恋に恋する神様に

@hokke_61

恋に恋する神様に

 恋に恋する女の子は、周りの女の子の役目。私はキャラじゃないし興味もない。周りがそういう話を始めた頃からずっと、そういうスタンスだった。

 そう、あの日も恋多き親友――望月咲の一目惚れに付き合い、いつもは降りない駅で降りたのだ。

「ここで待つの?」

「そう! そろそろ来るはずだから!」

 調べてあるよ! と自慢げに言う咲の言葉に、すっか呆れてしまう。そんなもの、簡単に調べられるもんですかね……?

 ま、どうでもいいか。私は付き添いなんだし、そろそろ後ろの方に隠れて――そう思った時だった。

「あ、ほら来た!」

 咲のその一言と同時に、一目惚れの相手らしき男の子の周囲がパッと輝いた。

「あ――」

 なんか変? そう言いかけた瞬間、男の子の胸に金色の矢が刺さっていた。

「っ!?」

 そのまま男の子は倒れ――なかった。傾きもしなかった。痛みに耐えるような素振りも。それどころか、矢に気付いた様子も無かった。

 しかも、飛んできた矢はほろほろと輝きながら消失してしまう。

 ――一体何なんだ、あれは。

 目の前で起きた、理解のできない不可思議な現象に、思わず男の子の胸をじっと見つめてしまう。

「あ、」

 目が合ってしまった。

「あ、あの!」

 咲が男の子に話しかける。それを合図に、できるだ自然に私はその場を立ち去る。ちょっとぎこちなかったかもしれないが……そうして振り向いた瞬間――とんでもないものが目に入った。

「は!?」

 思わず声が出た。なにあれ、なにあれ!

 空に人が――浮いてる。しかも、弓を構えて、しかも、私を狙ってる……?

 ばっちり宙に浮かぶ人と目が合った。更に同時に矢も飛んできた。

「うっわ! あぶな!」

 咄嗟にカバンを盾にして矢を避ける。

 綺麗に突き刺さったはずの矢は、カバンに傷ひとつ付ける事無く、さっきのようにほろほろと崩れてしまった。

「詩織?」

 流石に一人でカバンを盾にしたり、声を出したりと変な行動を怪しんだのか、親友が心配そうにのぞき込んできた。

「ああ、ごめん。ちょっとハチが飛んできて……じゃーね!また明日!」

 適当に言い訳を並べて、足早にその場を去る。早くこの場から逃げなければ。

 その後の逃走は、自分でも驚くほどに迅速かつ丁寧だった。

 さっさと電車に乗り、とんでもないストーカーというオチも考慮に入れて、最寄りのふたつ手前で降りた。更に、何かに憑かれたのなら、不用意に家に入れるべきじゃない! と思い立って適当に塩を購入し、かなり遠回りをして家路についた。

「はぁ……疲れた」

 パパッと玄関と自分に塩を撒いて、自分の部屋へ引き籠る。『ごめんね』と先に帰った事をラインで謝り、スマホを放り投げてベットの上にダイブした。

「はぁ……」

 なんかヤバイもの見ちゃったかな。一人になって急に冷静になり、底知れぬ恐怖を感じ始めたその時。目の前が――いや、天井付近が、光り始めた。

「な――」

「俺の名前はクピードー! お前もよーく知ってるキューピット様だ」

 なに、という時間も与えられないまま。怒涛の自己紹介を受けた私は、その場に固まって動けなかった。

――そう、これがあの有名な『キューピット』だと自称するナニカと出会った日の事だ。


「なぁなぁ、周りにいい感じの恋に恋しちゃってる系女の子いない?」

 咲の一目惚れの男の子に会いに行ってから(付き添いだが)、私は毎日のように変な『モノ』に絡まれている。

「いません」

「絶対いるだろ! 高校生だぞ!」

 浮ついた話の一つや二つ知ってるだろ! と逆ギレし始めたヒゲ面のオッサン――もとい、『自称』キューピット。今日もふわふわと浮かびながら、弓を携えてカップル候補を探しているらしい。

