第3話 ロボットに乗り発進

 世界大会・集団の部、決勝戦の待ち時間。


 ヴェサロイドVD搭載機能つき宇宙戦艦〝ヴァーチカル〟――僕等チーム・ヴァーチカルの母艦の、パイロット控え室。

 僕・氷威コーリィ・ヨモギ・竜月タツキ。チーム・ヴァーチカルのVD隊は無重力の室内で、床にあるフックに爪先を差し込み、体を支え立ってる。


 決勝戦の舞台ステージは宇宙空間で、この艦はもうその宙域エリアの端にいる。なので宇宙気分を出すため、アバターもそれらしく着替えてる。体にフィットするレオタード型で、耐Gスーツ機能もついた宇宙服のパイロットスーツ。頭には金魚鉢を引っくり返したような透明の球殻状ヘルメットをかぶってる。


 あと1人のチームメンバーの悠仁ユージンはVDではなくこの艦を操作する役の艦長なので、艦中枢のCIC——戦闘指揮所コンバットインフォメーションセンターにいる。


 ……この時間、好きだ。


 何せパイロット控え室はVD格納庫ハンガーの隣で、搭乗中は全容を見れない自機の姿を窓越しに見れる。窓の向こう、少し下で20mの機械仕掛けの巨人4機が直立して一列に並んで、僕等に横顔を見せている。



僕の機体〝オーラム〟

 金の重量級・汎用型VD


竜月タツキ機〝エメロード〟

 緑の中量級・標準型VD


ヨモギ機〝サフィール〟

 青い重量級・殲滅せんめつ型VD


氷威コーリィ機〝グラディウス〟

 黒い軽量級・強襲型可変VD



 僕のオーラムは胸部装甲が、獅子ライオンの頭をかたどってる。ヒロイックなこの姿、かっこいい……!



「僕のオーラム、いつ見ても最ッ高だね!」

「アタイのサフィールは火力が最高だぜ⁉」

「最速は、わたしのグラディウスだ」


「……」


竜月タツキ?」

「何? アキラ」

「エメロード、めないの?」

「うん。めるとこないし。いかにもやられ役な量産機で」

「ちょっ――」



 VDはみんな量産機って設定で、試作機とかワンオフ機ってないんだけど。竜月タツキが言ってる〝量産機〟ってのはロボットアニメでやられ役が乗る雑魚ざこメカって意味だ。



「ほ、ほら。扱いやすさとか」

「うん。だから選んだんだ」



 20あるVDの機種の間に性能差はない。建前上は。

 それは〝扱いやすさ〟も性能だと見なしてるから。


 頑丈だと、動きが遅い。

 素早いと、制御が難しい。


 どんなメリットも扱いやすさと二者択一トレードオフ。でも〝扱いづらさ〟は乗りこなす腕があれば苦にならなくなる――となると、扱いやすい機種は上級者にはメリットが薄い。


 エメロードは正にソレ。


 可もなく不可もない、当たり障りのない設計。主武装の激光短銃ビームハンドガンは当てやすく、威力が低い。初心者向けだけど、熟練者にもその堅実さを好んで愛用する人はいる。竜月タツキもそうなんだと思ってたんだけど――



