第2話 ロボットがある楽園
西暦2037年8月12日。水曜日。
時刻は午前9時半――出かける前に洗面所の鏡で身だしなみをチェック。
身長150cm。14歳男子としては低く線も細い体に、上は
直毛の短い黒髪に
持ち物確認。
ズボンのポケットにハンカチとティッシュ。ウエストポーチの中のお財布と、その中身。
……よし!
「母さん、いってきます」
「いってらっしゃ~い♪」
……暑い。
ここ、スペースコロニー〝
――到着。
看板に数機の
「いらっしゃいませ」
「予約した
「会員証をお預かりします――お返しします。ご来店ありがとうございます。お客様のお部屋はそちらのエレベーターを上がって7階、701号室です。どうぞごゆるりとお楽しみください」
「ありがとうございます」
――お。
壁の大型モニターに
コクピットの外からはこう見えてたか。
ロビーの客達が僕達のこと噂してる。
「スゲーな、このチャンバラ」
「反応速度が神がかってるぜ」
フフフ。
まぁね。
「
「デブのキモオタ引きこもり廃人だろ」
オイッ! ……うぅ、出てって否定したいけど、身バレは勘弁だしガマンガマン。
――7階へ。
701号室のドアの脇のカードリーダーに会員証を通過させ、鍵を開けて中へ。室内にはネットカフェの大部屋みたく
昨日は世界大会・個人の部の決勝戦。そして今日は世界大会・集団の部の決勝戦が行われる。
でも、その前に。
パソコンデスクの前で床に敷かれたマットに座る。机にはPCの他に
VRゴーグルを装着。ゲームパッド型コントローラーを握って電源を入れ――
さぁ、アーカディアンの世界へ!
◆◇◆◇◆
青い空。白い雲。
降り注ぐ陽の光。
VRゴーグルに映るこの景色は、作り物のこの世界の中にあって、さらに作り物って設定。月の地下に築かれた巨大なドーム状コロニーの天井だ。
天井は一面モニターになってて、昼は青空、夜は星空を映し出す。
太陽は映像じゃなくモニターの手前にある丸いライト。このルナコロニーの照明 兼 暖房機の人工太陽。ドーム内側の弧状のレールを伝って移動して、朝に東から昇り、昼に南中し、夕方西に沈む。
朝日と夕日は、ちゃんと赤くなる。スペースコロニーと違って見た目上は地球の空を再現してるんだ。
現実世界の月にも同様のコロニーがある。アーカディアンの舞台は巨大ロボットの存在以外、おおむね現実世界の現代そのまんまって設定だから。
このコロニー自体は架空の物だけど。
月のどこかの
武装組織アルカディアの秘密基地だ。
〝アルカディア〟
世界を席巻する4つの超大国〝
機巧操兵アーカディアンのプレイヤーは全員、この架空の組織の構成員って設定になってる。〝
そのアーカディアン達が一堂に会してる。古代ギリシャの円形劇場を再現した、丸い舞台を階段状の観客席が囲む、すり鉢状の野外劇場に。
その姿は――
アルカディアの軍服。
古今東西諸国の軍服。
白衣。スーツ。
執事。メイド。
騎士。狩人。神父。
武士。忍者。巫女。
水着。レオタード。
獣耳。獣のしっぽ。
白い鳥類の翼を背に生やす天使。
黒い蝙蝠の翼を背に生やす悪魔。
プレイヤーのこの世界での姿、分身と言える〝アバター〟だ。
アーカディアンはロボットの操縦がメインのゲームだけど、
「それでは! 第1回機巧操兵アーカディアン世界大会・個人の部の表彰式を、始めさせていただきまーっす♪」
満員の観客席から歓声が上がる。
対して舞台にいるのは僕を含めた上位入賞者3名と、司会の女性声優さんのバニーガール姿のアバター。
「メダル、授与!」
司会さんが僕らの首にメダルを順にかけてく。
銅メダル――
白い胴着に黒い袴、腰に差した木刀。
身長160cmの美少女剣士。
僕のVD格闘戦の、2人いる師匠の1人。
銀メダル――カグヤ。
長い黒髪のポニーテール、明るい笑顔。
黒いスポブラにスパッツ、白いベスト。
踊り子みたく肩にかけた、桃色の羽衣。
てか、露出多いんだよ、バカ。
身長155cm の美……まぁ、アバターは可愛い。いつも元気で、負けず嫌いで意地っ張りで。口は悪いけど、嫌味のないさっぱりした奴。
僕の、一番のライバル。
金メダル――アキラ。
青いジャケットに白いズボンのアルカディアの軍服。身長150cm。短い黒髪。現実の僕に似せた容姿。
アキラ――僕のアバターの首にバニーガールのお姉さんが正面から金メダルをかけてくれる。少し視線を落とすと肌色のたわわなおっ
「「何見てる」」
「いえ、何も!」
カグヤと
「そ、それでは
凸の左右の高さが違うヤツに登る。
1位の僕は真ん中の一番高い段へ。
「
ぶるっ――鳥肌が立った。
「観客席、拍手ー♪」
パチパチパチパチパチ――
みんなのアバターが拍手の
そっか、優勝したんだ。
改めて、実感がわいた。
思えば勉強も運動も人並み以下で、何かで一等賞を獲るなんて生まれて初めてだ。
嬉しいもんなんだな。
4年前アーカディアンが世に出てからすぐ遊び始めて、アーカディアンの発展の歴史と共に歩んできた。
最初にアーケード版が展開されて。
次にPC版の各製品が販売されて。
漫画・小説・アニメとメディアミックスして。遂に開催された世界大会の、記念すべき第1回で優勝した。
別にこれで最強になったわけじゃない。
優勝できたのは運が良かったのもある。
それでも、愛するアーカディアンの歴史に自分の名前を刻めたことに――
感動してる!
