*子はかすがい、ということは


時系列的に前の話と続いてる感じです。慧泉とリョウの思い出話。

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「でもまぁ、そのおかげで私たちの関係も変わったわけだし」


 そのおかげ、つまりスイが側仕えになったおかげでと慧泉が言えば、リョウは何とも言い難い微妙な表情を浮かべる。


「スイが来るまでのリョウは本当に他人だったよね。頭でっかちで堅苦しくて、この子はかしこまりましたしか言えないのかなって思ってた」

「スイが来るまでの慧泉もな。ずっとこいつは使用人も側仕えも人間だってことに気づいてねーんじゃないかって疑ってた」


 ああいえばこういう。当時を思えば決して考えられなかった気さくなやり取りだと慧泉は思う。

 だからこそ、スイの存在の大きさを痛感させられる。


「それは、まぁ、ね。周りから次の帝だから使用人なんぞ云々って聞かされてればそうもなるよ」

「その云々っつー扱いされてたんだから、俺の態度がそうなるのだって当然だろ? 自分のことを物だと思ってるやつの心に踏み込めるかよ」

「……それでも私の乳兄弟かい?」

「よくいう。そっちこそ俺が乳兄弟だってこと忘れてたくせに」


 それでも、一緒にいることに疑問は抱かなかった――なんて言葉はリョウには伝えない。

 冷めた関係ではあったけれど、やはりリョウの立ち位置は他の人とは一線を画していた。


「で結局、おべっか使いに嫌気がさして、やさぐれた」

「先程のリョウの言葉を返そうか。あのような扱いをされたら、やさぐれるのも当然だろう? みんな自分のことしか考えてないというのに、私をおだてて都合よく動かそうとするのだから」

「それがわかるから不思議なんだよ。なんで、スイに主になってくれって言われたとき、二心を疑わずにいられたんだ? 帝の側近になりたくて近づいてきたやつだったかもかもしれないだろ?」

「……あんなキラキラした目で言われて疑えると思う?」


 他に言いようがなかった。慧泉自身、スイに対して疑ってかかることすらしなかったという事実に気づいたのは、かなりたってからのことだ。そしてそのころになると、理由を探そうにも、もはや後付けにしかならず、答えは見つからなかった。


「まぁ……無理だな」


 苦虫を噛み潰したような表情でリョウは答えた。

 リョウの目にもキラキラしているように映っていたのだと思うとおかしくなった。


「笑うな」

「笑ってないよ、まだ」

「ちっ」

「舌打ちすると、スイに叱られてしまうよ」

「ああ、もう! うるせぇ!」


 最初から、出会った瞬間から慧泉も、リョウも、スイの虜だったのだ。どこ見ているかわからない瞳が自分たちを捉えた瞬間、きれいに輝く。その瞬間の心が沸き立つような感覚は今なお忘れられない。

 スイには申し訳ないけれど、その真っ直ぐな瞳が、慧泉にはどうしても必要なものだった。


「ふふっ。私は本当にスイに会えてよかったと思ってるよ。私の周りに心のこもった……というか、本音を言ってくれるような人間はいなかったからね。あの時は本当に感動したんだよ。たぶん、スイが思ってるよりずっとね」

「はいはい」

「ひどい反応だね。リョウだって救われただろうに。そう、それこそリョウは一時期のスイみたいに、絶対に本心言わなかったしね」


 リョウが伊雪の側仕えになった頃、スイはそれこそ物みたいな側仕えになってしまった。それはスイに出会う前のリョウのようで、慧泉は自分の感情を持て余しつつも、大きな過ちをしてしまったと悟らざるを得なかった。


「――慧泉が、俺に物としてじゃなく人として、最初に口を聞いたのもスイのことだったよな」

「そうだね。というか、私たちスイの話しかしてなかったしね」


 それでどうしてスイが、慧泉とリョウが心から信頼し合う主従だと思ったのか、慧泉は不思議でならない。


「にしても、ひでーと思わねぇ? 第一声が側仕えの子ってどうやって育てればいいの? だぜ」

「私だって必死だったんだよ。預かったからには主としてきちんとした側仕えにしてあげなきゃって思ってたしね」

「俺には目もかけなかったくせに」

「やきもち?」

「馬鹿言うんじゃねぇ。取られて焼くほど親しくなかっただろ、俺ら。むしろ呆れて見てたっつーの」

「でもまぁ、スイのおかげで私たちも理解し合えたんだよね。これはあれかな? スイの存在は――子はかすがいってやつかな?」

「っていうとなんだ? 俺とお前が夫婦だとでもいうのか?」


 リョウが心底嫌そうに顔をしかめて言う。

 そこまで嫌そうにしなくてもいいだろうに、と慧泉は思った。スイに関しては、慧泉とリョウの二人三脚でやってきたことに間違いはない。


「あー、そうなってしまうね。じゃあ、姫役をリョウに譲ってあげるよ」

「ざけんな。どう考えたって似合うのはてめぇのほうだろうが」

「さすがに、てめぇはいただけないな、リョウ。でもほら、考えてごらん。私が姫役をするのは色々と問題だと思うんだ」

「どこが? 普通に姫装束を纏っても似合うと思うぞ」

「だからだよ。間違いが起こったら困るからね」

「は? 間違い……!?」


 途端にぶわっとリョウの顔が赤くなった。そう、慧泉は女人の恰好をすると人並以上の美人になるのだ。それは実はすでに屋敷の女性たちの手によって試されていて、リョウもその姿を目にしていた。


「ふふっ、思い出してしまったみたいだね。ほら、困るだろう?」

「慧泉、貴様! そのからかい方は、たち悪りぃぞ!」


 言って、リョウは脱兎のごとく部屋を飛び出す。

 真っ赤になった顔を見られたくないんだろうなー、と思いながら慧泉が見送っていると、そんなリョウと入れ違うようにスイが戻ってきた。


「慧泉様。今、リョウが顔を真っ赤にして出て行ったようですが……何かございましたか?」

「あぁ、うん。ちょっと面白いことがね」


 それから丸二日。リョウが慧泉の前に姿を見せることはなかった。

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