第8話 獅子と竜の叫び

 駆け出した。


 工場の床に直立する20mの機械の巨人、金色のヴェサロイドVD〝オーラム〟——その首の高さに、僕が降りた高架通路キャットウォークはあった。通路を走り、角を曲がり、オーラムの顔の正面から背面へ回っていく。


 道の終点。目の前にオーラムの後頭部。

 間近だと存在感が凄い。CGじゃない。


 装甲に走る四角い線。出入口ハッチの境目だ。その中心の丸窓のような透明の部品クリアパーツは、後部カメラ兼カードリーダー。

 財布からアーカディアンの会員証カードを出して窓にかざす。ゲームならこれで――



 ガチャッ

 ウィーン



 ⁉


 ハッチが、下に開いて階段タラップになった。いや、正規の搭乗者パイロット整備士メカニックのIDじゃないと開かないハズじゃ⁉


 階段タラップを、昇る。


 僕は今、本物の巨大ロボットにふれて……中に入った! 何もない狭い部屋、エアロック。奥のもう1枚の扉を開く――目の前に座席の背面。


 小さな電灯に照らされた薄暗い空間。

 直径2mの球殻、VDのコクピットの中。


 アーカディアンのきょうたいと同じ。


 中心の座席に座り、シートベルトを締め。左の肘掛けアームレストにあるスリットに会員証を差す。球殻の内壁、全天周モニターの黒い画面に白い文字が浮かぶ。



[Welcome home! My master Akira!!]

(おかえりなさい。我があるじアキラ)


「ただい、ま」



 を認識してる。他の誰かの機体じゃない、いつもアーカディアンの中で乗ってるが実体を得た? まさか――



 パッ



 明るくなる。全天周モニターに外の景色が映し出された。オーラムの頭部が透けたような視界。倉庫の中、見下ろせばオーラムの胸の獅子のたてがみに、左右の肩装甲の上面。


 座席周辺。


 足置台フットレストの前、左右1対のペダル。

 肘掛けアームレストの前、左右1対の操縦桿。


 操縦桿の横向きのグリップ。内側の端にボタン類が集中してる。人指し指で引く引鉄トリガー、親指で操作するスライドパッドと2つのダイヤル。

 グリップの外側から下に伸びる棒がいったん内側に折れ曲がり、グリップの中央直下でまた下へ、肘掛けアームレストに前後に走る溝の中へ収まる。


 同じだ。


 ただ材質と、細部のデザインが違う。プラスチックじゃない、硬くてゴツくて本格的な……!



 ゴクッ



 両操縦桿を握り。

 試しに少し。

 前に押し出す――



 カシャッ

 カシャッ



 背中が操縦席に押される!

 視界が前にずれる!

 眼下で機体の脚が動いてる!


 オーラムが歩いた‼


 ゲームと同じ操縦方法だ。間違いない。これは実物のVDなんだ。僕は今、本物の巨大ロボットを操縦した‼



「はは……」



 ずっとこの瞬間を夢見てた。

 叶う訳ないとあきらめてた。



「あはははははははは‼」



 ああ……最高だ‼

 でも……最悪だ‼


 ロボットに乗れたのは嬉しい。でもカグヤをさらわれて、町を焼かれたこんな状況で、無邪気にただ喜んでられるほどイカれた神経してないんだよ‼



 ~♪



 携帯電話スマホ? ――母さん!



「もしもし」

あきら! 無事なの⁉』

「う……ん、大丈夫」

『母さんとお父さんは脱出艇に乗ったわ。あきらは?』

「僕も……乗れたよ」

『よかった! それじゃ、避難先でね』

「はい」



 ブツッ



 母さん……父さんも。

 ごめんなさい。

 でも、大丈夫だから。


 VDさえあれば、僕は、無敵だ‼



「カグヤ、今行くよ‼」



 ◆◇◆◇◆



 左操縦桿の出力調整ダイヤルで、出力段階を最大のギア4に。


 操縦桿のグリップは外側の付け根を支点に上下に30度ずつ回る。そのグリップを左右とも一度下に倒す――


かがむ/下降〟


 視界が、体がガクッと沈む。オーラムが膝を曲げた――次に両グリップを上へ起こす!


〝跳躍/上昇〟


 オーラムが立ち上がる――のと同時に!

 両ペダルを思いっ切り踏んでアクセル!



 ゴォッ‼

 バキッ‼



 オーラムが跳躍ジャンプしながら、足底そくてい推進器スラスター噴射の力も加えて真上に飛び上がる!

 亜鉛鍍鉄板トタンの屋根をブチ破り、オーラムが空高く舞い上――


 がッ⁉


 体が! 急に重く⁉

 つ、潰れる!

 あ、コレ、Gか‼


 ギア1に戻す‼


 体が軽くなる――ふぅ。機体と一緒に動く実機のコクピットは加速時にGがかかるんだ……ひ弱な僕には危険だ、Gが一番弱いギア1にしとこう。


 降下して、倉庫のそばに着地。


 ここは軍事用のおかの……何かの研究所? まばらな建物の他は、VDでも歩き回れる広い舗装地面。人は見えない。避難済みか、よし!


