ある日の彼らの会話(本編終了直後)
*主と側仕えの出会いのその後
「三、主と側仕えはこうして出会った(3)」のころを思い出して、語り合う慧泉とリョウのやり取りです。
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「なんか、すっげーいい思い出みたいになってるのがむかつく」
スイが部屋を出るのと同時に、リョウが不満を漏らす。
それはある昼下がりのこと。揺岩の修繕から無事に戻ってきた慧泉を前に、和解を兼ねて昔話をしていた。
その中でスイが語ったのは十一年前の慧泉との出会い。それはもう、スイにしては珍しいほどに、熱くそのときの想いを語っていた。
子どもの時分のことであるから、普通に考えれば微笑ましいで済む話だ。けれど、どうやらリョウはそれでは済まなかったようだった。
「どうしたの、リョウ」
「どうしたのじゃねーよ。俺にとっては最悪の一日だったってのに。あのあと何があったか、慧泉は知ってんだろ。あんときは俺、本気で二人を殺してえと思ったんだぞ」
慧泉とスイが出会ったその日、リョウは一人、現場にいなかった。ぴったりとついて来るリョウに辟易した慧泉が、用を言いつけるふりをして別の場所に追い払っていたのだ。
そんな中、あの流血事件が起こった。本来であれば次期当主と目されたいた慧泉が血に触れるなどもってのほかで、もし側にリョウがいたのであれば、慧泉といえどもリョウに手当てを命じていただろう。屋敷の使用人以上に主の望みを汲むのが側仕えであるから、使用人たちのように嫌な顔をすることもない。
けれど、実際には側にリョウはいなかった。ゆえに慧泉は自らの手を血のケガレに触れさせてまでもスイに駆け寄ったのだ。
リョウがいなかったから、慧泉が自ら手当てに乗り出した、ということは、当然あの場に顔を見せた藍賀家の当主――リョウの父にはお見通しで、それゆえに、リョウはこっぴどく叱られることになったのだという。もとより厳しいことで有名な人物。生半可な叱られ方でなかっただろうことは慧泉にも容易に想像がついた。
「なんでお側にいないんだ、お前のせいで慧泉様がケガレに触れられた、防げない貴様に存在価値はない、一遍死んで来いとかとか……」
「あー、うん。悪かったとは思ってるよ」
「当時はかけらも思ってなかったくせに。あまつさえ――」
リョウは苦虫噛み潰した顔をする。確かにあのころは慧泉も色々と拗らせていたので、リョウの言葉は事実だったが。
「親父に、スイの教育は自分でしたいからすぐに寄越してくれって伝えろだぁ? 散々未熟で存在価値ないとまで言われた俺に、自分たちで教育しますと言ってこいって? そのせいで、あの後どんだけ厳しい訓練が待っていたか」
主に側仕えの面倒をみさせるなどもってのほかで、慧泉が手元に置くといったのなら、その面倒をみるのはリョウの役目となる。だが、リョウは先の事件により、父親の信頼を大きく損なっていた。
そんな未熟なリョウに任せられるわけない、けれど、主の望みを拒否するわけにもいかない――そんな葛藤がなされた結果、少しでも未熟さを改善させようと、リョウには地獄のような特訓が課せられたのだ。
丸一週間。慧泉の側にはじいがついていて、リョウの姿は一度たりとも目にすることがなかった。
その期間、スイはというと、飛石の家であれこれと教育がなされていたらしい。これまでの生活が生活だっただけに、側仕え以前に最低限の常識だけは、と仕込まれていたらしい。でもって本来であれば、そのあとに藍賀家で側仕えとしての教育を受けなくてはならなかったのだが、慧泉が口を挟んだためにそれはなくなった。
ともあれ、一週間後、めでたくスイは慧泉の側仕えになったのだ。
「そんだけ苦労して取ってきた許可なのに、出会った瞬間、スイは慧泉しか見てねぇんだぜ。慧泉もこっち見やしねぇし。ホントに何度刺そうかと思ったことか」
「そんな物騒な気配出してたからじゃ……」
「誰のせいだと思ってやがる!」
リョウは本日も遺憾なく短気を発揮した。
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