第11話 機巧操兵アーカディアン

 つば姉と部屋に入る――ん?

 部屋の中、誰もいない……?



「すまんアキラ、少し待っていてくれ」

「うん」



 無重力の中、床にあるフックに足を差し込んで体を固定する。

 この部屋、なんか見覚えがあるような――


 !


 オーラム……壁の、ガラス窓の向こうに、僕が乗った実物のオーラムがいた。あとグラディウスに、ハーツブラッドもだ。3機のヴェサロイドVD整備台メンテナンスベッドに固定されて立ってる。


 あっちはVD格納庫ハンガーだ。なら。

 こっちはパイロット控え室か。


 アーカディアンで見ていた、世界大会・集団の部のチームの母艦〝ヴァーチカル〟の控え室と同じ光景を、現実で見れるなんて。じ~ん、と感動で震えてくる。


 あんな目に遭ったってのに。

 まったく、僕って奴は――



 搭乗式ロボットと、その母艦。



 人類が宇宙に進出した時代に、巨大ロボットに乗って戦うタイプの宇宙SFロボットアニメの要素で、現実には欠けていた(と思っていた)部分が揃った。こんな世界になればいいと望んでた、罰なのかな。


 その手のロボットアニメみたいなシチュエーションになって。

 その手のロボットアニメの主人公みたいに振る舞おうとして。


 結果は無意味な人殺し。


 ごめん……オーラム。

 こんな使い方をしてしまって。

 せっかく君が実体化してくれたのに。



「もしもし、博士はかせ?」

じゅん、着いた?』



 あれ、この声――



「ええ。アキラも一緒です」

『近くにいる。すぐ行くよ』



 ニュッ――



「うわ⁉」



 VDへ搭乗する際に飛び込むダストシュートみたいな四角い穴から、宇宙服を着た男の人が出てきた。

 ボサボサ頭に無精ヒゲ。だらしない印象だけど、ゴーグル型の眼鏡の向こうの目は穏やかで、口元の笑顔は気さくで優しそうな中年男性――



博士はかせ……そんな所で一体何をなさってたんです?」

「隠れてたんだ。アキラと向き合う、心の準備ができてなくて」



 見慣れたアバターに似てる。

 それに、しゃべってる声も。



「グラール……?」

「あっ、う、うん」



 やっぱり!


 アーカディアンでの僕の友達。

 ギルド・クロスロードの仲間。


 VDに限らず、人が乗って操縦する巨大ロボット全般に対する造詣ぞうけいが深くて、何時間でも語っていられる筋金入りのマニア。

 そのロボットをロボットアニメのパイロットのように自分で動かせるアーカディアンがいかに素晴らしいか~って話で意気投合して仲良くなった。



「初めまして。アキラのプレイヤー、かどあきらです」

「初めまして、アキラ。ボクの名は、しまだいだよ」



 しまだい



「まさか。アーカディアンのメインプログラマーの……?」

「ああ。いちスタッフの名前を憶えててくれて、光栄だよ」



 グラールが公式側の人だったなんて!



「公式サイトや雑誌のインタビュー記事でのしまさんのお話、ロボット愛を感じてすごく共感したので、覚えてました」



 例えば――


 将来的にはアーカディアンのような電子データのロボットではなく実物の、プレイヤーが組み立てたプラモデル大の小型ロボットを動かすゲームも作りたい、って話とか。


 今思うと確かにグラールっぽい。



「ありがとう。ボクが1人でヒートアップして蘊蓄ウンチク垂れて、他の人があきれてる時も、アキラはいつも楽しそうに聞いてくれて。感謝してる」


「それは、楽しいですから」

「なのに、ボクは……ッ!」

しまさん?」



「すまないアキラ! 全てボクのせいだ‼」



「は、はい?」

博士はかせ! でもあなたは、アキラを救ってくれました」

「え? つば姉、どういうこと?」

「カグヤと戦った時に救援が来たと言ったろう。博士はかせがそこのハーツブラッドで来てくれたんだ」


「そうだったんだ。ありがとうございます、しまさん」

「いや……あれくらい、当然だよ」


「当然ではありません。訓練も受けていないというのに」

「受けてない……?」

博士はかせはパイロットではない。実機の負荷に耐える体作りなどしていない」



 操縦すること自体はできる。

 でもGには耐えられない。

 僕と同じじゃないか。


 僕のために、そんな危険を!



