第12話 月は無慈悲な夜の女王

 しまさんは涙を拭いて。

 照れくさそうに笑った。



「ありがとう……ボクの方がなぐさめられてちゃ世話ないね。でもね、アキラ。キミこそ責任なんか感じる必要ない。ボクを責めないなら、襲ってきた奴等を責めればいい」


「え、えぇ……」



 それはそうなんだけど、人を殺しておいて「自分は何も悪くない」って開き直っていいものか……いや、今は考えても仕方ない。話を変えよう。



「そういえば。連中、何者なんでしょうか」

「それはまだ、確認が取れてないんだよ」


「そうですか……テロリストかと思ってたんですが、今の話だとヴェサロイドVDを持ってるのは国連軍と四大国の軍だけなんですよね。その中に犯人が? 国連軍と太平洋連邦軍は襲撃された側だからありえないとして……あ」



 連中が運用してたVD!



「インロンは亜細亜連邦製。シルバーンは欧州連邦製。てことは、この2国が?」

「あ、いや」



 ? つば姉がバツの悪そうな顔を。



「どの機種をどの国が開発した、というのはゲームの設定だ。実際はどの機種も国連と四大国から集ったしま博士はかせら共同開発チームが作った。その開発データは国連と四大国に等しく共有されているから、どこも全ての機種の実機を作れる」


「ぐはっ……」



 完全に現実と虚構を混同した!

 は、恥ずかしいなぁ、もうっ!



「そもそも共同で開発したのも、VDという革新的な兵器の開発で各国に差がつき、軍事バランスが崩れるのを防ぐためだ」



 そか、そうしないと軍拡競争に……



じゅんの言った通りなんだ。まぎらわしくてごめんよ。アーカディアンの背景世界が四大国同士で戦争してる設定になったから、各国それぞれがVDを開発したってことになって。でも現実の四大国は戦争を望んでないよ。どの国も大きすぎて、ぶつかり合えば人類が滅びかねないからね」



 こわッ⁉



「だからわたし達国連軍も四大国軍もシロだ、と思いたいな。それら正規にVDを保有している所でなければ、そのどこかから奪われたか横流しされたかということになるので、それはそれで問題ではあるのだが」



 ピーン



 ん? 部屋のスピーカーが。

 艦内放送か。なんだろうな。



『乗組員各位に通達。手の空いている者は艦内TVテレビを見られたし。高天原タカマガハラを占拠した武装勢力が犯行声明を上げる模様』



 噂をすれば……!

 これで答えがわかる。


 しまさんが壁のTVのスイッチを――⁉

 そんな……まさか。このは――



「カグヤ……」


「何ッ⁉」

現実リアルのカグヤかい?」

「はい。間違い、ありません」



 画面いっぱいに映った顔。高天原タカマガハラで見たのと同じ顔だけど、あのよく笑う女の子と同一人物とは思えないほど、その表情は硬く冷たい。カメラが引いていって、その全身が映される。


 後ろで高く結った黒髪に、銀のティアラ。

 軍服調の黒いワンピースと白いコート。

 肩に紫の羽衣、腰に宝石のついた細い剣。


 ファンタジーに出てくる戦う姫君みたいだ。勇ましく、厳かで、高貴な雰囲気になったカグヤは、宮殿みたいな豪華な部屋で演壇に立ち――おもむろに口を開いた。



わたくし十六夜いざよいかぐや――月の女王です』



 ◆◇◆◇◆



 女王⁉ 月、の……?



「カグヤの声だ!」

博士はかせ、お静かに」

「(はい……)」



 カグヤ、声も冷たい。


 あんなことがあっても、やっぱりこの顔を見るといとしさがこみ上げる。ただ、その冷たい眼差しが僕に向けられてるようで、辛い。


 カグヤから逃げ出した僕のこと。

 やっぱり、怒ってるのかな――



『地球、軌道エレベーター内の居住区、スペースコロニー。これら1Gの重力が保たれた地にお住いの全てのアースリングの皆様に、ご挨拶あいさつ申し上げます』



 地球人earthling……?



『この度スペースコロニー〝高天原タカマガハラ〟および〝ヘスペリデス〟へ進軍いたしましたわたくしどもは、ルナリアン。月の住人です』



 ヘスペリデス……!


 高天原タカマガハラのあるL1とは月を挟んで反対側の、月の裏側のラグランジュポイントのL2にある、欧州連邦のコロニー群の中心的コロニーだ、宇宙要塞のある。そこも襲われてたのか!


