第6話 天上の逢瀬
西暦2037年8月15日。土曜日。
カグヤと会う約束の日がやってきた。早起きして家を出て、地下鉄に乗って――終点。円筒形をしたこのスペースコロニー
地上に出ると、坂状の橋の
コロニー円筒や両端は、お椀みたいな
お椀の底が、宇宙港。
橋は傾斜45度でそこまで続いてる。橋の斜面に引かれたレールに沿って昇降する大小の電車っぽい箱は、斜行エレベーターだ。
大きいのが貨物用。
小さいのが人間用。
地球から両親と一緒に旅行でやってきて、あのエレベーターを降りたカグヤは昨夜、この近くのホテルに泊まったとのことだ。
で、橋の
カグヤどこかな――っていうか、まだ
【初対面の時のお楽しみにしよ】
――ってカグヤが言うから、互いの写真を見せたりはしてない。
僕はリアルの自分に似せてアバター作ったけどそれは珍しい事例だから……全然違う可能性大。
まさか男じゃないよね。
普段聞いてる声は女の子の声だけど、ボイスチェンジャーってモンがこの世にはあるからなぁ。
……怖い。
僕は
僕はネット越しに、カグヤの内面を好きになったんだ。
外面を見て気持ちが醒めたりしたら、自己嫌悪になる。
何があってもカグヤを好きでいたい。
けど心なんて自分じゃどうにも――
あ。
広場にいる人と偶然目が合った。茶色の……上着とズボンが一体になってて肩紐で吊る……配管工的な服は……そうだ、オーバーオール。
下が半ズボンになってる茶色のオーバーオールを着て、茶色い帽子をかぶってて、帽子からのぞく髪は黒くて同い年ぐらいの――少年?
小柄……だけど、150cmの僕よりは少し大きいか。
155cmくらい? カグヤのアバターと同じ大きさ。
まさか、カグヤ?
いや、そんなの考えててもわかんない。
てか、カグヤに到着のメールしないと。
[アキラ:着いたよ]
[カグヤ:学生服?]
[アキラ:うん。カグヤは?]
[カグヤ:オーバーオールよ]
‼
バッ――と
オーバーオールの子と、また目が合う。
「男の子……?」
「女の子、よ‼」
その子が帽子を乱暴に脱ぐ。
長い黒髪がこぼれて広がった。
見慣れた髪型のポニーテール。
カグヤだ。
CGのカグヤのアバターの顔を生身の人間にしたらこうなるんじゃ、っていう顔。
それはつまりアバターと同じくらい、いやそれ以上に、すごく、かわいい。
「――ラ?」
「……」
「アキラ!」
「はっ⁉ あ――何?」
「も~、人違いかと思ったじゃない。たく、何をぼーっとしてんのよ⁉」
「ごめん。カグヤがあんまりかわいくて
「⁉ ななな、何ををを」
「だから、カグヤが――」
って!
やば、思わず本音が!
何を口走ってんだ僕!
「……だから、アタシが、何よ」
えぇー!
もっかい言えと?
「……カグヤがあんまりかわいくて、
「あ、会ったばっかの
「か、軽い男みたいに言うなよ! 思ったこと口にしただけだろ!」
「~~っ! 悪かったわよ……アタシも照れてるの! アンタも……ま、ヒドイ顔じゃなくてホッとしたわ」
オイ。
「てか、アバターそっくりねアンタ」
「カグヤこそ」
「でも、その格好はなんなの?」
「……やっぱダメ、かな」
「ダメじゃないけど」
僕が着てるのは中学の制服(夏服)だ。
白い半袖のYシャツ、紺色の長ズボン。
「服装どうするか昨日まで散々悩んで、これに決めたんだよ。持ってる私服はどれも、カジュアルすぎるかなと思ってさ。新しい服買うのは、素人判断で変な服になりそうで怖くて」
「ぷっ」
笑われた!
「ごめん。でも、カジュアルでよかったのよ? だけどまぁ、色々考えてくれたのは嬉しいわ」
~~っ。
顔が熱くなる。
すごく嬉しい。
「気にすることなかったんだ。カグヤもそんなだしね」
「これは、無重力区行ったらスカートめくれるから!」
あ、そっか。
無重力だと体が浮いて人に下から見られることも多いから、下からだとパンツ丸見えになるスカートは
「何考えてんのよエッチ!」
「ごめんなさい!」
顔に出てたか!
「……じゃ、カグヤ。移動しよ」
「うん、アキ――いや、待って」
「何?」
「自己紹介しましょ」
「え? ……あっ!」
リアルの名前、まだ知らない。
「初めまして。〝
「初めまして。〝
わ。2人ともアカウント名、本名そのまま使ってたのか。
同じタイミングで吹き出して。
カグヤと2人、笑い合った。
◆◇◆◇◆
カグヤこと
僕は地元民としてカグヤにこのスペースコロニー
広場の側のバス停から2人、2階建ての観光バスに乗る。席は2階にだけあって、屋根がなくて、これならコロニーの景色がよく見える。
カグヤと隣り合った席に座――って、これ近い!
