第1章

第2節 ゲームからリアル

第5話 初めの一歩

「「あきら、今日も優勝おめでとう‼」」

「ありがとう! 父さん、母さん‼」



 第1回巧操兵こうそうへいアーカディアン世界大会・集団の部の決勝戦を終えてアーカディアン専門店から帰宅した僕に、両親は昨日に引き続き夕飯にお祝いのごちそうを用意してくれてた。


 骨つきフライドチキンを1本キレイに食べ切って、今度はお赤飯を――



「ところで。ねぇ、あきら?」

「ん、何? 母さん」



「銀メダルのと、銅メダルの。どっちが本命?」



「むぐっ⁉」



 ……忘れてた! 個人の部の表彰式!

 中継動画を2人にも見られてたんだ!


 銀メダルのは、カグヤ。

 銅メダルのは、氷威コーリィ



「ああ、あのたち。なんかあきらを取り合ってるみたいだったけど」



 父さん……やっぱ、そう見えますよね。


 2人の普段の素振りからは、僕に気があるように思える。どちらからも告白はされてないから、本当にそうなのかはわからないけど。



「でしょでしょ! それであきらの方の気持ちはどうなのかな~って。で、あきら、どっち? もしや両方? それとも他に好きなが⁉」


「それ、は」

「それは⁉」



 2人とも大好きだけど……

 それが恋愛感情なのは……



「……銀、の方」



「え、ほ、ホントに⁉ キャー! そうなんだ‼ あきらに好きなが! あきらももうそんな年頃か~」

「ママ……それくらいにしてあげて」



 ~っ!


 勢いに押されて要らんこと言ったぁ!

 恥ずかしくてこの場にいられない。

 早く食べ終えて部屋に戻――



「うぐっ⁉」



 赤飯が、喉につかえた。



 ◆◇◆◇◆



 ぼふっ


 食後、自室に戻ってベッドにダイブ。

 母さんてば……あー、まだ顔が熱い。


 カグヤ……


 個人・集団と決勝戦で負けて、今頃泣いたりしてないかな。


 胸が痛い。


 負かしたのは自分だろって話だけど、泣かせないためにわざと負けるのはアーカディアンプレイヤーとしてありえない。それは神聖な試合を、VDヴェサロイド冒涜ぼうとくする行為だ。

 それに僕とカグヤの〝勝負〟は2人を結びつける絆だから、それに嘘をつく方が傷つける……最悪、絶交されかねない。


 1001戦501勝500敗


 よくもこれだけ勝負したし、よくもそれを数えたもんだ。


 アーカディアンを始めた頃、初めてアイツと対戦して、僕が勝った。

 次の対戦時、カグヤが僕のこと覚えてて、その時はカグヤが勝った。



【これで1勝1敗ね!】



 カグヤのその些細な一言が始まりだった。


 なんとなく、その後もアイツとの勝敗数は数える習慣になって。

 実力が拮抗きっこうして、ずっとどちらかが大きく勝ち越すことはなくて。


 だから「またろう」ってなって、これまでいいライバルでいられた。僕もカグヤも、他のプレイヤーともたくさん対戦してるのに勝敗数を覚えてる相手はお互いだけなのは、そーゆー経緯だから。


 それが僕達を特別な関係にしてる……ような、気がする。


 少なくとも気は合ってると思うんだよね。

 合ってなかったらとっくに仲違なかたがいしてる。


 楽なんだ、アイツと話すの。


 アイツ口は悪いけど、さっぱりしてるから。遠慮なく言い返して口ゲンガになっても全然険悪にならない。


 それが……僕には救いなんだ。


 一度、失言で他の大勢のプレイヤーとトラブルになってから僕は、少しでも他人を傷つけかねない発言はなるべくしないようにしてる。それでトラブルは減ったけど、言いたいことが言えないのもそれはそれでストレスで……


 そんな中、本当に気兼ねなく話せるのはカグヤだけ。

 今の関係はとても心地良くて、失いたくない宝物だ。


 だから告白できない……


 告白して振られたら、気まずくなって。

 今まで通りじゃいられないだろうから。


 典型的な、臆病な考えだよなぁ。



 告白、しなきゃ。



 カグヤと恋人になりたいから。

 それはもう決定として……


 急に「好き」って言っていいのかな。


 まだお互い、現実リアルの姿も知らないのに。でもそれ聞いたら、もう気があるって告白したようなモンなんじゃ。


 あ~っ、もう!


 段取りなんてわっかんないよ!

 恋なんてこれが初めてなんだ!



 ピーッ



 あれ。携帯電話スマホにメール。僕に――っていうか、僕のアーカディアンのアカウント〝アキラ〟に。



[カグヤ:話あるの。ホーム来て]



 !


 心臓、止まるかと思った。

 てか、本文これだけかよ。


 人を呼び出すならもっとこう――まぁ、行くけどさ。

 カグヤに会えるなら……って、惚れた弱みだよなぁ。



[アキラ:今行くよ]

[カグヤ:アリガト]



 ……改まって話ってなんだろうな。


 やっぱ負けて泣いてるとか?