 ていうか、月って。


 カグヤが地球暮らしって嘘だったのか。

 いや……もうそんなのはさいなことだ。


 ルナリアン。地球から月に移住した人達。彼等も地球人類であることに変わりはないのに、なんで他の人を地球人アースリングなんて。まるで自分達は地球人じゃないみたいな言い方するんだ。


 それに月社会は王政じゃない。

 女王なんていないはずなのに。



『これまで月社会は全人類が平等に月開発の恩恵を受けられるよう、特定の国家ではなく各国の総体たる国際連合——国連によって統治されてきました』



 うん……そうだよな。



『ですが国連はその務めをおこたりました。月という過酷な環境に心身をむしばまれ救いを求めるわたくしどもの声を、ないがしろにしたのです』



 過酷……?



わたくしどもは皆、重力の弱い月での暮らしで筋骨が衰え、それが元で心身に様々な異常をきたす〝廃用はいようしょう候群こうぐん〟に、多かれ少なかれおかされています』



 廃用はいようしょう候群こうぐん……!


 運動不足による体の衰えが引き起こす諸々の症状の総称。筋肉や骨が弱って歩行が困難になるだけに留まらず、呼吸器や内臓、自律神経や精神にまで悪影響を及ぼす。


 運動不足って響き以上に怖い病気だ。


 1Gの環境では、寝たきりにでもならないと廃用はいようしょう候群こうぐんにはならない。でも無重力・低重力の環境だと、普通に暮らしていてもなっちゃうんだ。重力に引かれる自分の体を支える、って一番基本的な運動が不足して。


 え、じゃあ、カグヤも?


 そんな様子はなかった……あ、いや。カグヤが官庁街の広場で踊った時、急に転んだの。廃用はいようしょう候群こうぐんで足腰が弱ってたから、だった……?



『そのような環境に、特殊な訓練を受けた訳でもない大勢の人間が移住する。それがそもそも無謀であり、そんなことは、初めからわかっていました』



 そうだ……僕も思ったことある。


 1/6Gしか重力がない月じゃ、健康を維持できないんじゃないかって。でも現実に大勢の人達が暮らしてるんだから、大丈夫なんだろうって勝手に思ってた。


 本当は、大丈夫じゃなかった……?



『にも関わらず、月への移民は強行されました。米州連邦・欧州連邦・亜細亜連邦・太平洋連邦。地球上の全国家の中でも支配的な地位を占め、今やこの4ヶ国の総意が国連の意思とさえ言える、これら四大国の都合によって』



『四大国はスペースコロニー建設にあたり、その資材の多くを当時はまだ人の住んでいなかった月に求めました。鉄・酸素・ガラスなど、スペースコロニーの材料として大量に必要になる物質は月でも採れ、それらをコロニー建設宙域に運ぶには地球からよりも月からの方が効率が良かったからです』



『そうして。月で資材を採掘し、それを建設宙域に運び、そこでスペースコロニーを建設する労働者と、その生活を支える様々な職種の人々、そしてその家族が、四大国から月へと送り出されました。その多くは第3次世界大戦で発生した難民達――わたくしも、その1人です』



 ……‼


 現実リアルで会う約束をした夜、カグヤとした会話。


 10年前、第3次世界大戦で日本国が亜細亜連邦に滅ぼされた時。僕んちを含め、事前に逃げられた集団はナウル共和国内の巨大人工浮島メガフロート自凝島オノゴロジマ〟に引っ越した。


 カグヤもその集団にいて。


 その日本人集団が新たに日本共和国を建国し、その国土となるスペースコロニーが完成したあとは、僕はそっちに引っ越したけど、カグヤは自凝島オノゴロジマに残った。


 あの時は、そう話したけど。


 本当は、そもそもカグヤは自凝島オノゴロジマに渡ってなかったんだ。亜細亜連邦の軍隊が日本列島に上陸した時に慌てて逃げたとかで、逃げた先で難民になってたのか。


 そんな辛い想いしてたなんて……!



『第3次世界大戦終結後も、大勢の難民は移住先で現地民と軋轢あつれきを生み、社会問題となっていました。各国がスペースコロニー建設を推進すると共に、わたくしども難民を厄介払いしようとしたのは想像にかたくありません』


「(そう、なんですか?)」

「(……ああ、事実だよ)」



 聞くと、しまさんは苦い表情で頷いた。



『8年前、避難先の政府から〝月へ行かないか〟と勧められ、立場の弱いわたくしどもに、拒否権など事実上ありはしませんでした。そしてその時すでに、月での暮らしが廃用はいようしょう候群こうぐんを引き起こすことは予想されていました』



『しかし〝充分な対策をすれば廃用はいようしょうこうぐんは防げる。国連がそれを支援する〟という言葉を信じ、わたくしどもは母なる地球から月へ移り住んだのです。ですが実際には支援体制はさんで、対策は行き届かず、廃用はいようしょう候群こうぐんわたくしどもの間に蔓延まんえんしていきました』



