序章
第1節 幸福な日々
第1話 ロボットに乗りたい
【おとーさん、ぼくもあれのりたい!】
3~4歳の頃。
絵が替わると、狭い部屋。
片方の機械の中。両手でレバーをガチャガチャさせるお兄さんの姿。そうして機械を動かしている、パイロットだ。
その機械はそう、ロボット。
人が乗って動かす、人型の。
人に似た、人より巨大で強大なそれを、人が意のままに動かせる――ということに心惹かれた僕は、自分も動かしたいと強く願った。
でも――
【こうゆうのはまだ、現実にはないんだよ】
【まだ……?】
【
あれから、10年――
◆◇◆◇◆
「カグヤ! やってくれたね‼」
『アキラ! アンタの方こそ‼』
ガシャン!
空から
全高20mの搭乗式ロボット〝ヴェサロイド〟――通称
たくましい体を黄金の
EVD-01〝オーラム〟
その頭部コクピットの操縦席に座る僕は、両側の
幼い頃からこれまで見てきた、
操縦席を
ここは、月。
遠く前方に、敵対するもう1機のVDが降り立った。スラリとした体に白銀の甲冑をまとう、機械仕掛けの巨人の闘士。
EVD-02〝シルバーン〟
僕の最大のライバル、カグヤが乗ってる――月上空を飛んで戦っていた僕達は互いの攻撃で共に機体背部のメイン
『じゃ、
「そうだね、終わらせよう!」
クリッ――カチッ
右手の親指で右操縦桿のダイヤルを回して使用武器を選択、押し込んで決定。
オーラムの頭部視点のモニターから眼下に見えるその両腕が動き、後ろ腰に装着していた
ブゥン……
バトンの上端から噴き出した青白く細長い炎が、機体の腕よりやや長く伸びる。拡散しないよう、物質化した
バトンは柄に。
ビームは刃に。
一振りの剣、
「よし、行こう! オーラム‼」
『行くわよッ! シルバーン‼』
左右の操縦桿をグイッと前にスライド。
左操縦桿から左半身に。
右操縦桿から右半身に。
それぞれ〝前進〟の入力を受けたオーラムが、真っ直ぐ前へ走り出す。
さらに左右のペダルを踏んで!
アクセル全開、全力疾走に!
ダッ!
ダッ!
オーラムが大地を蹴る度に蹴った足側のペダルが振動し、機体との一体感を高めてくれる――ああ!
僕は今、ロボットを動かしてる‼
シルバーンの姿が大きくなっていく。砂を巻き上げ、向こうも同じように駆けてくる……
今だ!
右操縦桿の
バヂィィッ‼
シルバーンの突いた剣と激突!
「押し切るッ!」
『させるかッ!』
ガクッ
! シルバーンが剣を引き、勢い余ってオーラムが前につんのめった‼ その隙にシルバーンが左から背後に回り込んでくる――
「このォッ‼」
操縦桿を左のだけ引く! 左半身のみ後退、機体は左回りに旋回する‼
ギュルッ――バンッ‼
回転の勢いを乗せてオーラムが薙ぎ払った剣を、シルバーンが剣で受け止めた――力ずくで吹っ飛ばす!
ズシャァァァッ‼
『強引ね!』
「まぁね!」
体勢を崩しながら着地したシルバーンに肉薄し、
グィッ
両操縦桿のグリップを手前にひねる! オーラムが全身をのけ反らせながら、剣を大上段に振りかぶる!
「はぁッ‼」
両グリップを今度は逆にひねって! オーラムが剣を振り下ろす!
ズシャァァッ‼
避けられた!
バックステップで避けたシルバーンがすぐまた前に踏み込んでくて、こっちの下がった頭部に剣を振り下ろす――光の刃が目の前に迫って来る‼
「う、おお!」
右操縦桿の
バチィッ!
オーラムが剣を持ち上げシルバーンの剣を受け止める――自動防御中は自分の武器を取り巻く緑色の環状エフェクト〝防御円〟内に侵入する攻撃を、全自動で迎撃する!
『
「君もね!」
いったん引いて、再度斬り結ぶ。
バヂィッ!
「止めたか!」
『お返しっ!』
敵の攻撃が防御円に飛び込む瞬間、パッドを押せば自分の剣でがっちり受け止め、パッドと
『しぶとい!』
「ありがと!」
バヂッ! バヂィッ‼
ババッ! バババッ‼
光の刃を縦横無尽に
2人で踊ってるみたい。
ロボットの、VDの操縦は楽しい。
VDを操縦して戦うのは楽しい。
誰と戦っても楽しいけど――
カグヤとが、一番楽しい‼
「カグヤぁっ‼」
『アキラぁっ‼』
ずっとこんな時間が続けばいい。
ずっとカグヤとこうしていたい。
でも――
『あっ⁉』
――終わりは必ずやってくる。
シルバーンが膝をついた。
関節にガタが来たんだ。
重く、遅く、力は強いオーラム。
軽く、速く、力は弱いシルバーン。
力と力でぶつかれば、いつかはこうなる!
付け根を支点に上下に30度回る両操縦桿のグリップを、いったん下げてからハネ上げて、両ペダルを踏み込む!
オーラムがいったん膝を曲げて
『動いてぇ‼』
「もらった‼」
力・重量・落下の勢い、全部この一撃に込める! 名残惜しいけど、ここまでだ‼
ズバァッ‼
『あ……』
オーラムの振り下ろした剣をシルバーンは剣で受けた――けど、踏ん張りが利かず力が入らない。
オーラムの剣はそれを押し切り、シルバーンの肩から胸まで斬り下した。
ボシュッ!
