第12話 月は無慈悲な夜の女王
照れくさそうに笑った。
「ありがとう……ボクの方が
「え、えぇ……」
それはそうなんだけど、人を殺しておいて「自分は何も悪くない」って開き直っていいものか……いや、今は考えても仕方ない。話を変えよう。
「そういえば。連中、何者なんでしょうか」
「それはまだ、確認が取れてないんだよ」
「そうですか……テロリストかと思ってたんですが、今の話だと
連中が運用してたVD!
「インロンは亜細亜連邦製。シルバーンは欧州連邦製。てことは、この2国が?」
「あ、いや」
? つば姉がバツの悪そうな顔を。
「どの機種をどの国が開発した、というのはゲームの設定だ。実際はどの機種も国連と四大国から集った
「ぐはっ……」
完全に現実と虚構を混同した!
は、恥ずかしいなぁ、もうっ!
「そもそも共同で開発したのも、VDという革新的な兵器の開発で各国に差がつき、軍事バランスが崩れるのを防ぐためだ」
そか、そうしないと軍拡競争に……
「
「だからわたし達国連軍も四大国軍も
ピーン
ん? 部屋のスピーカーが。
艦内放送か。なんだろうな。
『乗組員各位に通達。手の空いている者は艦内
噂をすれば……!
これで答えがわかる。
そんな……まさか。この
「カグヤ……」
「何ッ⁉」
「
「はい。間違い、ありません」
画面いっぱいに映った顔。
後ろで高く結った黒髪に、銀のティアラ。
軍服調の黒いワンピースと白いコート。
肩に紫の羽衣、腰に宝石のついた細い剣。
ファンタジーに出てくる戦う姫君みたいだ。勇ましく、厳かで、高貴な雰囲気になったカグヤは、宮殿みたいな豪華な部屋で演壇に立ち――おもむろに口を開いた。
『
◆◇◆◇◆
女王⁉ 月、の……?
「カグヤの声だ!」
「
「(はい……)」
カグヤ、声も冷たい。
あんなことがあっても、やっぱりこの顔を見ると
カグヤから逃げ出した僕のこと。
やっぱり、怒ってるのかな――
『地球、軌道エレベーター内の居住区、スペースコロニー。これら1Gの重力が保たれた地にお住いの全てのアースリングの皆様に、ご
『この度スペースコロニー〝
ヘスペリデス……!
ていうか、月って。
カグヤが地球暮らしって嘘だったのか。
いや……もうそんなのは
ルナリアン。地球から月に移住した人達。彼等も地球人類であることに変わりはないのに、なんで他の人を
それに月社会は王政じゃない。
女王なんていないはずなのに。
『これまで月社会は全人類が平等に月開発の恩恵を受けられるよう、特定の国家ではなく各国の総体たる国際連合——国連によって統治されてきました』
うん……そうだよな。
『ですが国連はその務めを
過酷……?
『
運動不足による体の衰えが引き起こす諸々の症状の総称。筋肉や骨が弱って歩行が困難になるだけに留まらず、呼吸器や内臓、自律神経や精神にまで悪影響を及ぼす。
運動不足って響き以上に怖い病気だ。
1Gの環境では、寝たきりにでもならないと
え、じゃあ、カグヤも?
そんな様子はなかった……あ、いや。カグヤが官庁街の広場で踊った時、急に転んだの。
『そのような環境に、特殊な訓練を受けた訳でもない大勢の人間が移住する。それがそもそも無謀であり、そんなことは、初めからわかっていました』
そうだ……僕も思ったことある。
1/6Gしか重力がない月じゃ、健康を維持できないんじゃないかって。でも現実に大勢の人達が暮らしてるんだから、大丈夫なんだろうって勝手に思ってた。
本当は、大丈夫じゃなかった……?
『にも関わらず、月への移民は強行されました。米州連邦・欧州連邦・亜細亜連邦・太平洋連邦。地球上の全国家の中でも支配的な地位を占め、今やこの4ヶ国の総意が国連の意思とさえ言える、これら四大国の都合によって』
『四大国はスペースコロニー建設にあたり、その資材の多くを当時はまだ人の住んでいなかった月に求めました。鉄・酸素・ガラスなど、スペースコロニーの材料として大量に必要になる物質は月でも採れ、それらをコロニー建設宙域に運ぶには地球からよりも月からの方が効率が良かったからです』
『そうして。月で資材を採掘し、それを建設宙域に運び、そこでスペースコロニーを建設する労働者と、その生活を支える様々な職種の人々、そしてその家族が、四大国から月へと送り出されました。その多くは第3次世界大戦で発生した難民達――
……‼
10年前、第3次世界大戦で日本国が亜細亜連邦に滅ぼされた時。僕んちを含め、事前に逃げられた集団はナウル共和国内の
カグヤもその集団にいて。
その日本人集団が新たに日本共和国を建国し、その国土となるスペースコロニーが完成したあとは、僕はそっちに引っ越したけど、カグヤは
あの時は、そう話したけど。
本当は、そもそもカグヤは
そんな辛い想いしてたなんて……!
『第3次世界大戦終結後も、大勢の難民は移住先で現地民と
「(そう、なんですか?)」
「(……ああ、事実だよ)」
聞くと、
『8年前、避難先の政府から〝月へ行かないか〟と勧められ、立場の弱い
『しかし〝充分な対策をすれば
無理矢理移住させておいて、そんな……。
これじゃ
『
『国連は〝善処する〟と言いながら、なんら具体的な行動を起こさず、のらりくらりと
え――
『
カグヤ⁉ 頬に、涙が伝って――
『もう何人も……その中には、
そ、んな……。
涙を流しながらも泣き顔にはならず、でもその涙を拭おうともせず、カグヤはキッと前を
『これは殺人です。国連の、四大国の――あなた方アースリングの怠慢が彼等を殺した! そしてこれほど明白な
代わりに浮かべた、穏やかな
だけど。
冷え冷えとして。
酷薄な……冷笑。
『あなた方の考えなどお見通しです――地球にもスペースコロニーにもルナリアンを受け入れられる土地などない。放っておけ。ルナリアンなど人類全体から見ればごく少数、大国を脅かす力などない。文句を言う以上のことなどできまい——ですがそれは、見当違いです』
……人は。
反撃してこないと思っている相手には、いくらでも残酷になれる。
国連や四大国の、世界を主導する偉い人達も、そうだった……?
『ルナリアンは泣き寝入りなど、しない』
……!
『あなた方が
国連軍、月方面軍?
『
そうか……!
国連が統治してた月にも当然国連軍の基地があって、そこでもVDの試験運用をしてたのか! あのインロンとシルバーンはその試作機。犯人はつば姉の同僚の国連軍から出た造反者……!
『民を守る責務を果たさぬ圧政者は排斥しました。今こそ
ルナリア、王国。
それは、つまり。
『
宣戦、布告……。
テロ、や紛争……じゃ、済まない?
もっと大きい……戦争が、始まる?
『
え……?
『我がルナリア王国軍はこれより各コロニーへと順次
‼
『これにて、
最後にカグヤが見せた笑顔は。
今まで見たどの顔より綺麗で。
でも、壮絶で。
恐ろしかった。
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