第7話 刻限

 やわらかい。

 あたたかい。


 これがカグヤの唇……

 カグヤとキスしてる……


 でも、どうして。


 カグヤの方から急にキスしてきた。それはいいけど、思いつめたような顔が心配になる。



「ぷはっ!」



 息が苦しくなったのか、唇を離してカグヤが一歩下がった。ぐったりと、頭を下げて――?



「ごめん!」

「え……?」


「アタシ、勝手に! 本当に、ごめん‼」

「いや、何を――」



 あ、そうか。普通、勝手にキスしちゃダメだよな。全然嫌じゃなかったからわからなかった。



「大丈夫。気にしなくていいよ。好き同士なら問題ないでしょ」


「……え?」

「……え?」



 サーッと、血の気が引いてく。


 もしかして僕、勘違いしてる……? 確かにまだ〝好き〟とは言われてないんだけど……でもキスしておいてその気はない、なんてこと、ないよね……?



「えっと……僕。カグヤのこと、好きだよ。でもカグヤの方は、違ったのか、な……」



「~ッ、ちがわない‼」



「わ⁉」



 ガバッ――と。突進してきたカグヤに抱きしめられて。僕も、カグヤの体を、きゅっと抱きしめ返した。



「アキラ好き! 大好きッ‼」

「カグヤ……! 僕もだよ‼」


「言っとくケド、恋してるって意味よ⁉」

「うん、うん! 僕も君に、恋してる‼」



 こうして、僕達は。

 恋人同士になった。



 ◆◇◆◇◆



 カグヤのリクエストで次の目的地が決まり、宇宙港がある方とは反対のコロニーの端に向かう観光バスに乗る。

 金持ち用のおか。官庁街を抜け、高級住宅街を走るバスの上で。


 今度は体を寄せ合って手を繋いで。

 これまでの気持ちを打ち明け合う。


 カグヤも僕と同じで、勝負してる内に意識しだして、いつの間にか、気づいたら好きになってた――って。



「アタシの気持ち、気づいてた?」

「うん……確信は、なかったけど」


「アタシは好かれてる自信なくて、不安だった。アンタ、もっと気のある素振り見せなさいよね」

「そ、そんなに伝わってなかった? ……ごめん。これからはちゃんと伝える」


「どうやって?」

「え。それは――」



 まだ考えてない……!



「そ~れ~は~?」


「……毎日〝好き〟って言って……毎日キスする、とか?」

「~ッ。で、でも。一緒にいられるの、今日だけなんだけど」

「うーん……そうだ、それなら。アバターでしようよ」

「アーカディアンの中でってこと?」

「うん、そう」



 アーカディアンのアバター同士は普通はそういう接触はできないけど、恋人同士ってシステムに登録すればできるようになる。

 アーカディアンでアバターを動かす仮想現実VR機能は視覚と聴覚にしか働きかけないから唇の感触は再現されないけど、それでも。



「そか……いいよ」

「うん……するね」


「キスって言えばさっきの……アタシのファーストキス……だから」


「よかった。僕も初めて」

「へ、へぇ……よかった」



 なんてはなししてんだ僕達……!


 今日カグヤと進展したらいいなとは思ってたけど、まさかこんなに早く恋人になれるなんて思ってなかったから、なんか夢みたいだ。


 ――円筒の端っこに到着。


 お椀の底に続く傾斜45度の橋の、人間用の斜行エレベーターに乗る。観覧車のゴンドラ大の乗り籠ケージを2人で貸し切り。横に並んで座って、シートベルトを締めて手を繋ぐ。


 向かう先はお椀の底――


 てことは、そこの高さ=コロニーの半径で。地上3km だから、富士山に迫る高さ。しかも山の斜面を登るのと違って橋はまるで宙に浮いてるみたいで、天国への階段でも昇ってるような気分になる。



「アキラ」

「うん?」


「スペースコロニーって……すごいね。こんな大きな物を人が作ったなんて」



 この位置、この高さからだと3つずつのおかかわが全部一度に見渡せる。



「そうだね……」



 見慣れた僕でも、こんなに感動してる。

 初めてのカグヤはきっと、もっと。



「アリガトね。アキラが色々教えてくれたから、その分だけ、知らずにいたより感動できてると思う」


「えへへ。よかった。どういたしまして」



 ◆◇◆◇◆



 乗り籠ケージの高度が上がるにつれ、体がどんどん軽くなっていく。遠心力は回転の中心から離れるほど強くなるので、遠心力を重力にするコロニーでは標高が高いほど重力が弱くなるから。