『にゃあ~っ‼』
シルバーンの首から上が吹っ飛ぶ。
自機大破と判断したシルバーンのコンピューターが脱出装置を作動させて、頭部ごと中のパイロットを離脱させたんだ。
つまり――
『試合終了! アキラ選手の勝利でーす‼』
ヒュッ――ドドン!
パラパラパラ……
空いっぱいに上がる花火。
『第1回
「い~、やったァーッ‼」
『う~、負けたァーッ‼』
◆◇◆◇◆
全天周モニターの表示が消え、わずかな明かりを残してコクピットの中が暗くなる。
左操縦桿の手前にあるカードリーダーから〝
シートベルトを外して操縦席の後ろに回り、コクピット後部の内壁のドアを開けオーラムの後頭部から外に出ると、そこはVDの
じゃなくて。
ネットカフェの大部屋っぽい個室。僕が出て来たのは、その中に置かれた直径2mの球体。VDのコクピットを模したゲーム
〝
4年前――僕が小学4年生の頃、この町に引っ越した直後に始まった、ネット対戦可能なVRロボットゲーム。ここは、その専門店。
アーカディアンの遊び方は主に2つ。
アーケード版。
ゲームセンターとかにある大型筐体で遊ぶのがアーケード版。みんなで使う筐体がいつ空くかはわからないので、時間の決まってるイベントにそこから参加はできない。
かといってプレイヤーが専用の会場に集まって――となると会場費やら交通費やらがバカにならず、そもそも身バレがNGな人だっている。
なので大会はPC版の環境でログインする規則。でもPC版だと――
操縦席じゃなく自宅の椅子に座って、据え置き型の操縦桿とペダルで操縦。
音と映像は全天周モニターじゃなく、
どうしても〝ロボットに乗ってる〟って臨場感がアーケード版には及ばない。
いや、PC版でも筐体で遊ぶことは不可能じゃない。筐体を買うお金と、自宅にそれを置くスペースがあれば。
庶民には無理。
アーカディアン専門店はそんな僕たち庶民に〝筐体でのPC版プレイ〟を提供してくれる。
世界大会決勝戦ほどの大舞台、やっぱコクピットで戦いたい。だから今日はここに来た。
「もしもし、母さん? ……うん、勝ったよ。今から帰るね……はーい、じゃあね」
電灯が切れかかったような暗さ。
見上げると、横に倒した巨大な土管のような円筒形の中にいるのを実感する。
6km上の天井に縦に伸びる、透明な窓。
その向こうにある鏡に太陽が映ってる。
あれは無数の1m四方の鏡の集まり。1枚1枚向きを変えられ、円筒内に光を入れる枚数を時刻ごとに変え、明るさを調節してる。
夕刻はその枚数が少ないだけで、太陽は沈まず昼と同じ位置にあり、色も変わらない。
徒歩での帰り道。
車の行き交う町。
排ガスの臭いはしない。密閉空間で空気汚染の制限が厳しく、車は全て排ガスを出さない電気自動車だから。
町並みは前住んでた東京と大差ないけど――ここは宇宙。
月近傍L1宙域に作られた人工居住地スペースコロニー。
〝
僕が幼稚園ぐらいの頃は一般人が宇宙に住むなんて夢のまた夢だったのに……すごい時代になったよね。
今年は西暦2037年。
小学4年生の頃、完成直後のここに両親と移住して、もう4年か。
夕日みたいな、ここじゃ見れない地球の景色がたまに恋しくなる。
地球に帰りたくなるほどじゃないけど。
このSFっぽい景色の方が好きだから。
円筒形のコロニーの側面は、両端を結ぶ6つの直線で6等分されて。
人が住む〝
採光窓の〝
交互に3つずつ配置されてる。
頭上ではこの
無重力の宇宙に浮いた巨大な円筒を遠心分離機みたく高速で回転させて、その遠心力で中のものを内壁に押しつける。
回転速度が増すほど強くなる遠心力を、地球の重力と同じ1Gになるよう速度を調節して。
スペースコロニーがまだ実在しなかった頃、SFの中で描かれた物と同じ構造。
スペースコロニーの出てくる作品は、ロボットアニメでも定番の1つだ。
だから今、僕はそんなロボットアニメの舞台に限りなく近い世界にいる――
の、だけど。
現実には肝心のロボットがないんだよな。
人が乗って操縦する巨大人型ロボットが。
VDみたいな。
昔、父さんはああ言ったけど、僕が大きくなった今でも(身長は150cmで小柄だけど)そういうロボットはまだ開発されてない。
あー!
アーカディアンもいいけど!
現実でロボットに乗りたい!
ロボットが〝欠けてる〟って意識のせいで、せっかくの宇宙暮らしを心から楽しめないじゃんか、もったいない‼
って。
しょうがないよね。
現実なんてこんなモン。
まぁ、いいさ。だって――
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい、
「いい匂い――え、何このごちそう! 僕の誕生日会、この前やったよね⁉」
パパァンンッ!
「「
「ふぇっ⁉」
「中継で見てたよ、決勝戦。すごかったね」
「お祝い、こっそり用意して待ってたの~」
「ゲームの大会で⁉」
「それ言ったらどんな競技もゲームさ」
「スポーツも、将棋とかもね」
「なんであれ世界一はすごいことだよ」
「自信持っていいのよ」
「……ありがとう!」
「そのうち別のお祝いも用意してるから」
「え、父さん、それどんな?」
「まだ内緒」
「まずは今日のお祝い。手洗ってきて」
「はーい、母さん」
――だって。
ないものねだりで腐ってるより、今ある幸せに浸っていた方がいい。
中学では冴えない僕だけど、アーカディアンでは世界一にまでなれたし。そこにはカグヤや仲間たちもいてくれるし。
何より、優しい両親に恵まれて。
僕はこんなに、幸せなんだから。
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