第10話 天の城 鳥の船

(アキラ好き! 大好き‼)



 ネットゲームで仲良くなったカグヤと現実リアルで会って。

 デートして、恋人になって、お別れの時間になって。



(アキラ、またね)

(またね、カグヤ)



 最後にもう1回キスをして――


 僕達はネットゲーム、巧操兵こうそうへいアーカディアンでの日々に帰る。

 これまで通りの日々の中、2人の関係だけこれまで通りじゃない。


 恋人同士。


 何がどう変わるかは想像もつかないけど。

 それはきっと、今まで以上に幸せな――



 ◆◇◆◇◆



「ん……」



 まぶたが開く――寝てた?

 じゃあ今のは……夢?



「ここは……」



 保健室みたいな部屋の、ベッドに寝てる。

 上体を、起こして――あれ、この服。


 体に密着する、薄い生地。

 レオタード型の宇宙服だ。


 ヘルメットはない……あ、あった。

 首の後ろから伸びたコードの先。

 てことは、室内に空気はあるんだな。



「目が覚めたか」



 声のした方を見ると青い……このデザインは……そう、国連軍の軍服を着たお姉さんが。口調は硬いけど声と表情は優しく、ほほんでる。綺麗な人……17歳くらい?



「は、はい」



 凛々しい顔立ち。切れ長の目。艶やかな長い黒髪を後ろで束ねてる。軍服の下に宇宙服を着て、左の腰には日本刀型の軍刀をベルトで吊ってる。

 和装じゃないけど〝おんなさむらい〟って雰囲気。服装は違うけど、氷威コーリィのアバターによく似てる――ていうか今の声は――



氷威コーリィ……?」


「ああ。本名は佐甲斐さかいつばめ。顔を合わせるのは初めてだな」

「はい……初めまして。アキラのプレイヤー、かどあきらです」


「ちなみに漢字はこう」

「あ、僕は、こうです」



 サカイさんのタブレットにタッチペンで、互いの名前を漢字で書く。

 サカイは佐甲斐って書くのか、これは見ないとわからなかった。



「あの、ところで、ここは」


アマがたちゅう戦艦せんかん3番艦〝愛鷹アシタカ〟」


「戦艦……」

「わたしの母艦だ」



 氷威コーリィが言ってた目的地。

 その医務室ってことか。



「えっと。僕は、どうして寝て……?」


G-LOCジーロック――ああっと、つまり。Gの負荷で気絶したんだ。気絶して操縦桿から手が離れ加速が止んで、それ以上Gがかからなかったので、体に異常はないとの軍医の診断だ」



 ……そう、だった。


 僕は辛い現実から目をそむけ、悪い夢だと言って逃げて。「どうせ夢だから」って、追いつかれないようギアを上げて。あっさりそのGに潰されたのか。



「そう、でしたか……それで、その。カグヤ、は……?」


「去ったよ。気絶したおまえをどちらが連れ帰るかでまた戦闘になって、わたしに救援が来ると撤退した」



 ……そうか。あの時カグヤが氷威コーリィを襲ったのは、僕を仲間の所に連れてくのに邪魔だったからか。



「ッ……!」

「アキラ?」


「やっぱり、夢じゃなかった。こっちが、現実なんですね」

「アキラ……」

「僕は、実物のオーラムに乗って。人を、殺してしまった……!」



 白馬の王子になったつもりだった。

 さらわれたカグヤのために戦って。


 でもカグヤは奴等の仲間で。

 僕が戦う必要どこにもなくて。


 僕が、人を殺した事実だけが、残った。



「アキラ」

「⁉」



 抱きしめられて。

 頭を撫でられた。



「わたしの胸でよければ、好きなだけ泣け」



 ……う。



「うぅっ、あ、ああああああーっ‼」


「よしよし…………大丈夫、おまえは罪に問われないよ。軍のVDに乗って戦ったことも。緊急避難――本来は違法でも処罰されない行為だ」


「っく、うう――」


「無実のおまえを責める心無い者からは、わたしが守る。わたしはおまえの味方だ」


「……!」



 この先ずっと、罪を背負って生きなくちゃならなくて。

 怖かった。心細かった。世界に見放された気がしてた。


 氷威コーリィの一言で、救われた。


 安心していたくて。

 離れるのが怖くて。


 僕は氷威コーリィの体にしがみついて。

 すがりついて、また、泣いた。



 ◆◇◆◇◆



 ……まずい。


 もう、涙も止まったし。服越しにも感じる温かさと柔らかさ――氷威コーリィのおっぱいに顔をうずめてると気づいたからには。いつまでもこうしてちゃ、セクハラだ。



「あの、ありがとうございました」

「うん」

「ええと。落ち着きましたので、そろそろ」

「そうか」



 ……腕を、離してくれない?


 がっちりロックされてて抜け出せない!

