラに向かってきたもう1機のインロンのパイロット。


 あいつも、上位ランカー並だった。


 あいつはインロンをつば姉にとされたけど、無事脱出した。あいつがもう戦線に復帰してるとしたら。追ってきた敵部隊の中にカグヤとあいつがいたら。カグヤとあいつの2人がかりなら、いくらつば姉でも――



 グイッ!



 左右の操縦桿を互い違いに前後させて、180度旋回!

 両操縦桿を前に押して前進――戻るんだ!


 早くしないと、みんな死んじゃう‼



『アキラ、逃げろ!』

「つば姉⁉ 僕は――⁉」



 気づいたら、複数の赤い光線状のエフェクトに。敵機の弾道を予測した弾道警告線に、囲まれていた。



 ◆◇◆◇◆



 ガッ! ゴォッ‼



 左ペダルから足を離し右ペダルのみ――

 オーラムが左方向へ横っ飛びに回避――


 直後に側を通過する弾丸の嵐――


 危ない‼


 つば姉の「逃げろ」は敵の接近を警告してたんだ!

 考え事してたせいで気づかなかった、ちくしょう!



『アキラ! 今行く――くッ⁉』



 つば姉が苦戦してる⁉

 やっぱカグヤとあいつ⁉


 遠くのつば姉たちに一瞬だけ目を向ける。敵機の赤いマーカーが3つ。機種名を見る暇はなかった。愛鷹アシタカとそれを守るつば姉のグラディウス、しまさんのハーツブラッドと交戦してる。あの3機がつば姉たちを足止めして、残りがこっちに来たのか!



「つば姉、目の前の敵に集中して! 僕は大丈夫だから‼」

『すまん! すぐ済ませるから、それまでこらえてくれ‼』



 こっちに来たのも3機。


 どれも戦闘機――っぽい形の、ヴェサロイドVDの銀翼形態だ。近くに来ると各部の機構が動いて、銀の鎧のような人型に変形した――この機種は!



 重量級汎用型可変VD

 EVD-03〝プラティーン〟



 軽量級のシルバーンを太らせたた感じで、体格以外は色・形状・変形機構、どれもよく似てる。オーラム・シルバーンと同じ着脱式バックパックを装着できて、目の前の3機はそれぞれ違うバックパックを背負ってる。


 赤の強襲型ルベウスパック、主武装は短機関銃サブマシンガン

 青の殲滅型サフィールパック、主武装は奇環砲ガトリングガン

 緑の標準型エメロードパック、主武装は激光短銃ビームハンドガン



 バババッ!

 ガガガッ!

 ビィィッ!



 3機がまた撃ってきた、回避!

 ッ、避けてるだけじゃダメだ!


 どうする⁉ 人殺しは嫌だ、でも撃たなきゃやられる!

 なら殺す覚悟を決める? 今すぐそれは無理――なら!


 殺さないように戦う‼

 そう決めて専念する‼


 頭部コクピットに当てないように戦うのは難しいけど、迷ってまごまごするよりかはマシ! 結局それが、僕にとっても一番安全だ!



「この!」



 右操縦桿のパッドをスライドさせてロック対象を切り替えながら、オーラムの右手の極光銃ビームライフルを敵3機の胴体目がけて1発ずつ発射‼



 ドキューン!

 ドキューン!

 ドキューン!



 ッ、全部避けられた……!

 速い、やっぱギア4――



『ええい! 撃つなアキラ‼』



 若い男の声⁉

 周辺域公開通信オープンチャンネル



「自分達から撃ってきといて! 僕には撃つなってどういうりょうけんさ⁉」


『当方に貴様を殺害する意図はない! 貴様を女王陛下のもとに連れ帰るが我等の使命! ゆえにコクピットをけての撃墜を試みている――が、下手に抵抗されては当ててしまう!』



 カグヤ、まだ僕を連れ去ろうと。

 僕を求めてくれている……でも。


 それじゃ、僕のせいでみんなを危険に⁉



「カグヤ……!」


『陛下を呼び捨てにするな、無礼者‼』

「は⁉ 僕にとっちゃカグヤはカグヤだ‼」



 ルナリアンにとってはカグヤはほんとに女王様なんだな……でもなんだろう、この感じ。何か記憶に引っかかる――そうだ、この声にも、このノリにも、覚えが……


 !