「エメロード、嫌いなの? 今から別のに変える?」


「嫌いじゃないよ。一番動かしやすいし。それに僕の腕じゃ、少し動きがぎこちなくなるだけでもカグヤ達が相手じゃ瞬殺されちゃうから、変えないよ」



 ……否定はできない。クロスロードは10人中7人が世界屈指の〝上位ランカー〟だ。


 万能選手オールラウンダーの、僕・カグヤ。

 格闘特化の、氷威コーリィ・ゼラト。

 射撃特化の、ヨモギ・悠仁ユージン・エイラ。


 残り3人、竜月タツキ蔵人クロード・グラールは……並。上位ランカーとの差は、大きい。面と向かっては言いづらい話題で、氷威コーリィもヨモギも口をつぐんでる。


 空気が気まずい……



「――そうだ! 変えるなら、ぼくが母艦担当になればいいよ! 悠仁ユージンはVDで出てさ! その方が勝つ見込み高いよ!」



 母艦は、後方に控えてほとんど戦わない。

 艦長は、操縦技術を活かす機会が少ない。


 弱い自分が引っ込んで、強い悠仁ユージンが戦った方が……なんて考えてるのかな。でも――



『私は代わりませんよ』



 悠仁ユージンだ。壁の通信用モニターにCICにいるその姿が映し出される。



『艦長だって楽な仕事ではありません。竜月タツキはその練習をしてないでしょう』


「それは。でも……」


『それに、君の仕事も楽ではないんです』


「え?」


『君はこの大会中、3人と連携を取って戦ってきました。その役を私が急にやっても君ほど上手うまくはできません』


悠仁ユージンなら連携しなくても充分強いじゃない」


『向こうも連携してくるのですから、じんのゴリ押しでは勝てません』


「そうかな……」



「ねぇ、竜月タツキ



「アキラ?」

竜月タツキよりグラールの方が強いよね」

「う、うん……1対1じゃ勝てない」



 向こうは蔵人クロードが艦長役で、他4人がVD隊。



「向こうの4人で上位ランカーじゃないのは、グラール。上位ランカー同士は互角としてさ。個人技の総和で勝敗が決まるなら――僕等の負けってことになるね」


「そうだよ。だから――」



「でも僕等、全員が上位ランカーのチームにも勝ったよね」



「え⁉ そう、だったっけ……?」


「うん。それは竜月タツキのサポートを加えたチームの総合力が相手を上回ったからだ。チームを活かす力でなら竜月タツキは上位ランカーにだって負けてないんだよ」


「アキラ……」


「僕はその、竜月タツキの力を加えたこのチームが最強だって証明したいんだよ。これまで通りのポジションで戦って、みんなで金メダリストになろう?」


「ぼくが、メダリスト……?」


「たりめーだろ、タツキん? 集団の部では入賞チームの選手全員にメダルが贈られんだから。負けても銀だから、もーすでにタツキんがメダリストなのは確定してんだぞ」


「そのメダルはおまえがチームを支える力という実力で勝ち取った物だ。わたし達、上位ランカーのおこぼれなどではない」


「ヨモギ、氷威コーリィ……!」


『そして、ここまで来たんですから金を獲りましょう。君の力が、チームの力が、正しく発揮される戦い方で』


悠仁ユージン……うん‼」



 ……よかった。


 やっぱいいな、このチーム。

 あったかくて、大好きだ。



 ◆◇◆◇◆



『選手の方々は出撃準備をしてください』

『時間です。ヴェサロイド隊、搭乗!』


「(×4)了解‼」



 僕達パイロット4人は格納庫の方の壁に向かい、窓の下に4つ並んでるダストシュートみたいな四角い穴にそれぞれ飛び込む。中は狭いトンネル。格納庫の各自のVDの後頭部ハッチに繋がるダクトだ。


 格納庫はもうで真空なので、そこに出るにはまずエアロック室に入って室内の空気を艦内に吸い出して真空にしてから格納庫側の扉を開けないと、艦内の空気が抜けちゃう。でも艦内から機内に直通するこのダクトを通れば、その手間を省ける。


 この〝VDが実在したら〟って前提に立ったリアリティがいい。


 現実ほとんどそのままで、ただし巨大ロボットはあって。

 アーカディアン世界って、僕の理想そのものなんだよな。


 ――突き当り。


 左手に、口を開けたVDの後頭部の装甲ハッチ。その奥にVD機内のエアロック。エアロックの奥にコクピットのハッチが見える。


 エアロックに入る――とアバターが停止。

 目の前にメッセージウィンドウが浮かぶ。



きょうたいに移動してください]



 VRゴーグルを外す。巧操兵こうそうへいアーカディアン専門店の個室。席を立ち、部屋の奥の直径2mの球体、アーカディアンの筐体へ。


 ドアを開け中に入ると、目の前に操縦席の背面。


 前に回って座席に座り、シートベルトを締める。左の肘掛けアームレストのカードリーダーに会員証をセット。球殻の内壁一面の全天周モニターがともり、まだ真っ黒な画面の正面に文字列が並ぶ。



[Welcom home! My master Akira!!]

「ただいま、オーラム」



 全天周モニターに周りの景色が映し出される。


 格納庫、足下にはオーラムの胸や肩の金色のパーツの上面。頭部を外した機体の首の上に操縦席を置いて座ってる感じ。機体頭部の各方位にあるカメラの映像を3D合成したもの。

 視界は広いし、何より〝ロボットの中にいる〟って実感できるのが最高!



『アキラ』

竜月タツキ?」



 個人間秘匿通信プライベートチャンネルだ。



『さっきは、ありがとうね』

「え、あぁ、いや。そんな」


『アキラはすごいよね。上位ランカーでも、世界王者になっても、全然偉ぶらなくて』


「だって別に偉くないし。ゲームが上手くてもさ」

『アキラのそういうとこにね、いつも救われてるんだ』

「そ、そう? 特に何もしてないけど、ならよかった」



 内心冷や汗。


 あれは竜月タツキがアーカディアン始める前か。僕が他のプレイヤーに偉そうにしたって言われて騒動になって以来、言動には気をつけてる。竜月タツキの目に僕がそう映ってるなら、成果が出てるってことなのかな。