 それとも……それとも……



 ◆◇◆◇◆



 ベッドから机に移動、VRゴーグルをかぶって仮想現実VRのアーカディアン世界にログインする。ギルド・クロスロードの拠点ホーム、つむじ荘の自室に出現。棚に飾った、これまで稼いだゲーム内通貨で買った色んなロボットのプラモデル達が出迎えてくれる。



 ~♪



 ん、個人間音声通信プライベートチャンネルの着信だ。



「カグヤ」

『アキラ』



 これはアバターが使う電話みたいなもん。リアルの電話番号はお互い知らないけど、アーカディアン内でならこうして話せる。でもまぁ、改まった話なら顔合わせてするだろうから。



「どこに行けばいい?」


『どこも行かなくていい。このまま個人間音声通信プライベートチャンネルで話すから』


「いいけど。なんで?」


『それは……部屋から出たら誰かに見られかねないから。アンタと話してること自体、誰にも知られたくないの』



 そこまで大事な話って。

 む、胸がバクバクする。



「わかった。それで、どんな話?」

『う、うん。そっ、その、ね……』



 ……。


 なんか深呼吸してる音が聞こえる。

 待ってる間、窓を開けて外を見る。


 個人通話は他の人には聞こえないし口も動かないから、誰かに見られても僕が誰かと話してるとは思われない。

 2階の部屋の窓からここ、月の地中都市ジオフロントメガロポリスの天井のドームに映る星を見――


 あ。


 中庭の向こうの棟の2階で、カグヤの部屋の窓が開いた。中からカグヤが顔を出す。アバターだからわかりづらいけど目が合った――ような、気がした。



『……あの』

「……うん」



『アンタ……住所、どこ?』



 ッ!


 踏み込んで、きた?

 カグヤの方、から?


 ネット上だけでの付き合いの人間に現実リアルでも交流したいって意志表示。大勢でオフ会するためとかならともかく1対1で、しかも男女で……これはもう、告白されたも――


 いや!


 そうと決めつけるのはまだ早い!

 思い込みはストーカーの始まり!



『あ。嫌なら別に――』

「あ。いや、いいよ!」



 いけね、ぼーっとしてた!



高天原タカマガハラだよ」

『えっ……?』

「知らないかな? L1のスペースコロニーで――」

『知ってるわよ! 日本共和国の首都でしょ!』

「それで、カグヤは?」


『へ?』


「……まさか、僕にだけ言わせる気?」

『あ、ううん⁉ アタシは……地球よ』


自凝島オノゴロジマ? 残ったんだ」

『え、ええ。そうなのよ』



自凝島オノゴロジマ


 太平洋上・赤道直下の小さな島国、ナウル共和国の領海に作られた巨大人工浮島メガフロート



「懐かしいな。僕も引っ越す前はあそこ住んでたよ。どっかですれ違ったこと――てか、会ったことあったかも知れないね」


『あ~、そう、かもね』



 ◇◇◇◇◇



 西暦2027年――10年前、僕が4歳の時。


 地球の北半球、ユーラシア大陸の東方にある〝日本列島〟にあった僕の祖国〝日本国〟は、隣国の亜細亜連邦に滅ぼされた。


 第3次世界大戦末期の出来事だ。


 滅びる直前に、御門家ぼくんちを含む一部の日本人は国外に逃げて、その多くは自凝島オノゴロジマに移住した。

 ナウルと提携して日本国が作った自凝島オノゴロジマは、当時日本国が作ってた軌道エレベーター〝天御柱アメノミハシラ〟の基部ステーションでもあった。


 軌道エレベーター。


 地球の赤道上、高度3万6000kmに浮かぶ静止軌道ステーションから海抜0mまでケーブルを垂らした昇降機エレベーター

 人や物をロケットで打ち上げたり、宇宙船を大気圏に再突入させるより、遥かに安全かつ低コストに地球~宇宙間の運搬が行える。


 引っ越した当時はまだ天御柱アメノミハシラは未完成で、完成はそれから2年後。僕が6歳だった西暦2029年。空からケーブル――巨大な柱が降りてくる様は、圧巻だったな。


 日本国滅亡後その建設事業を引き継いだのは、四大国の1つでナウル共和国が所属する太平洋連邦だった。


 四大国。



太平洋連邦たいへいようれんぽう

亜細亜あじあ連邦れんぽう

おうしゅう連邦れんぽう

べいしゅう連邦れんぽう



 第3次世界大戦を通して誕生した主権国家同士の連合による4つの超大国。


 その各国が1基ずつ軌道エレベーターを作って、それらは4基とも西暦2029年に完成——そして、宇宙時代が到来した。

 軌道エレベーターで多くの人員が宇宙に上がって、月への移住とスペースコロニーの建造が始まった。

 四大国は地球周辺宙域でスペースコロニーを設置可能な5つの重力均衡点L点ラグランジュポイントを1つずつ分け合って、そこに自国のコロニーを建造した。


 そして西暦2033年。


 僕が自凝島オノゴロジマに移住してから6年後、軌道エレベーター完成から4年後。言い換えれば今から4年前、僕が10歳だった頃、5つのL点でスペースコロニーが完成した。

