第4節 戦う訳

第13話 子供を戦わせる大人

 放送が、終わった。


 気づいたら、泣いてた。

 心臓が、バクバクする。


 悲しい……カグヤの身に起こったことが。

 怖い……今起こってることの、大きさが。


 カグヤ。戦争で日本列島を焼け出されて。逃げた先で邪魔者扱いされて、月に追いやられて。月の重力が弱いせいで、お父さんを亡くして。


 どんなに辛いか、想像もつかない。


 カグヤが月の住人じぶんたちを〝ルナリアン〟、それ以外の人類を〝地球人アースリング〟って呼んだのは。最早ルナリアンは地球人じゃない、別の人類なんだって、決別の意思のあらわれなのか。


 そしてルナリア王国として独立して。

 自分達以外の全人類に宣戦布告して。


 戦争が始まる……?


 そんな大事の中心に、カグヤはいる。

 カグヤと関わるなら、当然それとも。


 関わるのが、怖い。


 情けない。カグヤは危険をおかしてまで僕を、憎いアースリングの1人のはずの僕のことを守ろうとしてくれたのに、僕は……!


 僕だってカグヤを支えたい。

 泣いてるカグヤを慰めたい。


 ……でも。


 ルナリア王国軍が僕のコロニー高天原タカマガハラを攻撃したことは認められない。大勢の人が死んだ……確認はしてないけど、きっとご近所さんとか、僕の中学の生徒や先生とか、知ってる人も死んでる。僕や父さん母さんが無事だったのだって、運が良かっただけなんだ。


 それを――


 「気にしてない」と言えば、嘘になる。その気持ちを隠してうわつくろった慰めの言葉でカグヤの力になれるのか。

 でも、正直に非難する気持ちまで伝えるのも……あんなに悲しんでるカグヤに追い打ちをかけるなんてことも、できない。


 一体、どうすれば……!



「はっ、はっ――」



 色んな考えで頭の中、グチャグチャで。

 色んな気持ちで胸が、張り裂けそうで。



「っ! はっ、は――」



 苦しい……!



「アキラ⁉」

「大丈夫⁉」


「つ、ば姉? はっ……しま、さん?」



 つば姉がそっと僕の背中に手を当てて、撫でてくれる。



「よしよし。ゆっくり、息を吐け」

「? はーっ……」

「息を止めて……吸って……倍の長さで吐いて…………」



 つば姉の言う通りに、深呼吸を繰り返す。

 ……あ、息苦しいの、少し収まった?



「落ち着いたか?」

「う、うん。でも……これ、何?」

過呼かこきゅうの対処法だ。なりかけていたぞ」



 過呼吸⁉


 確か息のしすぎで、重くなると体が痺れたり、パニックになったりするやつ。精神的な不安からなることもあるとは知ってたけど、まさか自分がなるなんて。



「ありがとう、つば姉。助かったよ」

「どういたしまして……カグヤのこと、辛かったか」

「あ、うん……それに、なんか一度に考えすぎちゃって」

「そうか……難しいかも知れないが、考えてもどうしようもないことは、なるべく考えないようにしろ」

「そうだね……」



 戦争なんて、僕にはどうにもできない。でも僕は、カグヤのことが大好きで。カグヤをあきらめるなんて考えられない。



「……確かに難しい、ね。どうしても頭に浮かんできちゃう」

「なら、一番気になることだけ考えて、他のことは脇に置け」

「一番気になるのは……カグヤ。まさか敵の親玉だったなんて」



「いや、それは違うと思うよ」



 ◆◇◆◇◆



しまさん? でも、女王って――」


「あんな若いにクーデターを率いるなんて無理だよ。本当の指導者は別にいるはずさ。カグヤはそいつに担がれて利用されてるんだろう。カグヤ、スター性あるから」


「利用……」


「月の人達の結束や戦意を高めるための、見栄えのいい、名目上のトップとして。そんな風にたまたま目立つポジションにいるだけで、別に他の一構成員と変わらない」


「はぁ……」


「だから、女王だったってことで余計にショックを受けることはないんだよ」

「あ、ああ……! そっか。ありがとうございます。少し気が楽になりました」


「はは、どういたしまして」



 敵の一味、って時点でパンクしてたんだ。

 これ以上、打ちひしがれてる余裕はない。



「しかしまぁ、月の革命家達も。大人が子供にそんな真似をさせて情けないよ」

「しかもその半分がわたしの身内、国連軍・月方面軍だったとは……」



 つば姉が苦虫を噛み潰したような顔した。



「すまない、アキラ。この不始末、国連軍の一員として謝罪する」

「そんな! つば姉が謝るようなことじゃないよ。気にしないで」


「ありがとう……確かにわたしはあずからぬことだった。だが申し訳なくて……国際平和の番人たる国連軍人ともあろう者が、民間人の少女を兵士に仕立て上げていたなどと」


「仕立て上げ……?」


「ああ。先ほど戦った時、カグヤはGをものともせず最大出力のシルバーンを乗りこなしていた」



 ……!



