第2話 ロボットがある楽園

 西暦2037年8月12日。水曜日。


 時刻は午前9時半――出かける前に洗面所の鏡で身だしなみをチェック。


 身長150cm。14歳男子としては低く線も細い体に、上は網目メッシュ生地の赤い半袖シャツに黒いベスト、下は薄茶の膝下丈のズボンハーフパンツ

 直毛の短い黒髪にくしを入れ、寝癖を整え真っすぐ下ろす。


 持ち物確認。


 ズボンのポケットにハンカチとティッシュ。ウエストポーチの中のお財布と、その中身。かどあきら――僕の名前が書かれたアーカディアンの会員証カード。


 ……よし!



「母さん、いってきます」

「いってらっしゃ~い♪」



 運動靴スニーカーを履いて自宅のマンションを出る。中学2年の夏休み、今日も近所の商店街へ歩いてく。その一角、巧操兵こうそうへいアーカディアンの専門店へ。


 ……暑い。


 ここ、スペースコロニー〝高天原タカマガハラ〟の人工的な気候は、地球の日本列島の東京辺りの気候に合わせてあって、季節ごとに変化する。四季の風情の再現もいいけど、何もここまで暑くしなくてもなぁ。


 ――到着。


 看板に数機のヴェサロイドVDのイラストが描かれた7階建てのビル。自動ドアをくぐり、ロビーの受付へ――ああ、冷房が涼しい♪



「いらっしゃいませ」

「予約したかどです」


「会員証をお預かりします――お返しします。ご来店ありがとうございます。お客様のお部屋はそちらのエレベーターを上がって7階、701号室です。どうぞごゆるりとお楽しみください」


「ありがとうございます」



 ――お。


 壁の大型モニターに極光剣ビームサーベルで斬り合う黄金のVDと白銀のVD——オーラムとシルバーンが。昨日の僕達の試合の録画だ。


 コクピットの外からはこう見えてたか。

 ロビーの客達が僕達のこと噂してる。



「スゲーな、このチャンバラ」

「反応速度が神がかってるぜ」



 フフフ。

 まぁね。



王者チャンピオンのアキラって現実リアルどんなだろ」

「デブのキモオタ引きこもり廃人だろ」



 オイッ! ……うぅ、出てって否定したいけど、身バレは勘弁だしガマンガマン。


 ――7階へ。


 701号室のドアの脇のカードリーダーに会員証を通過させ、鍵を開けて中へ。室内にはネットカフェの大部屋みたくPCパソコンデスクやソファーがあって、奥には直径2mほどの球状の物体、アーカディアンのきょうたいがある。


 昨日は世界大会・個人の部の決勝戦。そして今日は世界大会・集団の部の決勝戦が行われる。


 でも、その前に。


 パソコンデスクの前で床に敷かれたマットに座る。机にはPCの他に仮想現実VRゲームのデバイス一式。

 VRゴーグルを装着。ゲームパッド型コントローラーを握って電源を入れ――


 さぁ、アーカディアンの世界へ!



 ◆◇◆◇◆



 青い空。白い雲。

 降り注ぐ陽の光。


 VRゴーグルに映るこの景色は、作り物のこの世界の中にあって、さらに作り物って設定。月の地下に築かれた巨大なドーム状コロニーの天井だ。


 天井は一面モニターになってて、昼は青空、夜は星空を映し出す。


 太陽は映像じゃなくモニターの手前にある丸いライト。このルナコロニーの照明 兼 暖房機の人工太陽。ドーム内側の弧状のレールを伝って移動して、朝に東から昇り、昼に南中し、夕方西に沈む。


 朝日と夕日は、ちゃんと赤くなる。スペースコロニーと違って見た目上は地球の空を再現してるんだ。


 現実世界の月にも同様のコロニーがある。アーカディアンの舞台は巨大ロボットの存在以外、おおむね現実世界の現代そのまんまって設定だから。


 このコロニー自体は架空の物だけど。


 月の地中都市ジオフロント〝メガロポリス〟。

 武装組織アルカディアの秘密基地だ。



〝アルカディア〟



 世界を席巻する4つの超大国〝四大国よんたいこく〟同士の戦争を止め、平和な楽園アルカディアを実現させるため各国へ武力介入する義勇軍。


 機巧操兵アーカディアンのプレイヤーは全員、この架空の組織の構成員って設定になってる。〝アーカディアンarcadian〟はこの世界では〝アルカディアarcadiaの者〟って意味。


 そのアーカディアン達が一堂に会してる。古代ギリシャの円形劇場を再現した、丸い舞台を階段状の観客席が囲む、すり鉢状の野外劇場に。


 その姿は――


 アルカディアの軍服。

 古今東西諸国の軍服。


 白衣。スーツ。

 執事。メイド。


 騎士。狩人。神父。

 武士。忍者。巫女。


 水着。レオタード。

 獣耳。獣のしっぽ。


 白い鳥類の翼を背に生やす天使。

 黒い蝙蝠の翼を背に生やす悪魔。


 等々などなど……


 プレイヤーのこの世界での姿、分身と言える〝アバター〟だ。


 アーカディアンはロボットの操縦がメインのゲームだけど、PCパソコン版ではアバター権を買えばこの3Dの体をもらえる。現実に近い世界観ってことを考えると痛い格好が多いけど……まぁ、ゲームだし。