 頂上に到着。


 シートベルトを外すと無重力で体がふわっと浮き上がる。慣れてないカグヤの手を引いて降車。



「無重力、慣れてるんだ」

「少し。避難訓練でね」



 手すり状のガイドレール上を動く棒、リフトグリップに掴まって移動する。

 こっち側のコロニーの端の外には小惑星をくり抜いた軍の基地――宇宙要塞があるけど、そっちには行かず。


 目的地は手前の、ゼロG飛行場。


 ここがカグヤのご希望の場所。会計を済ませ奥に進むと、コロニーの空へ伸びる鉄の桟橋さんばしが林立してる。


 各桟橋に1機ずつ、全長4mの無重力用小型航空機ゼロGエアクラフト〝ドルフィン〟が係留されてる。重力下で浮く機能はない、無重力でかつ空気がある所でしか飛べない飛行機。


 ドルフィン=イルカの名の通り、胴体はずんぐりした紡錘形ぼうすいけい。主翼はなく、尾部の左右にある小さな円筒形ノズルがエンジン。ノズル内のファンが回転して前方から空気を取り込み、後方から噴射、その反作用で推進する。


 これで、ここから反対側のお椀の底まで、コロニーの回転軸周辺の重力がほぼゼロの空域を飛ぶアトラクション。


 パラシュートのバックパックを背負い、フルフェイスのヘルメットをかぶ――



「待って」

「えっ?」



 ちゅっ



「カグヤ……」

「えへへ……」



 びっくりした。


 カグヤと2回目のキス。

 か、顔がにやける……!


 ヘルメット装着。ドルフィンは1人乗りなのでカグヤとは別々の桟橋でコクピットに搭乗。1人分のスペースしかない。ヴェサロイドVDのと違って窮屈だ。


 キャノピーを閉めて。

 シートベルト締めて。


 両足を左右のペダルにかけて。


 右手は縦向き、左手は横向きの棒を握る。

 右が操縦桿で、左がスロットルレバーだ。


 コクピットを覆う透明のキャノピー越しの景色。前方に、機体に乗る前にはなかった発進信号スタートシグナルが。


 拡張現実ARの立体映像だ。


 実際はヘルメット内部に仕込まれた映写機が投影した映像が、ヘルメットのバイザーに反射して目に写ってるんだけど。それが現実の景色と重なることで、あたかも実在しない物がそこにあるように見える。



『アキラ!』



 ヘルメットから響く声。イヤホンとマイクも内蔵されてて、一緒に飛ぶカグヤとは常に通信が繋がってる。



『勝負よ!』

「いいよ!」



 言うと思った!


 ドルフィンを桟橋と繋ぐロックが外されて、丸4つの発進信号スタートシグナルが1つずつ灯ってく。



 ピピピ、ピーン!



『ゴー‼』

「発進‼」



 スロットルレバーを、グッと前へ!

 ファンの回る音と共に機体が前進!



『わぁ……!』



 僕達は、コロニーの空に飛び出した。前方に続く円筒形、その側面6方向のおかかわに囲まれた景色の中を飛んでいく。


 ドルフィンの操縦方法は普通の、戦闘機とか比較的小型の飛行機のものと同じ。


 右手の操縦桿は、倒したのと同じ方に機体を回転させる。

 ペダルは、左を踏めば ↺ 左回りに、右を踏めば ↻ 右回りに旋回させる。


 VDと違い、進行方向は前限定。


 左手の、前にスライドするスロットルレバーを押した分だけ速度が出る。


 VDとは操作感覚が大分違う。

 混同しないようにしないと。


 前方、やや左に浮かぶ光る輪っかの立体映像。あの中を潜るとポイントが溜って、ゴール後、総合成績に加算される。



 ぐぐ……



 左にカーブするため、左ペダルを踏む――だけでなく。



 グィッ



 操縦桿を左斜め後ろに倒して、機体を左に倒しながら機首を上げる。結果的にはそれも、さっきまで左だった方に進路を向けることになる。


 こういうのはVDと同じだ。

 使う操縦機器インターフェースが違うだけで。


 3種の回転運動を組み合わせて鋭く旋回、なるべく短い距離で輪っかを――通過!


 あ~、くそ!


 さっきまで横に並んでたカグヤ機が先に輪っかをぐぐって前に出た! 機体速度は同じだから、カグヤの方が短いコースで効率よく曲がったってことだ。



「カグヤ、上手いね!」

『アーカディアン始める前は、フライトシミュレーションよくやったから!』

「経験者かい!」



 僕は前に1回このドルフィンに乗ったことがある以外、飛行機の操縦したことないのに!


 次々に現れる輪っか。


 操縦桿をガチャガチャ倒してペダルをバタバタ踏み込んで、輪っかを潜り抜け、空を縫って飛ぶ。



『うわーい!』

「はははっ!」



 楽しい! のはいいけど!

 カグヤとの差が開いてく!



『アタシを捕まえてごらんなさーい♪』

「それ言ってみたかっただけだろ!」



 ――お。


 右上のおかの楼閣は官庁街。

 左上のおかのビルは繁華街。


 30kmのコロニーの、もう真ん中か。



「残り半分だね!」

『……あ』

「――カグヤ?」



 チカッ――ドンッ――



 前方、ゴール地点のお椀の底が光った?