カグヤに腕がふれないようにするの、難しいよ⁉
僕もカグヤも半袖だから肌が
バスが走り出す。
「アキラ、ここのこと教えてよ」
「任せて」
コロニーの、巨大な土管みたいな円筒形の中。内壁は両端を結ぶ6本の境界線で6等分されてて、陸地の〝
「3つの
「ん? あ、ホントだ」
「今、僕たちがいる
「庶民用」
「右上に見える
「プッ」
「左上に見える
「ぐ、軍事用」
ウケてる……やった♪
「軍事用のは
「ああ。あの森で訓練するんだ」
「うん――で、庶民用の
「マンション暮らしなんだ?」
「うん――てか、庶民用には一軒家ってないんだ。住宅は必ず集合住宅って法律で決まってるから。コロニーの限られた土地を有効活用するために」
「確かに周りマンションだらけね――あぁ、そっか。月と同じね」
月? ……あぁ。
アーカディアン世界の架空の月都市、メガロポリスでもそうだった。あそこは現実のルナコロニーをモデルにしてるから、現実でもそうなんだろう。
「で、金持ち用。真ん中が官庁街で、郊外が高級住宅地。こっちの住宅はみんな一軒家、それも豪邸ばっかり。上流階級の皆様方が限られた土地を贅沢に使ってるよ」
「あはははは!」
◆◇◆◇◆
――繁華街。
デパートの中をぶらぶら見て回ってから、上の階のレストラン街で
「おーいしー!」
「よかった」
「原料全部このコロニー産なのよね」
「うん。居住用円筒の外の、リング状に連なった小型円筒の農業プラントでね」
食料品は地球や他のコロニーから輸入もしてるけど、仮にそれが断たれても住人が餓死したりしないよう、コロニーの食料自給率は100%だ。
「でも景色はなんかフツーね。まぁ、地面が曲面なのは面白いケド。建物は地球のと変わんないみたい」
「だね。チューブトレインとか走らせてSFっぽくすればよかったのにって思うよ。でも、そこまで冒険はしなかったみたい」
「ま、暮らすこと考えたらフツーの方が落ち着くか」
「でも官庁街の方は結構冒険してるよ」
「マジ? じゃ、今度はそれ見たい!」
次の目的地が決まった。
◆◇◆◇◆
バスに乗って、長い橋を渡る。
橋の下は、一面が輝くガラス。
この
金持ち用の
「このガラスが、真上の
「うん」
「コレなんで
「大河っぽく見えるから、かな? 日本人にはピンとこないけど、大陸の人なら実感できそう」
「ああ~、
「ちなみに、水なら入ってるよ」
「え、そうなの⁉」
「うん。内壁側と外壁側、2枚のガラス板の間が水で満たされてる。その水が有害な宇宙線、ガンマ線と中性子線を
宇宙線、宇宙を飛ぶ色々な放射線は人体に有害で、それらを防ぐことは人が宇宙で暮らすには必須だ。
防ぎ方の1つはその放射線が透過できない物質を盾にすること。コロニーの外郭は
放射線の中でも特に遮蔽が難しいのがガンマ線と中性子線なんだけど――
「えーと。中性子線は水素原子で遮蔽できるから水素を含む水で防げるのはわかるけど。水ってガンマ線まで防げるモンなの?」
「防げるよ」
重い物質ほど効率よくガンマ線を遮蔽できるから、ガンマ線を防ぐための壁には普通、重たい金属が使われる。鉄とか。だから
でも
「水がガンマ線を遮蔽する効率は低いけど、それでも厚さが1.5mあれば100万分の1まで減らせる」
「1.5m。アキラ1人分ね」
「そだね。
「へぇ~」
カグヤは感心してくれたみたい。
声が楽しそうで、それが嬉しい。
「壁以外の宇宙線対策では、コロニーに仕込んだ電磁石で起こした磁場で、アルファ線・ベータ線・陽子線といった電荷のある粒子線を屈曲させて防いでる……だったかな」
「おぉ~。住んでるとはいえ、よくそんなことまでわかるわね。アンタそーゆう、頭良さげなキャラじゃないと思ってたケド」
「ひど! まぁ、実際良くないよ。今の言えたのは、予習したから」
「え……今日のために?」
「うん……コロニーを案内するんならこれくらい説明できないとと思って」
「アキラ……」
「あはは……」
「アリガト」
ッ!
目を細めて笑った顔が。
すごく……可愛かった。
◆◇◆◇◆
金持ち用の
高層ビルの林。
官庁街の建物はどれも神社みたいな建築様式をしている。でも神社で数十階建ての社殿なんてどこにもないから非現実感がすごい。
荘厳だ。
ここ、四方のビルの2階同士を繋ぐ歩道橋であり、広場でもあるペデストリアンデッキも、橋上は木の板で舗装されてて、手すりは朱色に塗られた
まるで神々が住む、天の楼閣。
「おおー! 日本神話の中みたい‼」
「〝
「ねぇ、この雰囲気! アタシに
「かぐや姫ってこと? 竹取物語は日本神話じゃないよ」
「いーの! 似たようなモンでしょ!」
「……そうだね。似合ってると思うよ」
「でっしょ~♪」
カグヤが広場の中央で、くるくる回って踊り出した。
テンション高ッ! 通行人の視線が痛い、けど……
キレイだ。
オーバーオール姿のカグヤに、アバターの〝カグヤ〟の姿が重なる。羽衣をまとう踊り子――天女みたいな姿は確かに、この天の都で舞うのに
「へぶっ!」
すっころんだ⁉
何もない所で⁉
「カグヤ⁉」
慌てて駆け寄って、手を差し出す。
「大丈夫?」
「へーき。アリガト」
僕の手を掴んだカグヤをぐいっと引き上げ――あ。
「……」
「……」
カグヤの顔が、すぐ目の前に。
それに僕たち、手を繋いでる。
カグヤの手。
初めてふれたカグヤの肌。
やばい……離したくない。
カグヤも振りほどこうとしない。
じっと僕を見て、何も言わない。
顔が赤くて。
緊張した様子で。
多分僕も同じ顔で。
「カグヤ……」
「アキラッ!」
ッ⁉
急にカグヤが動いた――
と思った次の瞬間には――
僕とカグヤの唇が、ふれ合っていた。
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