 無理矢理移住させておいて、そんな……。


 これじゃみんじゃなくて、みんだ。宇宙移民に見せかけた棄民政策、なんて宇宙を舞台にしたロボット作品で見る設定だけど。そんなひどいことが現実でも起こってたなんて。



わたくしどもは国連に訴えました。月で暮らす限り廃用はいようしょう候群こうぐんから逃れる術はない、各国のスペースコロニー群も完成してもう役目は終わったのだから、自分達を地球やスペースコロニーなど安全な1Gの土地に移住させてほしいと』



『国連は〝善処する〟と言いながら、なんら具体的な行動を起こさず、のらりくらりとわたくしどもの願いをやり過ごし――そして、最悪の事態が起こりました』



 え――



廃用はいようしょう候群こうぐんの中には命の危険がある症状も多くあります。心肺機能の低下。しゃく能力の低下によって食べた物が誤って肺に入ることによる肺炎。血管を詰まらせる血栓けっせん……遂に、こうした病による死者が出てしまいました』



 カグヤ⁉ 頬に、涙が伝って――



『もう何人も……その中には、わたくしの父もいます』



 そ、んな……。


 涙を流しながらも泣き顔にはならず、でもその涙を拭おうともせず、カグヤはキッと前をにらんだ。



『これは殺人です。国連の、四大国の――怠慢が彼等を殺した! そしてこれほど明白なあやまちを犯してなお、あなた方は動こうとしません。こうしている間にもいつ次の犠牲者が出るかわからないのに! わたくしどもはもう、1秒たりとて待てないのです‼』



 般若はんにゃのような形相が、ふっと緩んだ。

 代わりに浮かべた、穏やかなほほみ。


 だけど。


 冷え冷えとして。

 酷薄な……冷笑。



『あなた方の考えなどお見通しです――地球にもスペースコロニーにもルナリアンを受け入れられる土地などない。放っておけ。ルナリアンなど人類全体から見ればごく少数、大国を脅かす力などない。文句を言う以上のことなどできまい——ですがそれは、見当違いです』



 ……人は。


 反撃してこないと思っている相手には、いくらでも残酷になれる。

 国連や四大国の、世界を主導する偉い人達も、そうだった……?



『ルナリアンは泣き寝入りなど、しない』



 ……!



『あなた方がわたくしどもを救ってくださらないのなら、自らの力で自らを救います。そのためにわたくしどもは蜂起しました。月のコロニーの市民達も、それを監視するために国連軍から派遣された月方面軍の兵士達も、同じルナリアンとして一丸となって』



 国連軍、月方面軍?



わたくしどもは月の国連行政府を制圧して月全土を掌握。同時に国連軍月基地が保有していた巨大ロボット兵器ヴェサロイドにて高天原タカマガハラとヘスペリデスを襲撃、占領いたしました』



 そうか……!


 国連が統治してた月にも当然国連軍の基地があって、そこでもVDの試験運用をしてたのか! あのインロンとシルバーンはその試作機。犯人はつば姉の同僚の国連軍から出た造反者……!



『民を守る責務を果たさぬ圧政者は排斥しました。今こそわたくしはルナリアンによる独立国の樹立を宣言いたします! その名は――〝ルナリア王国〟‼』



 ルナリア、

 それは、つまり。



わたくしはルナリア王国初代国王、十六夜いざよいかぐや。国民を代表し、国際連合ならびにその全加盟国に申し伝えます。ルナリア王国はあなた方――ルナリアンを除く全人類――アースリングに対し、宣戦を布告いたします』



 宣戦、布告……。


 テロ、や紛争……じゃ、済まない?

 もっと大きい……が、始まる?



わたくしどもの当面の目標は、わたくしどもが作ったスペースコロニーを返していただくこと。各国政府には今の内にスペースコロニーの住人を地球に避難させておくことをお勧めします』



 え……?



『我がルナリア王国軍はこれより各コロニーへと順次おもむき、その時にまだ残っている住人には強制的に退去していただきます。その際、住人の生命財産は保証いたしかねますゆえ』



 ‼ 高天原タカマガハラにそうしたよう、に?



『これにて、わたくしどもからの開戦のご挨拶あいさつを終えさせていただきます。アースリングの皆様、どうぞ恐怖に震える眠れぬ夜をお過ごしください。それではごきげんよう――さようなら』



 最後にカグヤが見せた笑顔は。

 今まで見たどの顔より綺麗で。


 でも、壮絶で。

 恐ろしかった。

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