「それでは! 第1回機巧操兵アーカディアン世界大会・個人の部の表彰式を、始めさせていただきまーっす♪」



 満員の観客席から歓声が上がる。


 対して舞台にいるのは僕を含めた上位入賞者3名と、司会の女性声優さんのバニーガール姿のアバター。



「メダル、授与!」



 司会さんが僕らの首にメダルを順にかけてく。



 銅メダル――氷威コーリィ



 つややかな長い黒髪、キリッとした眼差し。

 白い胴着に黒い袴、腰に差した木刀。

 身長160cmの美少女剣士。

 僕のVD格闘戦の、2人いる師匠の1人。



 銀メダル――カグヤ。



 長い黒髪のポニーテール、明るい笑顔。

 黒いスポブラにスパッツ、白いベスト。

 踊り子みたく肩にかけた、桃色の羽衣。


 てか、露出多いんだよ、バカ。


 身長155cm の美……まぁ、アバターは可愛い。いつも元気で、負けず嫌いで意地っ張りで。口は悪いけど、嫌味のないさっぱりした奴。


 僕の、一番のライバル。



 金メダル――アキラ。



 青いジャケットに白いズボンのアルカディアの軍服。身長150cm。短い黒髪。現実の僕に似せた容姿。


 アキラ――僕のアバターの首にバニーガールのお姉さんが正面から金メダルをかけてくれる。少し視線を落とすと肌色のたわわなおっ



「「何見てる」」

「いえ、何も!」



 カグヤと氷威コーリィ、声が怖い!



「そ、それでは三方さんかた。表彰台へどうぞ♪」



 凸の左右の高さが違うヤツに登る。

 1位の僕は真ん中の一番高い段へ。



氷威コーリィ選手、カグヤ選手、アキラ選手! 改めてッ、おめでとうございまーす‼」



 ぶるっ――鳥肌が立った。



「観客席、拍手ー♪」



 パチパチパチパチパチ――



 みんなのアバターが拍手の動作モーションをして、それを表彰台のてっぺんで全身に浴びる。


 そっか、優勝したんだ。

 改めて、実感がわいた。


 思えば勉強も運動も人並み以下で、何かで一等賞を獲るなんて生まれて初めてだ。


 嬉しいもんなんだな。


 4年前アーカディアンが世に出てからすぐ遊び始めて、アーカディアンの発展の歴史と共に歩んできた。


 最初にアーケード版が展開されて。

 次にPC版の各製品が販売されて。


 漫画・小説・アニメとメディアミックスして。遂に開催された世界大会の、記念すべき第1回で優勝した。


 別にこれで最強になったわけじゃない。

 優勝できたのは運が良かったのもある。


 それでも、愛するアーカディアンの歴史に自分の名前を刻めたことに――


 感動してる!



「それでは入賞者インタビューに移ります♪ まずは氷威コーリィ選手、今のお気持ちをどうぞ!」


「ほっとしています。3位決定戦に勝つことができて。この表彰台で、アキラの隣に立ちたかったですから」



 えっ⁉



「あれ……? 3位決定戦は決勝戦より前で、その時はまだ1位がアキラ選手になるとは決まっていませんでしたよね?」


「ええ。そこは決勝でアキラが、準決勝でカグヤに敗れたわたしのかたきを取ってくれると信じていましたから」


「ちょっと氷威コーリィ‼」



 か、カグヤ⁉



「アキラが戦ったのはアタシとの勝負のため! 別にアンタのためなんかじゃないんだから‼」


「アキラ、そうなのか?」


「え? いや、大会中も稽古をつけてくれた氷威コーリィのためにも負けられないって思ったよ」



 実際、最後のチャンバラで勝てたのは氷威コーリィの特訓のお陰だ。



「――だ、そうだが?」


「ア~キ~ラ~っ! なんでアタシとの対戦中に他の女のこと考えてんのよ、この浮気者‼」


「変な言い方すんなよ⁉」

「そうだ。彼女面かのじょヅラするな」

「そそそ、そんなのしてないわよ‼」



「……あの‼」



 あ。



「表彰式、続けてもいいですか……?」

「(×3)はい……ごめんなさい……」



 ◆◇◆◇◆



 表彰式のあと僕は、所属ギルド〝クロスロード〟の拠点ホーム、和洋折衷の旅館風お屋敷〝つむじ荘〟にやって来た。カグヤと氷威コーリィ、他のギルドメンバーも一緒に。


 プレイヤーの自発的な集まり〝ギルド〟はメンバー間でゲーム内通貨を共有したり他のギルドと対抗戦をしたりする。


 クロスロードのメンバーは10人。


 5人組で戦う世界大会・集団の部に、僕達クロスロードのメンバーは〝ヴァーチカル〟と〝ホリゾンタル〟の2チームに分かれて出場して、両チームとも今日の決勝戦まで勝ち残った。