「アンタ等、カグヤ親衛隊か‼」



 アーカディアンの、カグヤの追っかけ連中。全員プラティーン乗りで、使うバックパックでキャラ分けしてた。カグヤのいるウチのギルドに入団希望して、ギルドマスターの悠仁ユージンにやんわり却下されてた。



『それはゲームでの名だ! 今の我等は、ルナリア女王親衛隊‼」

「同じだろ! てか現実リアルでもカグヤに付きまとってんのかよ‼」

『黙れ! 少々カグヤ様に気に入られた程度でかれヅラしおって‼』


「彼氏がかれヅラして何が悪い‼」

『……え?』

「僕達は、付き合ってる‼」



『(×6)何ィ⁉』



 今……つば姉の声もした?



『カグヤ様からはそんなことうかがっていない! 一体いつから!』

高天原タカマガハラでデートした時に告白し合ったんだよ!」


『そんな!』

『嘘だッ!』


『ええい、静まれ! アキラよ、こ、恋人ならば! カグヤ様に味方するのが筋であろう! これ以上カグヤ様を悲しませるな‼』



 僕がカグヤを⁉


 そう、だよな。僕は、僕を助けようとしてくれたカグヤから逃げて――でも。それをこいつらに言われるのは、無性に腹立つ!



「悲しませたのはアンタ等もだろ! カグヤの言いつけ破って僕の乗った飛行機を叩き落して!」

『ぐッ――そうだ! 私が嫉妬に狂ったばかりにカグヤ様から大目玉を! 今度こそ任務を果たさねば、私は一生口を利いていただけなくなる‼』

「って! アンタかよ、あの時のインロンに乗ってたのは‼」



 今はエメロードパックの奴だな‼



「アンタ完全に僕のこと殺す気だったろ! そんな奴についていけるか‼」

『ぐっ――やむを得ん! やはり機体頭部をもいで連行するぞ‼』

『『応ッ‼』』



 3機が連携して襲ってくる!



『我等!』

『女王親衛隊!』

『カグヤ様のために!』



 バババッ!

 ガガガッ!

 ビィィッ!



「ッ‼」



 けたけど、際どい!


 まずい。こいつらの腕は中の上くらいだ。

 出力はこっちがギア1、あっちはギア4。

 こいつら相手にはハンデがきつい――



「それなら‼」



 左操縦桿の出力調整ダイヤルを回して――出力段階ギア2!

 両操縦桿をグッと前に押し、両ペダルを思い切り踏み込む!



 ゴッ‼



 3方向からの同時射撃を前進して避ける――ぐぅっ!

 今までよりはマシな速さ、ただその分Gで体がきしむ!


 けど。


 ちょっとハードな絶叫マシーン程度!

 これくらいならなんとか耐えられる!


 右操縦桿のパッドを押して自動照準、オーラムの右手の極光銃ビームライフルが一番狙いやすい位置にいたエメロードプラティーンを捕捉ロックオン


 同時に両ペダルでブレーキ!


 自動正対機能、敵1機を捕捉ロックオン中にブレーキをかけると、機体は正面をロック対象に向けるよう姿勢制御する。


 機体全体を標的へ向ける動き。

 腕を動かし銃口を向ける動き。


 両者を組み合わせ、最小限の動作で極光銃ビームライフルをエメロードプラティーンへ――



 ぐらっ



 機体が急に旋回⁉ 姿勢制御で機体が回った時のGに振り回されて、操縦桿を変な方に動かしてしまった――照準が狂った‼



 ドガァァン‼



「がッ⁉」



 体勢を立て直してる隙に撃たれた!

 衝撃で体が揺れて操縦ができない!


 胸部と極光銃ビームライフルに被弾⁉

 機体が、流される……‼


 

『無様だな!』

『これがアキラとは!』

『実機ではこんなものか!』



『(×3)あぁーっはっはっは‼』



 ◆◇◆◇◆



 ……何やってんだ、僕は。


 こんな格下に、しかもさつ戦法せんぽうなんて手加減までされながら、翻弄されて。これで世界王者チャンピオンか。


 ゲームじゃないから仕方ない?

 そんな言い訳で納得できるか?