「ごめんなさい! 僕が勝手にオーラムに乗ったせいで――」

「いや。そもそもキミがオーラムに乗れたのも、ボクのせいだ」



 ⁉



「全て、話すよ」

「は、はい……」



 痛ましい、悲壮な顔をして。

 しまさんは、静かに話し出した。



 ◆◇◆◇◆



 僕にはゲームの中のロボットが現実に出てきたように見えてた。でも真相はむしろ、逆だった。


 ヴェサロイドVD


 それはゲームの中で生まれたんじゃなくて、国連と四大国がみつに開発を進めていた、実物の20m級・有人操縦式ロボット兵器のカテゴリー名だった。

 今の技術じゃ20mもの巨大なロボットは作れない、っていう僕や世間の認識は、作れるようになったこと自体が計画ごと世間に隠されてたからだった。


 その計画の主任、責任者が。

 国連機関のロボット研究者。


 しまだいさんだった。


 しまさんは巨大人型兵器の有用性を偉い人達に説いて計画を立ち上げ、自らVDを設計し、そのシミュレーターまで作成した、正にVDの生みの親だった。


 しまさんの設計を元に作られたVDの試作機は国連軍と各国軍によって試験運用されることになった。


 テストを重ねて問題点を洗い出し。

 それを克服する改良を続けていく。


 それはVDの作動・戦闘だけじゃなく、母艦での整備、母艦からの発艦、母艦への着艦、といった運用体制全体を含む。

 今僕達が乗ってるこのVD運用機能を備えた宇宙戦艦〝愛鷹アシタカ〟は、国連軍の試験運用部隊の母艦の1つだった。


 つば姉はその一員。


 佐甲斐さかいつばめじゅん。実際に試作機に乗って動かす、テストパイロット。

 しまさんは軍人でもこの艦の乗組員クルーでもないけど、開発者の立場で試験運用の現場によく顔を出し、つば姉とは現実こっちでもよく会ってたそうだ。


 僕の見たVDの実機が問題なく稼動してるのは、開発チームと試験運用部隊の人達の努力の賜物たまものなのは、間違いない。けど――



 彼等だけの働きじゃ、なかった。



 開発に必要な膨大な運用データの収集はとても実機でのテストだけじゃ足りず、シミュレーターで代行できる内容のテストはシミュレーターで済ませればいいのだけど。問題はそのシミュレーターを使うテスターも、また膨大に必要ということだった。


 機密保持。

 人件費。


 多くのテスターを雇えば雇うほど、その全ての口に戸を立てるのは難しくなり、秘密が漏れやすくなる。費用もかさむ。予算は無限じゃない。


 これらの問題を解決するためしまさんが発案・実行したのが、シミュレーターを商業ゲームとして広めることだった。

 それならプレイヤーが遊ぶことが即、実機運用のシミュレーションになる。テスター=プレイヤーに報酬を支払うことなく、逆に使用料を取って膨大なデータを集められる。


 それこそが――



 ◆◇◆◇◆



「〝巧操兵こうそうへいアーカディアン〟の正体だ」



 しまさんの、ざん



「キミ達をだまして兵器開発の片棒をかつがせた。今更言えた義理じゃないけど、本当に、申し訳ない……!」



 しまさんは深々と頭を下げた。



「そう、ですか……」



 普通、怒って当然のところだとは思う。

 でも僕自身は、不思議と怒ってない。


 なんでかな。



「顔を上げてください。僕、怒ってません」

「アキラ……」



 しまさんは押し黙った……沈黙が気まずい。



「アキラ。博士はかせおっしゃったことも事実だが、それが全てではない。そもそもゲームがつまらなかったらプレイヤーからデータと資金を得るどころか、逆に赤字を出して計画はとっくにとんしている」


「あ、ああ。なるほど」


「面白かったから、わたし達は遊んだ」

「うん。そうだね」


博士はかせはその〝ゲームを面白くする仕事〟も人任せにしていない。そして実際に面白くできているのは、計画推進者としての魂胆こんたんとは別に、エンターテイナーとしての誠実せいじつな姿勢があったからだ」



 アーカディアンにはプレイヤーを楽しませる様々な機能やイベントがあった。

 それらにはシミュレーターとしての役割と関係があるとは思えない物も多い。


 しんにプレイヤーの楽しみを考えてくれていた。

 これまで遊んできた経験から、そう信じられる。



博士はかせの作ったシミュレーターを元にアーカディアンを開発・運営しているのは民間のゲーム会社だが、博士はかせはそのゲームの方の現場にも積極的に関わっている。だからアーカディアンのスタッフに名を連ねているんだ」


