第5話

 幽霊になった少女の家は、誰にも省みられることのないまま静かに朽ちていった。あるとき一人の宿無しが入り込んできたが、少女の死骸を見て逃げてしまった。


 やがて嵐の日に、古い小さな家は倒壊した。少女の骨も、金貨も、瓦礫の下に埋もれて見えなくなった。


 戦争が起きて、町では多くの家が焼かれ、生き残った人たちは国境を越えて逃げてしまった。町は廃墟と化した。


 天使たちが群をなして舞い降りて、大勢の死者を連れ去った。


 その中にいた二人連れの天使が、幽霊となってさまよっている少女に目を留めた。

 一人が連れのそでを引っ張って話しかけ、もう一人は首を振った。


 彼らはしばらく何か議論していた。

 そのうちに一方の天使は肩をすくめて背を向けた。


 もう一人はふわふわと近づいてきて、笑顔で少女に頷きかけたかと思うと、まばゆい白金色の翼で彼女にさわった。


 次の瞬間、少女は冷たい床の上で震えながら目を覚ました。

 まるで時計が一気に巻き戻されたかのように、倒れてからほんの数分しか経っていない。しばらくの間失神していただけだったのだ。


 彼女は立ち上がり、エプロンをはたいて服のしわをのばした。

 すっかり生まれ変わった気分だった。

 天使が二度目の命をくれたのだという気がした。


(ああ、あたしはもう何も求めない。誰にも恋しない。心を金庫に入れて鍵をかけてしまおう。お金はすべて寄付して、やっぱり尼さんになるのがいいかもしれない)


 彼女は数枚の金貨をハンカチに包んで町へ出かけた。


(そう、これは修道院へ行く前のささやかな慈善事業よ。特別な感情をもったりしない)


                *


 とある家の裏口の階段に、一人の少年が腰掛けて、暗い表情で何事か考え込んでいた。


 彼がふと目を上げると、貧しい身なりの少女が立っていた。彼女は警戒するように距離をとり、カメオのように白い横顔を向けたまま彼を流し見ていた。


「弟さんの薬代が欲しいんでしょう?」


「きみは誰だ? おれを知っているのか?」


「人生を危険にさらしたりしないで。あなたならどこへでも行けるし、どんなことでもできる」


「人の運命はそう簡単に変えられるものじゃない」


「そうかしら?」


 少女はハンカチの包みを少年の手に押し込み、そのまま立ち去った。


 少年はハンカチを開いて中身を確認すると、跳び上がって走りだし、少女を追いかけた。あれこそ救いの妖精、それとも変装したどこぞの令嬢だろうか。


 彼は通りで少女に追いつくと――まったく悪気なく、彼の育った界隈での流儀に従い――ぎゅっと抱きしめ、熱烈な感謝の接吻をした。


 少女の細い体は驚愕にぶるぶる震え、脳内ではあらゆる感情と連想の波が堰を切った。そして彼女の心臓は、この過剰な負荷に耐えかねて永久に鼓動を止めたのだった。

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死んだ少女と廃屋の金貨 みるくジェイク @MilkJake

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