 雲が――いや、煙だ! 宇宙港で爆発⁉


 煙の中から飛び出た何かがこっちに向かってくる。徐々に大きくなってくる。緑色の、大型肉食恐竜の背中に蝙蝠の翼をつけたようなその姿は――



「竜?」



 そんなモン現実にいるわけないし。

 ARの立体映像――なんだ余興イベントか。


 でも、どうしろと。ドルフィンにはCG用の武器もないから、戦えってことじゃないはずだし……って考えてる間に、竜はもうすぐそこに――



 ゴゥッ‼



「うわぁっ⁉」



 竜とすれ違った時、突風が起こった⁉

 竜が起こした――立体映像じゃない⁉


 カグヤは⁉ ――無事だ。


 ぶつかってない。よかっ――⁉

 竜がカグヤ機に並走してる‼

 Uターンしてきた⁉


 ……は?


 この竜、機械だ。

 しかも、この姿。


 AVD-05〝インロン〟


 アーカディアンの使用メカの1つ。非人間型――竜型のVD。ゲームの中で何度も見てきた。見間違えようがない。

 その獰猛どうもうな瞳が、ギラリと光っ――‼



「カグヤ‼」

『アキラ‼』



 インロンの前足がカグヤ機を掴んだ⁉

 くそ! 旋回してカグヤの元に――



 バキィッ‼



「うぎっ⁉」

『アキラ⁉』



 ゴッ!


 インロンが尻尾を振って攻撃してきた⁉ 体が風にあおられる。ドルフィンが粉々にされて、機外に投げ出された‼



『アキラ! アキ――』



 ガンッ!



 カグヤの声が途切れた⁉ 顔に風が当たる――ドルフィンの破片がぶつかって、ヘルメットが吹っ飛ばされたのか!


 カグヤが遠ざかる。連れ去られる。

 手を伸ばしてもなんにもならない。


 そんな……!



「カグヤァァァァァッ‼」



 ◆◇◆◇◆



 バチッ――バッ!



 自動でシートベルトが外れて、背中のパラシュートが開いた。無重力空域の外まで吹き飛ばされて落下してるのか!



「くそォォ‼」



 カグヤをさらったインロンが宇宙港の方に消えていく――な⁉ 入れ違いに宇宙港からまた何かが――あれもインロンだ! しかも今度は3機も‼



「……え?」



 周囲の3つのおかから煙が……いや、炎も! 燃えてる――焼かれてる‼


 3機のインロンがそれぞれ、口からおかに向けてレーザーを吐いてる! あれはこう激光対空砲ビームファランクス、ゲームのインロンと同じ武器!


 ……あれ。


 うそ……あの辺り、は。

 僕の……住んでる、町。


 商店街も……僕んちのマンションも……そんな、父さんと母さんは⁉ あ、あ、あ……



 ゴォッ‼



「うわぁぁぁ‼」



 1機のインロンが直ぐ上を通り過ぎた! レーザーを吐きながら! 危ない、あのレーザーがかすりでもしてたら消し炭になってた!


 どっと汗が吹き出す。


 死ぬ。さっきも死にかけた。インロンの尻尾がコクピットに直撃してたら、死んでた。


 い、嫌だ!


 早く逃げなきゃ!

 地上はまだなの⁉


 ~ッ‼


 両親の安否が不明だっていうのに。

 カグヤがさらわれたって時に。

 自分の心配なんてして。


 情けない‼


 なんてちっぽけで弱っちぃんだ僕は! アーカディアンの世界王者ったって生身じゃただのガキだ!

 僕にもロボットが、VDがあれば! あんな奴等軽くひねれるのに! カグヤを助けて取り戻すことだってできるのに!


 ……はは。


 バカだな、VDなんて現実に存在するわけな……え、あれ? い、いや。インロンの実物が現れて今こうなってて……え?



 ズボッ‼



「うわ⁉」



 いつの間にか地上に!

 建物の屋根に落ちた!


 薄い亜鉛鍍鉄板トタンの屋根が簡単に抜けて中に落ちる‼ ここ、倉庫だ、天井が高い! 落ちたら死――


 うぐっ!


 止まった――パラシュートが穴に引っかかったんだ。天井から宙に吊らされて、すぐ足下に高架通路キャットウォークが見える。パラシュートのバックパックを外して、通路に着地。


 運が良かった。


 でも、ここもいつ焼かれるか。早く安全な場所へ――?


 視界の端で金色がチラついて。

 そちらを見たら、大きな顔が。



「……嘘」



 兜をかぶった闘士のような頭部。

 その下の胸には、獅子の顔。

 全身が黄金に輝く、機械の巨人。


 EVD-01〝オーラム〟


 アーカディアンでの僕の1番の愛機が。現実の体を持って、静かに僕を見つめていた。

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