*子育ては難しく


 スイ十歳、慧泉十三歳。伊雪の乳兄弟であるシュンが他界する直前くらいでしょうか。人間らしくなったスイに、新たなる問題点が発見されたようです(?)

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「おかしい。私とリョウが育てて、どうしてこうなってしまったんだろう」


 慧泉はスイを部屋に下げたあと、真顔でリョウに言った。




 それは、ある朝のことだった。

 慧泉がふと思い立ち、可愛い弟ことスイの寝顔を見ようと、早起きをしてこっそりとスイの部屋を訪ねたときのこと。


 眠い目をこすりながらも、わくわくと忍び込んだスイの部屋。けれど、そこはもぬけの殻だった。

 その部屋は、スイの姿がないだけでなく、寝具もきっちりと片づけられ、もともと他に物が置かれていなかったこともあり、閑散としていた。


 まだ夜明け前だ。使用人たちとて下っ端の、水汲みや火熾しを任されている本当の下っ端くらいしか起きていない時刻だ。

 慧泉はスイがいないことにゾッとして、慌ててリョウを起こしにいった。


「うん? 寝具が片づいてるんなら、大丈夫だろ。さらわれたりはしてねぇって」

「そ、そうか。そうだよな、よかった。……でも、スイはどこに行ったんだろう」


 不安で不安で仕方なかった。けれどなんとか主としての体面を守ろうと、冷静な声を絞り出す。

 リョウが一度ピクリと動きを止めて、それからゆっくりと起き上がった。


「ふわぁ。……ああ、もう。わかったよ。探しゃいいんだろ、探しゃ」

「ありがとう、リョウ。じゃあ、私は庭を見てくるから、リョウは屋敷の中を――」

「馬鹿。そんなん主がする仕事じゃねぇだろ。まだ早い時刻だし、部屋で休んでろよ」

「む、無理だ。じっと待ってるなんて」

「はいはい。んじゃ、一緒にな。それこそこんな時刻に慧泉を一人になんてできねぇよ」


 そうして探し回った結果、スイが屋敷の裏手で剣の稽古をしているところを発見した。


「ス……」


 名前を呼ぼうとしたところ、リョウに口を塞がれる。


「リョウ。なんで?」

「いたんだからもういいだろ。こんな時刻にやってるってことは、見られたくないに決まってる」

「なるほど、秘密の特訓というやつだね。じゃあ、私は知らないふりをしてなきゃいけないね」

「そういうこと」


 のちに、他の使用人たちに聞いてわかったのは、どうやらスイはいつも、誰よりも早起きをして、自分の衣服の洗濯を済まし、剣の稽古に励んでいるという事実だった。



 その事実を知ってすぐ、慧泉は行動を開始した。

 確かに剣の稽古も大事だが、それよりもスイの身体の方がもっと大事だ。特に今は成長期。寝れば寝るほど育つ時期だった。


「スイ、一緒にお昼寝をしよう」


 午前の座学の時間が終わるやいなや、慧泉はスイに提案した。


「いけません。本日はまだ先生からいただいた課題が終わっていないではありませんか。お昼寝はそのあとになさってください」

「じゃあスイだけでも……」

「主である慧泉様が一生懸命勉強なさっているときに、側仕えである私に眠れとおっしゃるのですか? そのようなことは私の立場では許されません」

「じゃ、じゃあ……せめて、ゆっくりとくつろいで……」

「何故でしょうか」

「それはもちろん、私たちが家族だからだよ。家族の前ではくつろいでいてほしいと思うだろう?」

「はあ。よくわかりませんが……少なくとも、私と慧泉様の血は繋がっていないかと」

「そうじゃなくてだね……」




 ――などという不毛なやりとりがあったのだ。


 前半の無理をしていそうな日課もそうだが、そのあとのやり取りこそ問題だった。

 正しくて、正しくて、正しい。けれど、杓子定規で融通が利かない。

 どうして一日の大半を共に過ごしている慧泉やリョウを身内と認識できないのだろうか。こんなにも愛情を注いでいるというのに、主たる慧泉の言葉さえ迷うことなく一刀両断する残酷さに、慧泉は大きなショックを受けていた。


 どこで育て方を間違えたのだろうと慧泉は本気で悩む。


「いや、あれはおれらのせいじゃねぇって。もともとああいう性格だったんだろ。真面目で頑固で融通が利かねぇ」


 リョウの言うとおりかもしれない。けれどそれを認めたくなくて、思いつくままに反論する。


「んー、もしかしたら反面教師って可能性も」

「誰のだよ」

「リョウしかいないでしょ」

「ひでぇな。慧泉のその性格がばれてたんじゃねぇの?」

「あんなキラキラした目で見てくるのに?」

「う……」


 そう、こういうやり取りだ。スイともこういうやり取りをしたいのに、できない。それが寂しかった。


「とにかく何とかして、私たちとスイは家族だってわからせないとね。このままだと心配だよ。いつかどこかで大きな間違いをおかしてしまいそうで」

「だな。同感だ。――で、まずどうする?」

「そうだね……まずは、一緒に食事をするようにしよう」

「了解。じゃあ、おやつもだな」

「だね」


 こうして本人の知らぬところで、スイの新たなる教育方針が決定した。


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子どもたちによる子育てのお話。屋敷の大人たちは微笑ましく見ていました。

ちなみにスイは最初、使用人たちから気味悪がられていたのでずっと一人部屋。

逆に年上のリョウが他の使用人たちと相部屋でした。

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