**主と側仕えはこうして出会った(2)
*
私が八歳になったその年。転機は訪れた。
きっかけがなんであったかは覚えていないが、その年、初めて私の視覚異常が明らかになった。私の見ている景色が、他の人が見ている景色と違うらしいということに父が気づき、医者を呼んだのだ。
医者は極端に口数の少ない私にも根気強く話しかけ、私が見ている景色を細部に至るまで聞き出していった。
「ふむ。どうやら旦那様がおっしゃったように、視覚に異常が見られるようですな。初めての症例ではありますが、おそらく生まれつきのものかと存じます」
医者の診断結果に父は落胆したようだった。医者が説明を続ける間もただただ頷くばかりで、普段の威勢のよさは完全に失われていた。
「我々には一つにしか見えない物体が、少しずれていたり、違った形となって、重なって見えているというのは確かでしょう。ご子息と視線が合わないことや、焦点が合っていないように見えることからも、間違いないかと存じます」
そして一通りの説明が終わったところで、父が一言だけ発する。
「――治らぬのか?」
「日々欠かさず
医者は淡々とした様子でそう答えた。
それはお手上げだと言っているに他ならなかったが、私はむしろ説明された内容のほうに気を取られていて気づかなかった。
医者の説明は私にとって、目から鱗が落ちるようなものだった。
――我々には一つにしか見えない物体が。
その一言が耳にこびりついたかのように離れない。以前から他の人が私のような失敗をしないことには気づいていたが、まさか他の人たちの目には、この重なりが見えていないなどとは考えたこともなかった。
私が普段見ているのは重なりのある世界。二重、三重にぶれて見える物体は、触れようとした時、必ずしもそこに実体があるとは限らなかった。
だから私は、その見えている輪郭通りの場所にその物体の輪郭があった時、その見えているものを「アタリ」と呼び、逆に、そこに何もなかった、もしくは、輪郭じゃない場所に触れてしまった時、それを「ハズレ」と呼んだ。
その「ハズレ」が他の人たちの目には映っていないのだという。常に「アタリ」しか見えていないのだから、私のように物を受け取り損ねて落としたり、ぶつかって御膳を倒してしまったりという失敗はするわけがなかった。
これは大きな発見だった。だが、だからといって問題は解決しなかった。
他の人たちと視覚が違うとわかったからといって、私のそういった失敗がなくなるわけではないのだ。私が家の人々に迷惑をかけ続けることには変わりなかった。
ともあれ、現状を理解した父は、本家――つまりリョウの父親の元に相談に行ったらしかった。
それと前後して、飛石の家の中で一悶着あったらしいが、部屋に閉じこもっていた私は知らない。強いていうなら、なんとなく自分の周囲が静かになったような気がしたくらいだ。
それからしばらくして私は慧泉様と出会う。それは夏も近づく、日差しの強い日のことだった。
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