 太平洋連邦のスペースコロニー群は月近傍、月と地球を結ぶ線上の地球側にあるL点、L1に作られた。正確にはL1と、その南北に1つずつある環状の重力均衡宙域〝ハロー軌道〟の中に。


 その内L1に作られた高天原タカマガハラと、北ハロー軌道のコロニー群は、太平洋連邦の中の日本人の物。


 僕等自凝島オノゴロジマにいた日本人達はそこに移住して、それらスペースコロニーだけを国土とする新国家、太平洋連邦の一構成国である〝日本共和国〟を建国した。

 ただ自凝島オノゴロジマにいた全員ってわけじゃなく、残った人もいる。カグヤは残留組そっちか。


 ……遠いな。


 同じ国の中とはいえ、簡単には会えないか。



 ◇◇◇◇◇



「僕は亜細亜連邦軍の上陸前に列島を出たから怖い想いはしなかったけど、カグヤは大丈夫だった?」


『じょ、上陸されたあとじゃ自凝島オノゴロジマには行けないでしょ』


「ああ、そっか」



 ……。



「えっと……他には何かある?」

『あ、ある! 本題これから!』


「うん……それは?」


『――あ、アタシね! 高天原タカマガハラに、観光に行くのよ。それで今週の土曜、8月15日。よかったら――』



 ……!



『リアルで、会わない?』



◆◇◆◇◆



 西暦2037年。8月13日。木曜日。


 第1回機巧操兵アーカディアン世界大会・集団の部の表彰式。


 1位の僕達――――チーム・ヴァーチカルの5人が金メダルを授与されて。

 2位のカグヤ達――チーム・ホリゾンタルの5人が銀メダルを授与される。


 3位決定戦に勝利して銅メダルを授与されたのはヴァーチカルが準決勝で戦った、機動戦が得意なチーム・スクランブル。


 表彰式の後は閉会式が行われ、第1回世界大会は幕を閉じた。


 僕達の、熱い夏が……終わった。


 式のあと、またクロスロードの10人でつむじ荘の中庭に集まってパーティ。獲得したメダルを首にかけて一列に並んで記念撮影。

 デジタルの中だけだとデータ消失が怖いから、あとで現物の写真にプリントアウトしとこう。


 撮影後、自然と数グループに分かれてとりとめない雑談が始まった。



「よっ、竜月タツキ。昨日は大活躍だったな!」

「そんな……コソコソ奇襲しただけだよ」



 蔵人クロード竜月タツキに――



「待て竜月タツキ! 自分の手柄を過小評価するもんじゃないぜ‼」


「そうよ、それじゃバックパックやられたアタシと、ブッ刺されて撃墜されたゼラトの立場がないわ‼」



 ゼラト師匠とカグヤが加わる。



「――だってさ。2人の名誉のためにも胸張れよ」

「……うん! ありがとう、みんな‼」



 僕も――



「よかったね、竜月タツキ

「ありがとう、アキラ」


「こちらこそ、ありがとう。竜月のサポートなかったら勝ててなかった――ね、僕の言った通りだったでしょ」


「うん……ちょっとは、自信ついたかな。でもやっぱ、個人技でも強くなりたい」


「大丈夫、すぐ上達するよ」


「うん。そのためにも別の機種、試してみるね」


「試合前言ってたヤツだね。がんばって!」


「うん! がんばるよ‼」



 ――あ。


 カグヤ、今度は悠仁ユージンの方に行っちゃったな。何気に、今日はまだカグヤと話してない。

 避けられてる? だとしたら、カグヤも照れてるのかな……僕の方でも何話せばいいかわかんないし。


 昨日のお誘いは当然、OKした。


 明後日にはリアルで生身のカグヤと会う。

 今から緊張で、頭が、どうにかなりそう。



「どうした? ソワソワして」

氷威コーリィ⁉ だ、大丈夫だよ?」

「そうか? ならいいのだが」



 ……気まずい。


 氷威コーリィが僕のこと好きでいてくれてるなら、僕がカグヤと進展したら悲しむよね……。

 氷威コーリィのこと、友達として、師匠としては大好きだからつらいけど、こればかりはどうしようもない――


 って!


 本当に氷威コーリィが僕を好きかはわかんないんだから、こんな心配自体とんだ自意識過剰だっての!


 氷威コーリィ……

 失礼なこと考えて、ごめんなさい……



 ◆◇◆◇◆



 そして――8月15日。土曜日。

 現実リアルでカグヤと会う日が、やってきた。

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