有益なる存在たらしめるための穏健なる――
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有益なる存在たらしめるための穏健なる
――が出荷されてから、待ちに待ったこの日が来た。真ん中の机に置かれた銀色の容器は、昔から使用されている馴染み深いものだ。取っ手や底の無数のかすり傷が、遍歴を語っている。
この日の為に何度も説明をしたというのに、生徒たちはざわついている。聞き取れるほどの、力のある声で会話する者はなく、ささやき声が教室に満ちていた。
「静かに!」
そう注意されることは日常であるにも関わらず、不意に肩を叩かれたような驚きと不安の目線がこちらに刺さる。慣れていないのだから仕方ないのかもしれないが、これはれっきとした授業なのだ。教育なのだ。人として、この時代を生きる者として学ばなければならない。
「じゃあ、開くぞ」
蓋を開けようと手を伸ばすと、女子の一瞬の悲鳴が教室に響いた。容器を囲むように座っている生徒は目を背けている。
「お前らなぁ。――が可哀想だと思わないのか? ……だったら、ちゃんと向き合うのが大事なんじゃないのか」
反論は許されない。それが正しいからだ。全員がこちらを見るまで数分待った。
開けた。もう何も待たずに。予想に反して今度は悲鳴が無く、沈黙だけだった。
広がる、温かい脂の香り。
蓋の下には、調理済みの――があった。食べやすい大きさに切り分けられている。いや、それは確かに――なのだけれども、こうなっては判別がつかない。照り輝くただの肉料理だ。原型をある程度、留めた姿で来ると思っていたので、いささか拍子抜けする。これも時代の流れなのか。しかしショックが少なくて良いのかもしれない。
生徒らをみると泣いている生徒はおらず、みな今にも涎を垂らしそうなほどに欲した顔をしていた。これもまた今の子なのかと戸惑う。しかし、それを悟る生徒はいないようで、各々に配られる瞬間を今か今かと、目を輝かせている。
米か、せめてパンがあれば、もっと良かったと後悔した。
配り終えましたね。はい。じゃあ皆さん。目の前の美味しそうな……そこ、まだ食べてはだめです。一緒に学んだ――さんです。そうです、間違いなく、――さんです。これから食べますが、ただ美味しいかったと、感想文に書くのは駄目ですよ。何故この授業をしたのかわかっていますよね。そうです。命の大切さを皆さんにわかってもらうためです。皆さんと――さんの違いってなんでしょう。同じ人間ですよね。それなのにどうして皆さんは食べて、――さんは食べられているのでしょう。わかりますか。…………はい、そうですね。知能が低いからです。知能の高さは生物の尊厳そのものです。我々がクジラや犬や猫を食べないのは知能が高いからです。ですが、――さんは人として必要な最低限度の知能がありませんでした。豚や牛と同じです。皆さんは成績が良いですが、――さんはあまり良くありませんでした。そして去年の試験に不合格になってしまったのです。可哀想ですか。そうでしょうか。先生はそう思いません。いつも皆さんに言っていますが、努力すれば成績はあがります。知能は向上します。そうでしょう。そうやって皆さんは頑張っているのですから。それが――には足りなかっただけです。そのままでは――に価値はありませんでした。でも今回皆さんの学習に役立てることになったんですよ。これは素晴らしいことです。豚や牛と同じですね。だから皆さんも敬意をもって――を食べてくださいね。美味しく残さず食べることで――もきっと喜ぶでしょう。
いただきます。
ごちそうさまでした。
はい。私が担任ですが……。どのようなご用件で?
はい? 何故ですか? 違法な行為は一切してません。規則に則り、不合格者を……。
え、添削システムの不具合……ですか。そうなると、――は、いえ、――さんは……。
ああ。全国各地で……。そうですか。責任は企業に……なるほど。今回は任意なのですね。
すみません。早とちりをしてしまい。最近でもたまにいるんですよ。こういった食育に反対する過激な方が。
しかし――さんは、可哀想ですね。良い子だったのに。これでは殺人だ。人のやる事ではない。あの企業の責任は徹底的に追求するべきですよ。
……ああ、吐き気がしてきました。気持ちが悪いです。救急車を呼んでいただいても良いですか?
なにせ人を食べてしまったものですから。
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