「ああ、それで」


「肩書きはプログラマーだが、プランナーのようにイベントの企画もして、常にプレイヤーを楽しませようとしていたし、またプレイヤーとしても全力で楽しんでおられたよ。多忙な身なのに、世界大会に出場したりな」


「はは、グラールらしいね」


「ああ、そうだ――だからこの人は、おまえが知っている通りのグラールだよ」



 そっか。


 うん……それは。

 すごく安心した。



佐甲斐さかいじゅん……そんな、ボクを庇う必要は――」

「勘違いしないでください。アキラのためです。アキラはあなたを嫌いたくないでしょうから」

「あッ、ハイ。ツンデレみたいな台詞セリフだけどただの本心だねソレ」



 あ、あはは……。



「でも、ありがとう、佐甲斐さかいじゅん。ただ……ボクにはまだ、アキラに謝らなければいけないことがあるんだ――」



 ?



「アキラ。これまでの成果で実機の性能は目標水準に達したんだ。それでボク等は実機の存在を公表する催しを企画した」



 おお……。


 世界中のほとんどの人がまだ知らない、実物の巨大ロボットが日の目を見る。大勢のロボットファンが歓喜の声を上げる。きっと最高の催しになったんだろうな……。


 でも、現実は――



「その余興として第1回世界大会・個人の部の優勝者を招いて、軽く実機に乗ってもらう予定だったんだ」


「え⁉」


「そして、キミは優勝候補だったから、キミが優勝した場合の備えもしてた」


「備え?」


「キミが実機に乗れると知ったら、一番乗りたがるのはオーラムだろうからと、キミの住む高天原タカマガハラコロニー内の基地にオーラムの試作機を用意しておいたんだ」



 ‼


 ガラスの向こうのオーラムを見やる。



「それが、この」


「ああ。ちなみに基地内の施設でこのオーラムを部品から組み立てたのは、キミのお父さんが率いる整備班だよ」


「父が⁉」



 父さんは軍人じゃないけど軍の仕事をする民間人、の整備士で――知ってたのか、VDの実機のこと。



【そのうち別のお祝いも用意してるから】



 そうか……アーカディアン世界大会・個人の部の決勝戦のあとで父さんが言ったお祝いって、実機に乗れることだったんだ。



「〝息子が乗るかも知れない機体の面倒が見れる〟って、嬉しそうに張り切っておられた。素敵な親御さんだね」


「はい……!」



 その時の父さんの顔が目に浮かぶ。そうして父さんが用意してくれた、大事なオーラムを。僕は……!



「「アキラ⁉」」



 鼻がツーンとする。涙がこらえられない。

 つば姉が側に寄って、肩を抱いてくれた。



「すみませんっ……父に、申し訳なくて」

「キミは悪くない。それもボクのせいだ」



 ……?



「キミが優勝した直後、公表式でキミが乗る時に備えてボクはこの機体がキミの会員証で動くように設定した。本当は直前まで、そうする必要なんてないのに」


「それで……」



 部外者のはずの僕のカードで動いたのか。

 そりゃそうだよ。理由がないはずがない。



「だからキミがこれに乗って……辛い想いをしたのは。何もかもボクのせいだ。ごめんよ……だからキミは、何も悪くないんだ」


しまさん……」


「アキラ。博士はかせ拙速せっそくにそうしてしまったのも、おまえの喜ぶ顔を見たくて気がはやったからだ」

「うん――わかってるよ、つば姉。ありがとうございます、しまさん」


「ありがとう……?」


しまさんが、僕は悪くないって言ってくれるの、嬉しいです。でもしまさんも、そんな風にご自分を責めることはないです」


「アキラ、でも、ボクは」



 なんで怒りがかなかったか、わかった。

 辛いこと、悲しいこと、色々あったけど。


 それでも。


 ヴェサロイドが作られない方がよかった。

 なんて結論には、僕にはできないからだ。



「あなたがVDを作ってくれたから、僕はずっと夢だった〝自分でロボットを動かす〟って最高の体験ができたんです」



 ロボットアニメのパイロットのように。ずっとそうしたいと願いながらも叶わなかった夢を、叶えてくれた。



「アーカディアンで初めてロボットを操縦した時の感動を、僕は憶えています。その上、本物のロボットを動かす感動さえもらいました。それで人を、あやめたのは。勝手に乗った僕の責任です」


「ッ」


「それに、アーカディアンを通じてクロスロードのみんなとも友達になれましたし。しまさんには、感謝しかありません」


「く、うう……!」



 顔をくしゃくしゃにして震えるしまさんの、ゴーグルの中に、いくつもの水玉が浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る