 インロン達は――!


 上空を飛び回る3つの機影。でもそれを囲む枠マーカー、敵機を示す赤色は2つで、1つはりょうの青?


 戦ってる‼


 赤枠はやっぱり竜型のVD、AVD-05〝インロン〟だ。3機いたのが2機に減ってる、1機は撃墜された? 青枠の――


 CVD-01〝グラディウス〟に。


 氷威コーリィ愛用の機種。まさか彼女が乗ってはいないだろうけど。飛行機状の銀翼形態でインロン2機と空中戦をしてる。

 コロニーを襲った敵VDを迎撃に出動したここの軍の機体か。このオーラムといい、敵味方ともVDを持ってる? いや、今はそれより――


 あの高度まで上がれるか?


 インロンや銀翼形態時の可変機は翼に風を受けて揚力で飛べるけど。それ以外のVDが重力下で飛ぶには推進器スラスターの噴射で無理矢理浮くしかない。それでどこまで上昇できるかは推力次第。ギア1じゃ心許ない。しかも今のオーラムは着脱式バックパックのメイン推進器スラスターがなくて余計に推力が低い。



「ん?」



 片方のインロンが落ちてくる!

 翼をやられて墜落してるのか!


 しめた!


 左右の操縦桿の武器選択ダイヤルを回し、左右の使用武器を極光剣ビームサーベルに。オーラムの両手がそれぞれ後ろ腰から掴んだつかから青白い光の刃が伸びる。


 二刀流!



「行くよ、オーラム‼」



 両操縦桿を前に押して前進、オーラムを走らせインロンの落下予測点へ向かう。敷地内に降りたインロンがたたらを踏んだ。着地姿勢が傾いてたから。操縦下手だな。


 右操縦桿の通信ダイヤルを回して――周辺域公開通信オープンチャンネルに!



「おい、そこのインロン!」



 片翼のない緑色の機械竜インロンがこっちに向き直り、止まった。翼以外に目立ったダメージは見えないから、動けないんじゃなくこっちの様子をうかがってるんだろう。



「さらった女の子をどこへやった‼」



 ……。



「答えろ‼」



 ……。



『その声。アキラ……か?』



 ‼ 低い男の声。聞き覚えはない。

 でも僕の声を知ってるってことは。



「ああ、アキラだ! アーカディアン世界王者の‼ アンタもアーカディアンのプレイヤーなんだな⁉」


『……そうだ』


「なら僕の腕は知ってるな? らしめられたくなけりゃ、さっさと質問に答えろ!」


『お前……軍人だったのか?』



 こいつ、質問に質問で!



「民間人だよ!」


『なら何故なぜそんな物に乗っている。無断なら犯罪だぞ』


「ぐっ……女の子さらってコロニー焼いた悪党に言われる筋合いはない‼」


『だからそいつで成敗すると? ヒーロー気取りが、ロボットアニメの見すぎだ!』



 ~~ッ!



「いいから僕の質問に答えろ‼ ぶっとばすぞ‼」


『無理だな。民間人では実機のGに耐えられまい。ゲームと同じと思うな』



 それはさっきわかった。



「確かにね。でも、ギア1で充分さ」


『なん、だと……⁉』


「それだけ腕に差があるって言ってんだよ、この下手クソ‼」


『お前ぇッ‼』



 なんて声――激昂した⁉



『それがお前の本性か! 普段いい子ぶって、腹の中じゃ俺たち格下ランカーを見下してたんだな‼』


「見下してなんかいない!」

『見下しただろうが、今!』


「悪党にまで気を遣う義理はない! 普段はちゃんと誰にでも対等に――」

『気を遣うってことは、本心じゃ見下してるってことだろうが‼』

「……悪いかよ! 下にいる奴を他にどう見ろってんだ‼」


おごったな! だが実機では俺の方が強い! そのテンになった鼻っ柱、へし折ってやる‼』

に乗ってんのはそっちだ、三下‼」



 ダッ‼



 インロンが後脚で地を蹴った!

 巨体を揺らして突進してくる!


 両操縦桿を一番前まで押し込んで!

 両ペダルを一番奥まで踏み込んで!


 こちらも全力で前に出る‼



 ヂヂィッ!



 オーラムが突いた左右の極光剣ビームサーベルと――

 インロンの左右の前脚の振動爪ヴァイブロクロウが――


 がっちり組み合う‼


 極光剣ビームサーベルの荷電粒子が振動爪ヴァイブロクロウの高周波発生装置に流れる大電流が生む磁場と反発して、剣と爪がふれずに押し合う……!



『うおおおお‼』

「うるさいな‼」



 お互い2つの脚で大地を踏みしめ、全身の力を込めて相手を押す。そしてじりじりと、こちらが前に出で、インロンが退いていく……!