 身じろぎしたら余計に顔にふにふにが!



「んッ! くすぐったい」

「なら離してください⁉」


「ダメだ」

何故なぜ⁉」


「ずっと気になっていたのだが、なんだその他人行儀な口調は。おまえとわたしの仲だろうが。普段通りに話すまで離さんぞ」



 す、ねてる……!



「ふ、普段通りに。わかったよ、氷威コーリィ

「……現実リアルでその名は恥ずかしいな」

「わかったよ、佐甲斐さかいさん」

「下の名前で。あとさんづけは禁止」

「えー!」



 どう呼べばいいんだ。


 燕……年上の人を呼び捨ては無理。

 燕ちゃん、は慣れ慣れしすぎ……


 !



「〝つばめお姉ちゃん〟」


「コフッ――う、嬉しいが、破壊力が高すぎる。つけるなら〝ねえ〟だけにしてくれ」


つばめねえ……言いづらい……あ、じゃあ……〝つばねえ〟とか」


「それだ! うん……いい響きだ。今後、現実リアルではそう呼んでくれ」


「はい。つば姉」



 ――やっと解放された、けど。


 おっぱいの感触が、しっかりと。

 記憶に刻まれてしまった。

 ゴメン、カグヤ……!



 ……カグヤ。



 まさか、テロリストだったなんて。

 だけど、僕をさらおうとしたのは。


 僕を守るため。

 って言ってた。


 それじゃ、怒れないよ。コロニーを焼いた連中は許せないけど、その気持ちをカグヤには向ける気にならない。依怙えこひいだけど。好きなんだ、仕方ないよ。


 でも僕達……これからどうなるんだ?



【……毎日〝好き〟って言って……毎日キスする、とか?】



 アーカディアンの中でそうするって約束した。そうしたい。でも、あんなことがあったのに普通に付き合えるのか?


 ……待てよ。


 アーカディアン、次はいつできる? コロニー中が焼かれて、家が無事かわからない。仮に無事でも、いつ帰れるんだ。



「つば姉。僕、これからどうなるの?」

「このフネの目的地、千葉ちばコロニーで避難生活を送ることになる、と思う」



 千葉ちばコロニー。


 高天原タカマガハラのあるL点ラグランジュポイント、L1の北の宙域にある日本共和国領のコロニーだ。滅亡した地球上の国家、僕等日本人の故郷・日本国の47の地方自治体〝都道府県〟の地理を再現したコロニー群の1つ。



「このフネ千葉ちばに向かってるの? 高天原タカマガハラの防衛が仕事じゃ」


高天原タカマガハラは……占拠された」



 ‼



「あの、VDを持った謎の集団に。高天原タカマガハラに侵入した奴等のVDはインロンが4機。初めの1機はカグヤを回収し、あとの3機はコロニーを中から焼いた」


「うん……」


「わたしはそれを止めるため出撃したが、3機を同時に相手するのは無理だった。1機を取り逃がしてしまったんだ」



 そういうことだったのか。

 3機が2機に減ってたのは。



「その1機がコロニー内を縦断して端から宇宙要塞に侵入、制圧し。我々軍人含め、全ての高天原タカマガハラ住人に退去を命じた」



 宇宙要塞〝高天原タカマガハラ


 高天原タカマガハラコロニーの円筒形シリンダーの、宇宙港がある方とは逆の端にくっついてる、小惑星の中に作られた軍事基地。僕等の国、日本共和国も加盟する連邦国家〝太平洋連邦〟の宇宙での軍事のかなめ。それを――



「VD1機で?」


「艦艇は要塞内では発砲できん。VDで要塞に侵入されたら歩兵が迎撃するしかないが、それは無茶というものだ」


「歩兵しか? VDは?」


「こちらはわたしのグラディウスだけでな。VDはまだ正式採用されていない兵器なため、数が少ない」



 その1機が2機のインロンに足止めされてる間に、残り1機に要塞を落とされたと……それはそうと、



「太平洋連邦軍と国連軍の高天原タカマガハラ駐留部隊も、敵に言われた通り出ていくしかなかった。それで国連軍籍のこのかんも、市民を乗せた脱出艇団と一緒に避難先のコロニーへ航行中だ」


「じゃあ、もう……あの町に、帰れない?」


「いや! 今はこうして退いてはいるが、軍はいずれ反撃に出て高天原タカマガハラを奪還する。そうしたらおまえも帰れる。わたしも頑張るから、待っていてくれ」


「え、つば姉も戦うの⁉」


「無論だ。わたしは国連軍のVDパイロットだぞ」



 あ……そうか。どうもまだネットでの知人が現実で軍人をやってるのがピンと来てなかった……それにしても〝VDのパイロット〟って言葉が現実の役職として使われるの、凄い違和感。