 昔から運動も勉強もダメで、誰かに勝ったことなくて。負けることに慣れすぎて、負けても悔しく思わなくなって。でもそんなある日、アーカディアンに出会った。


 VDの、ロボットの操縦。


 小さい頃からずっと、ロボットを自分で操縦してみたかった。それが叶って嬉しかった。そして生まれて初めて「これでは他人に負けたくない」って思ったんだ。


 僕が唯一のめり込めるもの。


 それを通じて友達も、恋人もできた。

 ロボットの操縦は、僕の存在価値レーゾンデートルだ。


 だからだ。


 実機じゃつば姉やカグヤに敵わないとわかって悔しかったのは。ゲームも現実も関係ない。僕は、僕が、ロボットの操縦で誰かに負けるのを――



 ◆◇◆◇◆



「許さない」



 Gや揺れがなんだ。

 ギア2なら失神しない。

 なら耐えようとするな。


 握力を緩める。


 操縦桿に掴まって体を支えようとしたから誤入力したんだ。体はシートベルトと宇宙服のジョイントで操縦席に固定されてる。手足はフリーにしろ。


 機体に体が揺さぶられても、それが伝わらないように。

 胴体から切り離した手の中で、操縦桿を転がすように。



『終わりだ、アキラ‼』



 正面からルベウスプラティーンが接近。その左手に極光剣ビームサーベル。格闘戦で仕留める気か。


 ――両操縦桿を手前にひねりながら。

 ——左操縦桿の引鉄トリガーを引く。


 オーラムがわずかにのけぞる。ルベウスプラティーンが横薙ぎに振るった極光剣ビームサーベルが目の前を横切る――すくい上げるように、オーラムが左腕を振り上げる!



 ズバァッ‼



『何ィ⁉』



 ルベウスプラティーンの左腕が半ばで切断され宙を舞った。斬ったのはオーラムの左手の格闘武器――振動盾ヴァイブロシールド

 縁が刃になっていて、攻撃時には高周波振動で切れ味を増すそれは、事実上でっかい振動剣ヴァイブロブレードだ。取り回しは悪いけど威力は抜群。


 振り上げた左腕を振り下ろし、もう一撃!

 今度は機体のひねりも加えて袈裟斬けさぎりに!



 ザンッ――



『そんなァッ‼』

『『レッド⁉』』



 ルベウスプラティーンの胴体を両断。

 その頭部が射出され飛んでいく。


 ――損傷確認。


 胸部装甲に被弾。胴体内部構造は無事、きょう激光対空砲ビームファランクスは使用不能。右手の極光銃ビームライフルも被弾して喪失。


 右ボタン類パッドとトリガーでの使用武器を変更。


 バックパック右側に懸架マウントされた電磁軌条砲レールガンが、折りたたまれた長大な砲身を伸ばしながら脇の下にスライド、そのグリップをオーラムが右手で掴む。



『よくもレッドを‼』

「アンタはブルー?」



 サフィールプラティーンが奇環砲ガトリングガンから弾丸を連射しながら、その砲身を動かす。弾丸の列の長大な剣で宇宙を斬り裂くように薙ぎ払ってくる。


 こうされると避けるのが難しい――けど。



 バッ!



 両操縦桿をハネ上げて跳躍、しながら両操縦桿を手前にひねって宙返り。棒高跳びのバーを越えるように弾の列をやり過ごす。

 奇環砲ガトリングガンは反動が強いから狙いを変えるのに時間がかかる。その間に、こっちが先に狙いをつける。



 ズガァン‼



 引鉄トリガーを引いた次の瞬間には、電磁軌条砲レールガンの弾丸がサフィールプラティーンの胴体に風穴を開けていた。



『だっ、脱出する!』

『ブルー!』


「で、アンタはグリーン?」

『ひっ⁉』



 あの時カグヤを連れ去った。

 僕を殺そうとしやがった奴。


 そいつが今乗ってるエメロードプラティーンへ全速前進。この距離で反動の強い電磁軌条砲レールガンは不利だ、右の使用武器を変更。電磁軌条砲レールガンをしまいつつ、オーラムがバックパック左側に懸架マウントされた長剣を右手で抜き放つ。



『来るなァ!』



 エメロードプラティーンもこっちを向き、後退しながら激光短銃ビームハンドガンを撃ってくる。その拳銃から放たれるレーザーを振動盾ヴァイブロシールドで受け止める!



 ヴァァァッ‼



 閃光を盾に浴びながら構わず前進。

 敵機との距離が徐々に詰まってく。


 VDは人間同様、後退するより前進する方が遥かに速い。こっちがギア2であっちが4でも、後退する機体よりは速い。

 背中を向ければその隙にやられるとわかってるからだろう、敵は後退しながらレーザーを吐き続けることしかできない。



『早く! 落ちろ‼』



 レーザーが盾の表面を溶かして蒸発させる。発生した蒸気がレーザーのエネルギーを吸収してさらに防ぐ。でもそれもいずれ尽きて盾が――



 ドカァン!



 ――爆散、と同時に。オーラムの突き出した振動剣ヴァイブロブレードがエメロードプラティーンの胸を貫いていた。こちらは盾を失っただけで本体は無傷。

 あと少し間合いが遠かったら本体もやられてただろうけど。ばくに勝った――って訳じゃない。僕は振動盾ヴァイブロシールド激光短銃ビームハンドガンに何秒耐えられるか、コンマ単位で覚えてる‼



『そんなァ! カグヤ様ァァッ‼』

「気安くその名を呼ぶな、ストーカーが」

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