「それでは入賞者インタビューに移ります♪ まずは
「ほっとしています。3位決定戦に勝つことができて。この表彰台で、アキラの隣に立ちたかったですから」
えっ⁉
「あれ……? 3位決定戦は決勝戦より前で、その時はまだ1位がアキラ選手になるとは決まっていませんでしたよね?」
「ええ。そこは決勝でアキラが、準決勝でカグヤに敗れたわたしの
「ちょっと
か、カグヤ⁉
「アキラが戦ったのはアタシとの勝負のため! 別にアンタのためなんかじゃないんだから‼」
「アキラ、そうなのか?」
「え? いや、大会中も稽古をつけてくれた
実際、最後のチャンバラで勝てたのは
「――だ、そうだが?」
「ア~キ~ラ~っ! なんでアタシとの対戦中に他の女のこと考えてんのよ、この浮気者‼」
「変な言い方すんなよ⁉」
「そうだ。
「そそそ、そんなのしてないわよ‼」
「……あの‼」
あ。
「表彰式、続けてもいいですか……?」
「(×3)はい……ごめんなさい……」
◆◇◆◇◆
表彰式のあと僕は、所属ギルド〝クロスロード〟の
プレイヤーの自発的な集まり〝ギルド〟はメンバー間でゲーム内通貨を共有したり他のギルドと対抗戦をしたりする。
クロスロードのメンバーは10人。
5人組で戦う世界大会・集団の部に、僕達クロスロードのメンバーは〝ヴァーチカル〟と〝ホリゾンタル〟の2チームに分かれて出場して、両チームとも今日の決勝戦まで勝ち残った。
【チーム・ヴァーチカル】
僕
ヨモギ
【チーム・ホリゾンタル】
カグヤ
ゼラト
エイラ
グラール
このあと戦う僕等だけど、今はつむじ荘の中庭で料理の並んだ円卓を囲んでる。みんな飲み物の入ったグラスを持って、スーツ姿のサラリーマン風の青年——ギルドマスターの
「いきますよ。せーのっ」
「(×7)
「ありがとう」
「アリガト」
「ありがとう‼」
「個人の部のメダルを我がギルドが独占した栄光を祝して――乾杯!」
「(×9)カンパーイ‼」
グラスを掲げて唱和して、中身を飲む。
僕のは赤ワイン。アバターが飲酒しても生身の僕には影響ないので問題ない。VRゴーグルからは味覚情報までは得られないので味もしない。
続いて料理、マルゲリータピザを頬張るけど、これも同じ。
アバターの飲食はまず気分を味わうもの。
でもゲーム上の効果もないわけじゃない。
飲食すると、ゲームシステムがその食品につけた価格だけ、ゲーム内通貨を得られる――その価格は原材料費より高い。なので食材を集めて調理して食べる、を繰り返すとゲーム内通貨は溜まってく。
卓上の料理は――
パン
種々のピザ
種々のパスタ
シーザーサラダ
赤ワイン・白ワイン
どれも食材を、アバターを使ってのミニゲーム、農耕牧畜・狩猟採集でみんなで集めて調理した。
みんなで作って食べる、その雰囲気だけで楽しいけど、やっぱ味のするもの食べた方が宴会は盛り上がるんで、みんなゴーグルかぶりながら現実の体でも昼食取ってる。僕も今、専門店の個室で注文したピザとコーラをいただいてるとこ。
……
カグヤ――
「アキラ! 昨日で1000戦500勝500敗、今日はアタシが501勝目をいただくからね!」
踊り子衣装の生意気娘。
でも憎めない、僕の一番のライバル。
「え、集団戦も勝負に入れるの?」
「チームの勝利はアタシの勝利!」
「アキラ、大丈夫だ。今日はわたしもついている」
剣道着姿の美少女剣士。
僕の格闘戦のお師匠様。
「
「チームの勝敗が2人の勝敗だと言ったのはおまえだ」
ゼラト――
「カグヤ、アキラにリベンジしたいのはお前だけじゃないぜ! オレも準決勝で弟子に不覚を取った汚名を返上しないとな!」
学ラン姿の、義に
僕の格闘戦のもう1人の師匠。
「いいね、盛り上がってるね! 俺はなー、個人戦で負けたの、エイラにだからなー」
ハネた金髪の少年。いつも明るいムードメーカー。
勝負事でも楽しむ姿勢を忘れないエンジョイ勢。
エイラ――
銀髪赤眼に黒コートの美女。
クールビューティな
「フフ……雪辱を晴らしたくば、また別の機会にな」
グラール――
白衣に眼鏡の男性研究員風。
ロボ
「みんな余裕だよねぇ。ボクなんか瞬殺されないかドキドキしてるのに」
「ぼ、ぼくも……」
僕のと同型色違いのアバターで、銀髪赤眼小麦肌。
控えめでおとなしい、クロスロードの末っ子分。
ヨモギ――
「タツキんはアタイが守ってやるよ! 瞬殺なんてさせねーから安心しな!」
金髪を逆立てた不良っぽい少女。
面倒見のいい姉御肌。
「なんにせよ、全力で戦って悔いの残らないようにしましょう」
目の細い、サラリーマン風の青年。
優しく頼もしい、みんなのまとめ役。
僕はここにいる誰ともアーカディアンの中だけの付き合いだ。リアルで会ったことないし本名も年齢も職業も何も知らない。
リアルでは友達に恵まれない僕にとって、この9人だけが心を許せる友達なのにな。僕はリアルのこと教えてもいいけど、そういう話題って切り出しづらくて。
でもいつか……リアルで。
みんなでオフ会したいな。
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