*慧泉の想い
リョウが伊雪の側仕えになると報告したときのお話。慧泉視点です。
スイ十二歳、慧泉十五歳。まだまだ慧泉も若かった、ということで。
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リョウが私の目の前で膝を折った瞬間、私はリョウが決断したことを知る。リョウは私の予想通り、私の望む通りの決断をしてくれた。
だが、そこで予想外だったのはスイの反応。それは私たちが予想していた以上の反発で、私もリョウも大きく動揺してしまった。
「裏切り者!」
パシンとリョウの頬が叩かれた音で、私ははっと我に返った。
スイを止められるのは自分だけだ。自分がスイをなだめなければならない。
けれど、その前に大切な大切なスイに裏切り者と呼ばれたリョウは、その事実に耐え切れず部屋から出て行ってしまう。
リョウを放ってはおけない。けれど、スイをこのままにしておくこともできなかった。
迷ったときは、まずスイだ。――それが私とリョウとの間にある、暗黙の了解事項だった。
「――スイ。怒ってくれてありがとう。でも、私は大丈夫だよ」
スイは素直ないい子だ。私が言えば大抵のことは納得してくれる。だが――。
「そんなんだからリョウ兄がつけ上がるんです! リョウ兄は慧泉様の側仕えなのに!!」
私は驚いた。しぶしぶかもしれないが、スイが怒りを納めてくれることを私は疑っていなかった。このように、より一層怒りを爆発させるなど予想だにしていなかった。
主たる私の言葉がまったくスイに届かない。その事実に私は大きく動揺した。同時に、心がささくれ立つのを感じた。
――リョウが付け上がる?
スイは何を言ってるんだ。リョウはいつだって一歩引いて私の願いを叶えてくれているというのに。
――リョウは私の側仕えなのに?
何故決めつける。それはリョウが決めることだ。私はそこまで強制していないし、したくない。
それともスイは私をそういう人物だと思っているのだろうか。
――いけない。冷静にならないと。
スイの言葉は確かに私の心を抉った。
スイが私を大切に思ってくれていることはわかる。けれど、私の大切な伊雪のことにはまったく興味がないのだと思うと、胸が苦しくなった。私を大切に思うなら、同じように伊雪のことも大切に思ってほしかった。
そうだ。私はスイに、私の大切なものも合わせて大切にしてほしかったのだ。スイは家族だから。
「申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」
「いや、いいんだ。スイの考えはわかったから」
これ以上、会話を続けるわけにはいかなかった。このままでは私がスイを傷つけてしまう。
私が必死にこの暴れまわる感情をスイにぶつけてしまわないように耐える――が。スイはそこに、さらなる爆弾を落とした。
「ご安心ください、慧泉様。私は決して慧泉様を裏切りません。私が最後まで……死出の供として最後まで慧泉様につき従います」
ガツンと鈍器で頭を殴られたかのような衝撃だった。私はもうスイを直視していられれず、顔を伏せる。
――なんで、どうして。どうしてそんな酷いことを平気で言える? スイは、自分が何を言っているかわかっているのか?
頭の中が一杯で、怒りと悲しみと、何だかわけのわからない感情があふれ出す。
年下のスイに、自分の後を追わせる。それがどんな残酷なことかわかって言っているのだろうか。
そんなことをされても、私は喜ばないとどうしてわからないのだろうか。
ずっと、ずっと……もう四年も私の側にいたというのに。
スイは出会った時から私の希望だった。まっすぐで、眩しくて、私の心を救い上げてくれる存在だった。
だからなおさらこの言葉は私の心に突き刺さり――許せなかった。
「出てって、スイ。もう……一人になりたい」
スイが大切だと、伝えてきたつもりだった。側仕えとして、弟として、自分に与えられる最大限の愛情を注いできた。
何も伝わっていなかったのだろうか。自分がしてきたのは無駄なことだったのだろうか。
私はもう、心がぐちゃぐちゃでどうにもできなかった。
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ショックなことが重なり過ぎて、いつもは冷静沈着な慧泉様も冷静ではいられませんでした。
落ち着いて言葉にできていたら、二人が誤解し合うこともなかったのでしょう。
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