『あのね、ぼく、エメロード以外だと中々勝てなくて。それでエメロードばかり乗ってるけど、本当は他に乗ってみたい機種があるんだ』


「乗りたい機種に乗るのが一番だと思うよ。慣れない内は勝率下がるのは仕方ないさ。僕もオーラムに乗り始めた頃そうだった」



 当時はまだ低ランクで腕も大したことなかったし。

 オーラムの〝重量級〟と〝汎用型〟って、相性悪くて。



「ボロ負けしてた」

『嘘、アキラが⁉』


「でもオーラムが好きだから負けても乗り続けて、乗りこなせるようになる内に勝率上がってった」


『じゃあ、乗りたい機種でがんばれば、ぼくもアキラみたくなれるかな……』


「なれるよ、きっと」


『なら次回から乗ってみる!』

「その意気! がんばって!」



『これより――』



竜月タツキ


『うん。三人をしっかりサポートする。みんなと、ぼくの全力で、勝とう!』


「ああ!」



『第1回、機巧操兵アーカディアン世界大会・集団の部、優勝決定戦を開始したします‼』



 ガコンッ


 オーラムに接続されてたダクトや固定具が外れる。

 オーラムが足を乗せた台座が床のレール上を前進。



 ウィーン



 アームがバックパックを運んできてオーラムの背中に接続する。汎用型VDが装着できる武装と一体の着脱式バックパック。今回選んだのは僕が一番好きな、多彩な武装が特徴の〝ネイクリアスパック〟だ。


 パック基部の左右に可動推進器スラスター

 その関節部の武装取付部ハードポイントには――


 右に電磁軌条砲レールガン

 左に振動剣ヴァイブロブレード


 そしてネイクリアスパックの残りの武装が直接オーラムの手元に運ばれる。


 右手に極光銃ビームライフル

 左手に振動盾ヴァイブロシールド。 



 ゴゴ……



 正面の扉が左右に割れ、外に向かって開いてく。

 機体射出口からのぞく、星が煌めく漆黒の宇宙。

 足下からは上部甲板デッキが、数百m先まで続いてる。


 射出甲板カタパルトデッキだ。


 格納庫の床からそのまま甲板上に続いてるレール。このレール上を電磁加速で台座が走り、その上に乗るVDを射出する。



 ドクン――



 左右の操縦桿を両手で握って。

 左右のペダルに両足をかけて。



 ドクン――



 左操縦桿についた出力調整ダイヤルを親指で回し、出力段階をギア4、最大に。



『各機の発進準備の完了を確認しました。それでは、レディ~』



 ――いくぞ‼



『ゴー‼』



『チーム・ヴァーチカル、出撃です‼』

「オーラム! アキラ、行きまーす‼」



 上体を乗り出しながら、両手に握った操縦桿をグッと前へ!

 全身の力を託して、両足でペダルを踏み込む!



 ピピピ、ピーン!

 ズシャァァァッ!


 バッ‼



 発進信号スタートシグナルが全て点灯した次の瞬間にはもう、僕を乗せたオーラムは星の海に投げ出された。



『エメロード! 竜月タツキ、行きます‼』

『サフィール! ヨモギ、出るよ‼』

『グラディウス! 氷威コーリィ、出ます‼』



 4機、発進順に並んで進む。



「進入路発見!」



 前方の巨大な円筒形の構造物。朽ち果てたスペースコロニー。その端に開いた大穴から内部へ進入する。空気は抜け、回転が止って重力が失くなったコロニー内に、車や建物の残骸ざんがいが浮いている――自分が住んでるとこと同じ物のこんな姿を見るのは、結構ゾッとする。



 グッ、ググッ――



 何か楽器でも演奏してるみたいに小刻みに、左右の操縦桿を前後させると、オーラムは左右に蛇行しながら残骸デブリの間を縫うように進む。


 操縦桿は――


 中央位置ニュートラルより前に押せば前進、後ろに引けば後進。その指示を左操縦桿は機体の左半身に、右操縦桿は右半身に伝える。

 大きく押し引きするほど速度が上がり、左右の操縦桿の目盛りが一致していれば真っ直ぐ進み、ズレていれば左右片方が前に出ることで旋回ターンする。



 タンッ

 タンッ



 旋回で進行方向を変えることなく残骸デブリを避ける時は、左右のペダルを時々片方だけ踏む。左ペダルを踏んだ時は機体の左側の肩と腰の推進器スラスターを左へ噴出、機体は反作用で右に動く。右ペダルを踏めば逆に左へ。ジグザグと残骸デブリを避けて飛ぶ。


 機体の上下移動は、操縦桿の前後で。

 機体の左右移動は、片ペダルで行う。


 両ペダルを踏み込むと、左右のペダルの入力が打ち消し合って別に入力になる。操縦桿で移動を入力してない時はブレーキに、してる時はアクセルに。あんしょうちゅういきでアクセルなんて踏んだら残骸デブリに激突するので、今はやらない。


 そろそろチーム・ホリゾンタルと遭遇する頃――いた、上だ‼



『アキラ!』

「カグヤ!」


『今日は負けないわよ!』

「今日も負けないから!」


『チーム・ホリゾンタル、戦闘開始‼』

「チーム・ヴァーチカル、戦闘開始‼」

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