何故なぜだ⁉ ギア1でこんな‼』



 インロンは突進のスピードを見るに出力段階ギア4だ。こっちはギア1。でも出力段階と言っても変わるのは推進器スラスターの出力と手足を動かす速さ。人工筋肉の力は変わらないんだよ! 純粋な力比べなら、重量級のオーラムが中量級のインロンに負けはしない‼



『ちぃっ!』



 急に抵抗が消えてオーラムが前に出る。それ以上の速さでインロンが遠ざかる。敵が力比べをやめて大きくバックした――


 だけじゃない。


 その体がくるっと旋回。それで長い尻尾がブンッとしなって襲ってくる。

 僕は右操縦桿のグリップを手前にひねり――オーラムの右脚を前に振り上げ、すぐ逆方向にひねって振り下ろす!



 ズダァンッ‼



『う⁉』



 オーラムの右足がインロンの尻尾を踏みつけ、地面に叩きつけた。旋回攻撃の勢いを殺されたインロンが硬直する、無防備な背中をこちらにさらして!



 グイッ‼



 右操縦桿のグリップを下に倒してオーラムの右脚を右へ振り上げる。両操縦桿を前に押してインロンへ飛びかかり、右操縦桿をより前に出して旋回!



 ドガシャァァァッ‼



『ぐはぁっ‼』



 オーラムの、横に伸ばした脚を機体を旋回させることで振り回す足技、回し蹴りがインロンの右脇腹に炸裂した。

 吹っ飛んで倒れるインロン。パイロットは中でシェイクされただろう。いくらコクピットが衝撃吸収装置ショックアブソーバーで護られてても、今のは効いたはずだ。



「格闘戦はこうやんだよ」



 操縦桿のグリップをひねる・外側を支点に上げ下げする操作は、それと同じ回転方向に機体の片脚を振る。

 ただ左右で特定の組み合わせをした時には別の動きになる。両方上げるか下げるかした時には上下移動。両方前後か左右同じ方向に蹴る操作をした時は機体全体を傾倒させる。


 インロンが起き上がった。

 機体にダメージはないか。



『くそッ、何故なぜ反応できる! 俺の方が速いのに‼』

「いいや、アンタは速くない。速いのはインロンだけだ」


『何……?』


「旋回を入力するタイミングが遅すぎる。やることが見え見えだから、こっちはゆっくり動いても間に合ったのさ」


『う、あ』


「アンタはインロンの動きについていけてない。ただでさえ癖が強い非人間型は人型より操縦が難しいってのに――」


『そんなことはわかってる‼』


「だったら乗るなよ! アンタみたいな下手クソにインロンは百年早い‼」


『……あ?』


「格の違い、わかったろ。大人おとなしく――」


『お前がぁ! ――って……んだぁ‼』



 なっ、インロンが跳び上がって逃げた! 推進器スラスター噴かして遠ざかる。くそっ、ギア1のオーラムじゃ追いつけない――


 ⁉


 反転して着地した!

 逃げたんじゃない!



『お前なんか‼』

「な⁉ おい‼」



 インロンがあごを上げて首を真っ直ぐ伸ばしてる! その口から弾道警告線が。ビーム吐息ブレスを吐く気か! しかもあの体勢は激光対空砲ビームファランクスじゃない、それと砲口を兼用してる極光無反動砲ビームデーヴィスガン――VDの武器で最大火力の超強力な荷電粒子砲‼


 ……マズイ。


 スペースコロニーは密閉空間なんだ、その中で射撃武器を撃てば必ず外殻がいかくのどこかに当たる。それが極光無反動砲ビームデーヴィスガンともなれば……!



「やめろッ! コロニーに穴が開く‼」

『それが嫌ならお前が受けるんだな‼』



 そういうことか!

 考えたなちくしょう


 けるか? 穴と言っても全体から見れば小さな穴だ、補修材ですぐに塞がれるし――いや、ダメだ。たとえ穴が開かなくてもそれはコイツ等がさっき町を焼いたのと一緒だ。ビームの着弾点に逃げ遅れた人がいる可能性がゼロでない以上、ける選択肢はない‼



『死ねぇぇぇ‼』

「くっそぉぉ‼」



 カッ‼



 視界が閃光に埋め尽くされる!

 インロンが吐息ブレスを吐いたんだ!



「ぐぅぅ!」



 でもまだ生きてる‼ 自動防御、オーラムの左手の極光剣ビームサーベル吐息ブレスを受け止めたから!



『馬鹿な‼』



 あまり知られてないけど、きょっこうほう極光剣ビームサーベルで防げるんだよ! 極光剣ビームサーベル同士で鍔競り合いが可能なのと同じ理屈で‼



「おおお‼」



 極光無反動砲ビームデーヴィスガンの強力な慣性に機体が押される、スッ転ばないよう両ペダルでブレーキかけて踏ん張る‼


 光が止んだ――今だ‼


 右操縦桿のボタン類パッドとトリガーでの使用武器はきょう激光対空砲ビームファランクスに変更済み。パッドをずらして細かく手動照準、オーラムの胸の獅子から伸びる弾道予告線をインロンの開いた口へ。コイツが二度と撃てないよう、その大砲を――



「潰すッ‼」

『ヒッ――‼』



 そして、僕は。

 引鉄ひきがねを、引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る