「あの、聞いていい? VDのこと」


「ああ。ただわたしより詳しい人が、おまえが起きたら説明したいと言っていた。まずはその人の所に行こう」


「うん。ありがとう」



 カグヤのこと。これからのこと。心配事だらけだけど、今考えてもどうにもならない。なら、気になることを聞いていた方が気が紛れる。一度は逃げたけど、つば姉のおかげで少しだけ勇気出たから。


 知ろう。この、現実のことを。



 ◆◇◆◇◆



「はい、あなたの荷物よ」

「ありがとうございます」



 あのあとナースコールして来てもらった、気絶した僕の診察をしてくれたっていう金髪の軍医のお姉さんからビニール袋を受け取って、中身を確認。


 携帯電話スマホは、圏外か。連絡できないな。

 父さんと母さんにも……カグヤにも。


 学生服、下着、靴、財布。

 よし、ちゃんと全部ある。


 ……下着?

 ……あっ!


 宇宙服は素肌の上に着るんだ‼



「あの、先生。僕を宇宙服に着替えさせてくれたのって――」

「私よ。ええ、見ちゃいました。医者だから気にしないで」



 そ、そうだよね。

 相手はお医者様だ。



「医者でもないのに見ようとしたサカイじゅんには見せてないから、安心してね」


「ふっ、フローラ先生!」

「ほら、行った行った」

「~~~っ‼」



 真っ赤になったつば姉と医務室を出て、艦内の廊下を歩く――



「あれ。ねぇ、つば姉」


「ち、違うんだ! フローラ先生が急に脱がすから‼ 先生に〝見ちゃダメよ〟と叱られ、まるでわたしが見たがったみたいに――」


「そ、その話はいいから! そうじゃなくて、航行中の宇宙艦内なのに重力あるんだなって」



 体が浮くことなくベッドで寝てたし。

 今こうして床に足をつけて歩いてる。



「あ……ああ、ここは回転式重力ブロックだからな。コロニーと同じ遠心力による重力が働いているんだ」


「え。遠心力って回転半径が500mはないと人は目を回すよね。直径1kmの輪が入るほどこのフネ大きいの?」


「いや、全長520mだ……どう説明したものかな。このフネはアーカディアンでわたし達が乗っているヴァーチカルと同型なのだが。形、覚えているか?」


「う、うん」



 ヴァーチカルは3つの船体を繋げた三胴船トリマランだ。中央の船体の船尾から左右に橋が伸びてて、そこに左右の船体の船首が連結されてる。



  |

  |

 |―|

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 左右の船体は連結部を基点に全方向に向きを変えられる。そうして船体をと、その慣性で艦全体の向きが同じ方向に回転する。

 この現象を用いれば推進器スラスターを噴射しなくても宇宙空間で方向転換ができ、推進剤を節約できる。


 VDも、手足で同じことをしてる。

 宇宙機の稼働時間を伸ばす知恵だ。



「――だよね」


「ああ。それで、船体1つが全長の半分の約250mなのだが。後部船体内には500mの連絡路が警棒のように半分に縮まって格納されている。それを出して伸ばして前部船体と後部船体を繋ぐ橋を延長すると――」


「ああ!」


「そう。中央船体側の付け根を軸に橋を回転させると、後部船体には〝半径500mの回転による遠心力〟がかかる。左右の後部船体に続く2本の橋を一直線に伸ばし、一緒に回してバランスを保つ」



    |

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   |―|

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    ▼


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   |―|

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    ▼


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|   |   |

―――――――――



「なるほど、それなら直径1kmの輪がなくても半径500mの遠心重力居住区になるね。ここは左右どっちかの船体、ってことだよね」


「そうだ……ふふ、やっと笑ったな」

「え――今僕、笑ってた?」


「少しな」

「そっか」



 なら、それは。



「話、面白かったから。つば姉のおかげだよ。ありがとう、つば姉」


「~ッ! き、聞かれたことに、答えただけだ――あ、ほら。ここが今話した連絡路の端だ」



 廊下の奥に、エレベーターの扉。


 ボタンを押してしばらく待って、開いた扉に2人で入る。円筒形の乗り籠ケージが昇っていく。ここが船体を結ぶ橋の中なんだな。


 ――あ。


 重力が弱くなってきてるの、わかる。中心に近づくほど回転半径が小さく、遠心力も小さくなるから。体が浮かないように壁の手すりに掴まる。



 ピーン



 扉が開いて、無重力の中、壁を蹴って外に出る。つば姉に続いて、壁のガイドレールを動いてるリフトグリップに掴まって移動する。


 ――そして。



「着いたぞ。この中にいる人が、おまえの疑問に答えてくれる」

「うん」



 ゴクッ……



 VDが現実に存在する訳。

 ようやくその謎が明かされる。

 意を決して、僕は扉をくぐった。

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