*藍賀家の見栄と誇り

 リョウと慧泉の主従が形式ばった関係になってしまったことを反面教師として、伊雪とシュンは友人になれるように育てていた。だがそれにより、シュンの死が伊雪の心に大きなダメージを与えることになってしまった。

 その後の伊雪につけられた側仕えとリョウとのやり取りです。

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 今日もまた、伊雪の部屋の前で少年が立ち尽くしている。物心つく前から瀬木の家にいたリョウには実感はないが、確か下から二番目の弟だったはずだ。

 リョウが近づくと、彼はびくりと肩を震わせた。


「あ、兄上……」

「どうしてこんなところにいる。伊雪様のお側にいるのがお前の役目だろう?」

「ですがっ」


 弟は反論しかけるが、途中でその言葉を飲み込む。それから唇を噛むようにして顔をうつむけた。


 リョウとてわかっていないわけではなかった。今の伊雪は側仕えという存在自体を本能的に拒絶している。一昨日から側仕えとしてつけられていたこの弟は、伊雪に受け入れてもらえず、結局部屋の外で護衛よろしく立っていることしかできなかったのだろう。


 伊雪が新たな側仕えたちに対して何か文句を言うわけではない。むしろ側仕えに対しても挨拶はちゃんとするし、わがままも言わないしで、手のかからないことこの上なかった。

 だが、それでも受け入れられないというのは、伊雪と側仕えが部屋を共にしていると、十分もしないうちに伊雪が嘔吐し始めてしまうからだ。

 何度か側仕えを変えたのち、もしかしたら慣れれば何とかなるのではないかという意見があがり、同じ者を使い続けてみたこともあった。

 だが、結局、それが治まることはなかった。食事はとれなくなるし、体力は消耗し続けるしで、このままでは危険ということになり、断念せざる得なかった。


 ただ、その頃になると、例外的にじいであれば長時間側にいても問題ないということがわかっていたので、今回はこの弟とじいの二人体勢で伊雪の側につくことになった。

 今日はじいがご当主に付いて大内裏にあがっている。ゆえにこの弟が一人で伊雪の側についていたのだが――。


 とにかくそんな事情もあり、弟が廊下に出た理由はリョウにも理解できていた。けれどまだ三日目だ。最初からこうしてしまっていては、このままずっと側に寄れなくなってしまう。伊雪の立場上、側仕えをつけないなどということは論外であるし、ずっとじいに頼りきりでいるわけにもいかないのが現状だった。

 リョウとしては何としてもこの弟に頑張ってもらいたかった。


「どこまで近づける? 背後などの視界の外にいても駄目か? それとも距離さえ取れれば視界に入っていても問題ないか? 見えないところから声をかけるのはどうだ?」

「え、え……?」


 まだ元服前とはいえ、この弟も確か八歳になったはずだ。考えが及ばずともしかたないが、藍賀の者として、人に意見をもらいに行くことくらいはできなくてはならなかった。

 部屋の前に立っているだけなら、藍賀の者である必要などない。それこそ家の使用人たちで十分だった。


「伊雪様がとても大人しい御子であるとはいえ、四歳といえば遊び盛りだ。部屋の外にいて、視界に伊雪様のお姿がない状態で、伊雪様が絶対に安全だと言えるのか? 部屋の中には危険がまったくないと言えるのか?」


 末の弟がはっと顔を上げる。その顔は少し青ざめていて、今にも部屋の中に飛び込みたそうな様子になった。

 それでいい、と思う。そのくらい自らの主を思うことができなければ、行動云々以前に失格だ。


「それは――…もうしわけございません。兄上のおっしゃるとおりです」

「お前が気配や物音に耳を澄ませているだろうことはわかっているが、試せることは全部試しておくべきだ。今回は確かに特殊な状況かもしれないが、でなくとも、側仕えがすんなりと受け入れられるとは限らない。何の努力もなしに側仕えになれると思うな」


 末の弟にとっては厳しい言葉だろう。だが、藍賀家の誇りにかけて、未熟な者を側仕えにさせるわけにはいかなかった。


「最終的な判断は父上が下す。お前はそれまで全力で、死に物狂いで伊雪様にお仕えしなさい」

「はい。しょうちいたしました」


 リョウは弟に見送られながらその場を離れる。意気消沈していた弟は、少しだけ気力を取り戻しており、リョウは密かに胸をなでおろした。


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このときリョウは十三歳。

弟の前でかっこ悪いところは見せられないと必死に背伸びしています(笑)

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