【チーム・ヴァーチカル】

 僕

 氷威コーリィ

 悠仁ユージン

 ヨモギ

 竜月タツキ



【チーム・ホリゾンタル】

 カグヤ

 ゼラト

 エイラ

 グラール

 蔵人クロード



 このあと戦う僕等だけど、今はつむじ荘の中庭で料理の並んだ円卓を囲んでる。みんな飲み物の入ったグラスを持って、スーツ姿のサラリーマン風の青年——ギルドマスターの悠仁ユージンが音頭を取る。



「いきますよ。せーのっ」


「(×7)氷威コーリィ、3位おめでとう‼ カグヤ、準優勝おめでとう‼ アキラ、優勝おめでとーう‼」


「ありがとう」

「アリガト」

「ありがとう‼」


「個人の部のメダルを我がギルドが独占した栄光を祝して――乾杯!」


「(×9)カンパーイ‼」



 グラスを掲げて唱和して、中身を飲む。


 僕のは赤ワイン。アバターが飲酒しても生身の僕には影響ないので問題ない。VRゴーグルからは味覚情報までは得られないので味もしない。

 続いて料理、マルゲリータピザを頬張るけど、これも同じ。


 アバターの飲食はまず気分を味わうもの。

 でもゲーム上の効果もないわけじゃない。


 飲食すると、ゲームシステムがその食品につけた価格だけ、ゲーム内通貨を得られる――その価格は原材料費より高い。なので食材を集めて調理して食べる、を繰り返すとゲーム内通貨は溜まってく。


 卓上の料理は――


 パン

 種々のピザ

 種々のパスタ

 シーザーサラダ

 赤ワイン・白ワイン


 どれも食材を、アバターを使ってのミニゲーム、農耕牧畜・狩猟採集でみんなで集めて調理した。


 みんなで作って食べる、その雰囲気だけで楽しいけど、やっぱ味のするもの食べた方が宴会は盛り上がるんで、みんなゴーグルかぶりながら現実の体でも昼食取ってる。僕も今、専門店の個室で注文したピザとコーラをいただいてるとこ。


 ……現実リアルのみんな、か。



 カグヤ――



「アキラ! 昨日で1000戦500勝500敗、今日はアタシが501勝目をいただくからね!」



 踊り子衣装の生意気娘。

 でも憎めない、僕の一番のライバル。



「え、集団戦も勝負に入れるの?」

「チームの勝利はアタシの勝利!」



 氷威コーリィ――



「アキラ、大丈夫だ。今日はわたしもついている」



 剣道着姿の美少女剣士。

 僕の格闘戦のお師匠様。



氷威コーリィ、アタシ達の勝負に割って入んじゃないわよ!」

「チームの勝敗が2人の勝敗だと言ったのはおまえだ」



 ゼラト――



「カグヤ、アキラにリベンジしたいのはお前だけじゃないぜ! オレも準決勝で弟子に不覚を取った汚名を返上しないとな!」



 学ラン姿の、義にあつい熱血漢。

 僕の格闘戦のもう1人の師匠。



 蔵人クロード――



「いいね、盛り上がってるね! 俺はなー、個人戦で負けたの、エイラにだからなー」



 ハネた金髪の少年。いつも明るいムードメーカー。

 勝負事でも楽しむ姿勢を忘れないエンジョイ勢。



 エイラ――


 銀髪赤眼に黒コートの美女。

 クールビューティな狙撃手スナイパー



「フフ……雪辱を晴らしたくば、また別の機会にな」



 グラール――


 白衣に眼鏡の男性研究員風。

 ロボ蘊蓄ウンチク語らせたらプレイヤー随一。



「みんな余裕だよねぇ。ボクなんか瞬殺されないかドキドキしてるのに」



 竜月タツキ――



「ぼ、ぼくも……」



 僕のと同型色違いのアバターで、銀髪赤眼小麦肌。

 控えめでおとなしい、クロスロードの末っ子分。



 ヨモギ――



「タツキんはアタイが守ってやるよ! 瞬殺なんてさせねーから安心しな!」



 金髪を逆立てた不良っぽい少女。

 面倒見のいい姉御肌。



 悠仁ユージン――



「なんにせよ、全力で戦って悔いの残らないようにしましょう」



 目の細い、サラリーマン風の青年。

 優しく頼もしい、みんなのまとめ役。



 僕はここにいる誰ともアーカディアンの中だけの付き合いだ。リアルで会ったことないし本名も年齢も職業も何も知らない。

 リアルでは友達に恵まれない僕にとって、この9人だけが心を許せる友達なのにな。僕はリアルのこと教えてもいいけど、そういう話題って切り出しづらくて。


 でもいつか……リアルで。

 みんなでオフ会したいな。

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