「かなり前から耐G訓練を受けていたのだろう。それができるのは月では国連軍だけだ。しかしカグヤは軍に入れる歳には見えない。月方面軍がカグヤに接触して、非公式に鍛えていたとしか考えられん」


「……カグヤは、実機を、最大出力ギア4で?」

「ああ。ゲームの時と変わらぬ強さだった」



 ……そっか。


 カグヤは、実機でもあの強さなのか。それに氷威コーリィ――つば姉もだ。僕はGに耐えられなくて実機じゃ全然だってのに。

 カグヤとも、氷威コーリィとも、互角だと思ってたのに。それはゲームの中だけで、現実リアルじゃまるで敵わない。くやしいな……って。


 何考えてんだ僕は。


 ゲームでの力を根拠に、自分なら上手くやれるだなんて思い上がって、実機に乗ったのが間違いだったんだ。それで取り返しのつかない過ちを犯して。


 もう、実機に乗ることはないだろう。

 なら、別にそれで負けてたって――



 ビーッ! ビーッ!



 ⁉


 壁のスピーカーから警告音。

 僕たちの視線がそこに集まる。



『第1種戦闘配置!』



 バッ! アナウンスを聞いたつば姉が、すぐにこの部屋――パイロット控え室に隣接した、女性用パイロット更衣室に飛び込んだ。



『――総員、速やかに持ち場につけ』


「アキラ、こっち!」

「え、ええっ⁉」



 しまさんに腕を引かれ男性用更衣室に。



「ちょっとじっとしててね」

「はいっ。いや、えぇっ?」



 しまさんがロッカーから取り出したジャケットやらブーツやらを、僕の宇宙服の上から着せる――あ、これ。アーカディアンのアバターでいつも着てる。装着者の耐G能力を補助するパイロットスーツ。


 それを着させられてるってことは。

 ヴェサロイドVDに乗れ、ってことか。


 ……第1種戦闘配置。


 軍隊用語。ロボット作品でもよく使われる……意味は、確か。

 臨戦態勢。即座に戦える状態にして待機せよっていう命令で。

 それが発令されたってことは、つまり。



『後方よりVD6機接近中! これより本艦は迎撃に当たる!』



 戦闘に、なる。



 ◆◇◆◇◆



『回転式居住区、接続アーム収納完了』



 この宇宙戦艦愛鷹アシタカの、人工重力を発生させるために中央船体から500m離して回転させてた2つの居住区用の船体を、接続アームを収納して中央船体にドッキングしたのか。


 愛鷹アシタカ本来の、戦うための姿に戻った。

 戦いが迫ってる実感に、体がすくむ。


 自分もパイロットスーツに着替えたしまさんに連れられて更衣室を出ると、控え室の窓の向こう、格納庫ハンガーで黒く鋭いフォルムの機械の巨人が動き出した。つば姉の搭乗機〝グラディウス〟。発進準備をしてる。



「艦長、用意できたよ!」



 しまさんが壁のモニターを操作して叫んだ。

 宇宙服の女性の顔が大きく映し出される。



博士はかせ、お疲れ!』



 綺麗な銀髪に、真っ赤な瞳。

 真っ白な肌の、絶世の美女。


 この人がこの艦の艦長さん? すごい美人。それにこんな髪と眼の人、現実リアルで初めて見た。創作のキャラではよく見る組み合わせだし、アーカディアンではエイラがこうだけど――



『その子がアキラ⁉ うっわ、かーわいいっ! 食べちゃいたい‼』

「は、初めまして! かどあきらです!」

『初めてじゃないわ。私、エイラよ』



 ⁉



「え、エイラ⁉ 本当に……?」

『ほんとほんと‼』


「実はそうだったんだよ。エイラもこの艦にいるの、黙っててごめんね。口止めされてたんだ、後で自分で自己紹介したいからって」


『本名は大友おおともゆき。国連軍大佐よ♪』



 エイラ。


 アーカディアンでの、僕の所属ギルド・クロスロードの仲間。狙撃手タイプのプレイヤーで、上位ランカーの1人。

 アバターは長い銀髪に、鋭い眼差しの中の瞳は赤。平時には黒いコートを着て、雪国の美女って感じで。



「……」



 モニターに映る女性はエイラのアバターより髪は短いし表情もほがらかだけど、それ以外はよく似てる。エイラも現実リアルの自分に似せてアバター作ってたのか。僕もだけど。現実リアルで会ったプレイヤー、今のとこ全員そうだ。


