**側仕えは出会う(2)
*
荷物を持って出直してくると、あっさりと境内に入ることができた。そしてそのまま山ノ井へと向かう。
「やっぱり俺も――」
「大丈夫。必ず慧泉様と一緒に戻ってきます」
「そうか……。気をつけろよ」
「はい」
心配そうなリョウの眼差しを振り切り、その不思議と揺らいで見える山ノ井の手前の空間に手を伸ばす。
まず、ひんやりとした薄絹に触れたような感触があった。それから手探りでそれをかきわける。
私の目には半透明の膜のようなものが見えているが、出入り口を隠す几帳のようなものだと思えばいいかもしれない。その先もぼんやりと見えるような気はするがよくわからなかった。
とはいえ迷っている暇はない。私は躊躇うことなくそこに足を踏み入れた。
そして几帳のようなものがあった場所を越えると、ふっと周囲が陰った。振り向くと薄絹越しの柔らかな緑の光と、土色の岩壁が重なって見えた。
ぼんやりと向こうの緑色は見えているというのに、薄暗いこちらに光が差し込んでいる様子はない。このばに自分だけが取り残されたかのような少し寂しい不思議な心地になった。
「さて、行かないと。けど、こっちは少し暗いか」
ただ、驚くことに完全な暗闇ではなかった。ここは香稜山の地中に当たるはずで、洞窟状になっているにもかかわらず、足元や周囲の様子が明かりをつけずとも見て取れる。
月明かりに照らされる夜道のような、いや、青っぽさがないので夜明け前の空が白み始めたときの明るさとでも言おうか。薄暗くはあるが、目が慣れれば歩くのには困らなそうだった。
それから数歩歩いて立ち止まる。広い通路だと思って中央まで来てみたが、どうやら広いのはここだけのようだった。通路は湾曲しており、外側にふくらみができていた。そのふくらみ部分に私が入ってきた出入り口があった。
私はこの場所を見失わないよう目印として用意してきた杭を打つ。
「あとは、ここをどっちに行くかだな……」
通路は左手が下り、右手が上りになっている。ここで上るか下るかの選択はかなり重要だった。ここで選択を間違えると主との合流が最短でも一日遅れてしまう。
「慧泉様ー! いらっしゃいますかー? 聞こえましたらお返事くださいー!」
声はわずかに反響し、奥へと響いていった。声が届き返事をいただけたらそれが一番確実なのだが。
しばらく、息を潜めて耳を済ます。けれど、そこには不気味なほどの静寂があるのみで、待てども待てども返事はなかった。
「……駄目か」
そして私は思案する。下の揺岩までは片道十日以上かかると言われている。逆に上は――今は香稜神宮辺りであるから香稜ノ戸まで行っても半日もかからない。となれば、先に上を確認するのが無難だろう。
「上に……行こう」
もし違っていたらという不安はなくならない。だが迷っているよりは動いたほうがいい。
私はできるだけ早く再会できるよう祈りながら、私は足を急がせた。
だが――。
香稜ノ戸の裏側まで行っても、主と再会できなかった。
外してしまったのだ。私は急いで来た道を引き返すことになった。
国礎修繕の儀から三十二日目。明日、主の持つ食料が尽きる――。
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