*手綱を握るのは


「二、側仕えは主に傾倒する(2)」で、リョウと言い合いしたスイが倒れた後の、弟君主従のやり取りです。

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 伊雪が自室で教師に出された課題をしていると、側仕えのリョウが戻ってきた。

 けれど、リョウはどこかそわそわと落ち着きなく、部屋を片付けるふうを装ってうろうろとしていた。

 こんなわかりやすい態度を取られれば嫌でもわかる。リョウがこういった様子を見せるのは大概いつも同じ理由からだった。

 伊雪は静かに筆を置いた。


「リョウ」


 名前を呼ぶとリョウは、バタバタと音を立ててやってきて、慌ただしく机の横に正座する。


「お、おう、なんだ。休憩にするか?」


 座ってなお、リョウはそわそわしていた。視線があちこちと落ち着きなく動く。

 伊雪はそんなリョウに対し、にっこりと笑みを向けた。


「今日は何を言ってしまったの?」

「え!? い、いや、俺は……」

「リョーウ」


 窘めるよう強く呼べば、リョウが大きく肩を落とす。


「だ、だって、あいつ、わからず屋で」

「倒れてしまった?」

「いや……ただ慧泉に言われて部屋で休んでる」


 倒れずに済んだのならまだいいほうだろう。それにしても、どうしてこう何度も同じ過ちを犯すのか。伊雪は呆れを通り越して憐みを覚えた。


「兄上は来客中だっけ?」

「あぁ。民俗学の先生がいらしてて、お話されてる」

「じゃあ、先生がお帰りになったら兄上をお訪ねしよう。それなら、スイが戻ってきたらすぐにわかるでしょう?」


 リョウがそわそわと落ち着きなくしている原因。それがスイを心配していてもたってもいられないからだということに、伊雪はもうずっと前から気づいていた。

 本当はすぐにでもスイの部屋に行き、面倒を見てやりたいと思っているくせに、喧嘩別れしてしまったことを引きずって、二の足を踏んでいるのだ。見ていてじれったいほど、拗らせていた。


「――使用人に、先生がお帰りになったら知らせるよう伝えてくる」

「はいはい。いってらっしゃい」


 すっと機敏に立ち上がったリョウを、伊雪は苦笑して見送った。


 スイが絡むとリョウは一気に子どもっぽくなる。それは側仕えとしてどうなんだろうかと思うこともあるけれど、伊雪の知っているリョウはそんなリョウでしかないので、結局、いつもまあいいかで終わらせてしまっていた。


「まあ、それはいいんだけどね。いいから早く仲直りしてくれないかな……」


 事あるごとに落ち着きを失うリョウを、ちょっとだけ面倒と思う伊雪だった。



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ちなみに立場の強さは、 側仕え > 使用人 です(この作品の設定では)。

メイドというより侍女。侍女というよりコンパニオン。みたいなイメージです。

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