 ただ――


 カグヤ・氷威つば姉グラール嶋さん現実リアルでの話し方もゲーム内と変わらなかったけど、エイラは全然違う……ゲームあっちじゃ寡黙で、しゃべる時は短くキリッとかっこいい台詞を言うクールビューティーだったのに、現実こっちでは。



『ん? アキラ、どうかしたん?』



 おばちゃん臭い……


「その。ゲームと大分違って、驚いて……」


『ですよねー! その、本気マジでゴメン! あれ演技ロールプレイ! 現実リアルであんな恥ずかしい口調できないって!』



 ああ……「フッ」って笑ったりしてる。

 確かに現実リアルでやられたら、かなり痛い。



『もう話してる時間なくて。ごめんね! アキラ、今すぐオーラムに乗って――』



 やっぱり――!


 もう乗ることはないと思った矢先に。でも、敵が襲ってくるなら仕方ない。みんなで無事に逃げ延びるためだ。実機はギア1でしか動かせないけど、僕もできる限り戦わないと――



『逃げるのよ!』



 ……。

 ……。



「えっ⁉」


『避難民を乗せた脱出艇の近くで戦うと巻き込んじゃうから、本艦はこれから反転して来た方向に戻りつつ敵を迎え撃つわ。あなたは今すぐオーラムに乗って発艦して、目的地の千葉ちばコロニーへ避難して』



 避難……?



『詳しくはグラールに聞いてね。じゃ!』

「ま、待ってください‼」


『ほえ?』


「な、なんで。僕だけ逃げろって。ここは〝戦え〟って言うところじゃ⁉」

『なーに言ってんの! アキラは民間人でしょ。戦いは私達軍人の仕事よ♪』


「それは、そうですけど。この艦にVDは3機しかなくて。オーラムなしじゃ2機しかなくて。敵は6機――まずいですよ! 戦力は少しでも多い方がいいんじゃ」


『そうね。正直、あなたの手を借りられたら心強いわ。貸してと言いたい気持ちはある――でも私は、そんな誘惑には屈しない!』



 ゆ、誘惑?



『どんなに厳しい状況でも、あなたに戦う力があるとしても。軍人である私は民間人であるあなたを。大人である私は子供であるあなたを。戦わせてはいけない。そこは越えちゃいけない一線なの』



 目を細め、優しくほほむ艦長さん。

 その瞳から、強い意志を感じる。



『あーだこーだ理由つけて、子供をロボットに乗せて戦わせるクソみたいな大人って、ロボットアニメによくいるわよね? あいつら見て〝こうはなりたくない〟って思ってきた。今こそそれを実践する時よ‼』


「そういうこと」



 しまさんの手が、僕の肩に手を置かれる。



「ロボット作品から学んだ大切なこと。その教訓を活かせないようじゃロボ好きがすたる。君をここに呼んだのも、こういう事態になったらすぐ逃がせるようにって、艦長と話して決めてたからさ」


しま、さん……!」


「だからほら、行って」

『じゃーね、アキラ!』


「あ――」



 しまさんに押されて、僕は格納庫側の壁の窓の下に開いた四角い穴へ。

 格納庫のオーラムのコクピットに繋がるダクトの中に吸い込まれた。


 

 ◆◇◆◇◆



 また、実機のオーラムに乗って。



『脚を長時間じっとさせてるとエコノミークラス症候群になるから、時々伸ばしてね! 大小はそのままして。宇宙服の股関に接続されたチューブから操縦席のタンクに吸い込まれるから!』



 VDで長時間航行する上での諸注意をしまさんから聞いて。一応何かあった時の自衛用にって、オーラムの背中に多彩な武装を搭載した着脱式バックパック〝ネイクリアスパック〟をつけてもらって。


 愛鷹アシタカはもう艦首を敵が来る高天原タカマガハラ方面に向けてたから、艦首方向へVDを射出するカタパルトは使わずに後部着艦用ハッチからそっと発艦。


 宇宙空間へ。


 無重力のコクピットの中で、体をシートに押しつける軽いG。オーラムが推進器スラスターを噴かして、自動操縦オートパイロットモードで前進してる。千葉ちばコロニーのある、愛鷹アシタカとは逆の方向へ。



『ではな、アキラ』

「つば姉も、気をつけて……」



 振り向くと、全天周モニターに映る愛鷹アシタカの後ろ姿が。

 あっという間に遠く小さくなって、見えなくなった。


 ……。

 ……。


 全天周モニターに映る外の景色は、どっちを見ても暗い宇宙ばかりで。その中を体1つで漂ってるようで、落ち着かない。でも嫌な気分なのは、きっとそれより。


 この状況を、受け入れられてないから。


 僕は……これで。

 よかったのかな。

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