**主の弟君は優秀で大人びている(3)

          *



「それで、本日の先生のお話はいかがでしたか」


 直前までの物思いを気取らせぬようにさりげなく話かける。だが、すぐに反応がないことを怪訝けげんに思い顔を上げれば、主が物言いたげな目で私を見ていた。


「どうかなさい――」

「うん。有意義な時間だったよ」


 主はさっと表情を取り繕い、何事もなかったというように話を繋いだ。


「成果が上がったらスイにも教えてあげるね」

「はい」

「そう、あの先生、ずっと来るの渋っていたけれど、帰る頃にはまた来たいとおっしゃっていただけてね――」


 先程とは打って変わって明るい表情で主はお話になられていた。その表情からは、主がなさっている勉学、研究の進みが順調であることが窺え、私も嬉しくなって顔をほころばせる。


 多くの者がそうであるよう、主もまた午前に出仕し、帝のお側で政務に携わり、そして午後は屋敷で教養を高めている。特に力を入れているのが学問で、こうして時々先生方をお招きして教えを乞うたり、意見を伺ったりして過ごされていた。

 どうやら何かの研究をされているようなのだが、私にはその内容は知らされていない。そんな私にできることは、ただ主が自らの研究に打ち込めるよう、周囲の雑事を片付けることのみだ。


「またどなたか先生をお呼びいたしますか?」

「あー、うん。今はいいかな? もしかしたら、湧煌帝が有識者を集めて議論する場を設けてくださるかもしれないから」

「今上帝が?」


 私は驚きに目を見張る。それはとんでもなく名誉なことだった。

 主は従弟といえども皇族ではない。臣下の身では目通りすら難しいというのに、主の研究のために、帝直々に場を設けるとなれば、誰もが主に目を向けるようになるだろう。口さがない者たちの噂など一瞬で払拭ふっしょくできるというものだ。


「では、いつお声がかかっても大丈夫なよう、早速準備いたしましょう」

「気が早いよ、スイ。まだ話が出ただけで決定はしてないんだから」

「そういうお話が出るだけでもすごいことにございます」


 私が興奮気味にそういうと、珍しく主がはにかんだ。主のこの表情は好きだ。とても主らしいと思う。


「ですから準備いたしましょう。決まってからでは間に合わないかもしれないではありませんか」

「一体何をしようとしているのかな、私の側仕えは。私はどこぞの姫君ではないんだけどね」


 どこぞの姫君よりよほどお美しい主が何をおっしゃる――というのはさておき、衣を新調するにはいい機会だった。新年に合わせて新調して以来であるから折もよい。研究の成果が出そうだというのなら、帝のお話がなくなったとしても無駄にはならないだろう。


「すぐに手配いたしますから、ご期待ください」

「う、うん。任せるよ。……そうだ、次はスイにも手伝ってもらおうかな」

「はい! 何なりとお申しつけください。もし事前に目を通しておいたほうがいい書物などございましたら――」

「あ、そういうのは大丈夫」


 主はあっさりと私の申し出を退けた。途端に気持ちがしぼむ。

 少し調子に乗りすぎてしまったのかもしれない。主がこう答えることはわかっていたはずだった。昔は何でも一緒にやろうと誘ってくれていた主だが、それはリョウがいたからだ。


 リョウが主の側仕えをやめてからおよそ七年。今も私はこうして痛感させられる。私では決してリョウの代わりにはなれないのだと。


 リョウは――主の心を持って行ってしまった。


 だからこそ、私は今でもリョウが許せない。あれほど主の信用を得ておきながら、簡単に弟君へと乗り換えたリョウ。とても正気の沙汰とは思えなかった。

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