「あんたキューピットだろ! 自分で探してきなよ!」

 ええいうるさい! と後ろを向いて抗議するも、道行く人は私の方を奇人を見るような目で見てくる。どうやらコイツの事は、普通見えないらしい。

 咲の付き添いで出会った、自称キューピット野郎は自分の名をフランツだと言った。

 しかし、私の考えているキューピット像からはとんでもない位にかけ離れている。確かに色々な漫画やモチーフとして見てきたキューピットのように羽は生えているが、ヒゲは生えているし、よく行くフランチャイズのあのお店に飾ってある絵画のような幼児じゃない。見る人が見れば立派な好青年……という感じだが、私個人の感覚から言えばあのヒゲ、老けて見える。

 そういう訳で、どうやら自分の事が見えるのが珍しいらしいキューピット、フランツは何かと絡んでくるようになった。

「だから学校までついてこないで……って、あれ」

 しかし。学校の友達とか、その辺りの浮ついた話を教えろ! と絡んでくる割には、学校に着く前にどこかへ消えてしまう。私自身が恋愛に興味が無いので、学校に連れてきてしまっても紹介できる相手はいないのだが。

「詩織?」

 うーん、と背後を気にしつつ歩いていたせいで、待っていてくれた咲に全く気付かなかった。

「わ、わー!」

「キャーちょっと何やってんの! 大丈夫?」

 背後から声を掛けられ、すっかり後ろ方面は油断していた私は、そのままつんのめって尻もちをついた。

「うあー、びっくりした」

「もー、最近変だよ? うわ、泥だらけ」

 転んだ拍子についた手は、丁度花壇の中へドボン。幸い、植えてあった花には被害が無かったか、手はどろどろだった。

「うわー…ハンカチ、ハンカチ……あれ」

 ハンカチがない。いつも使わないから、カバンに入れっぱなしにしていたはず……

「はい、ハンカチ」

「あ、ありがとー」

 ハンカチどうしたっけ? と首を傾げつつもハンカチを受け取り、泥を払う。

 入れっぱなしの……はずだったんだけどな?

 フランツに射抜かれた男の子に一目惚れした咲は、一応初対面で色々とアタックを掛けてみたらしいのだが……どうやら鉄壁の守りを誇っていたらしく撃沈したらしい。

 私としてはもう少しこう……キッカケ作り? をするのがセオリーじゃないのかなんて思うが、咲曰く『キッカケなんてぬるい。時代はアタックなのだ!』らしい。

 失恋のショックもなし。これはある意味最強なんじゃないか? と思う今日この頃だ。

「さ、今日は帰りにあの駅でパフェ食べよ!」

 この時は思っても居なかったのだ。パフェを食べに行ったせいであんな、怖い目に遭ってしまうとは。


「うーん、うま! イチゴうま! クリームも!」

「あー、いいな。私のバナナと交換しよ」

 最近できた、パフェが売りのカフェ。本当はあの日、あの男の子と接触した後に来ようと約束していたのだが、あんな事があって勝手に帰ってしまい、そこからずっと行く機会が無かったのだ。

「んーおいし。これチョコもいつものべったりな甘さじゃなくていいね!生クリームも軽めで食べやすいし」

「あはは。やっぱ詩織は色気より食い気だねぇ」

 二人でパフェを半分こして今日は帰宅、というところで意外な人物に出会った。

「あ、柏木くんだ」

「は?」

 店を出ると、誰かを待っているような男の子が立っていた。

「ほらあの、この前の一目惚れの相手」

「はぁ……」

 そんなサラっと……というか、名前まではゲットしてたのか。一体どれだけ押したんだ咲。

 恋する女というものはすごいなぁ、と他人事のように考えていると(実際他人の考えなのだが)その、柏木くんとやらはこちらに気付いてにっこりと笑って手を振ってきた。

「……」

 明らかにこちらへ向けられている仕草に、こちらもつられてひらひら。あれ、なんかこっちに――

「こんにちは。ぐ、偶然だね」

「はぁ……」

 偶然…なのか? 思いっきり待ってなかった?

「この前二宮さんと話した時に一緒に居たのって君だよね? なんだかハチに襲われていたみたいだったから気になってたんだ」

「は、はぁ……襲われてた訳じゃない、です」

 襲われてたのはあなたの方ですよ……とは言えないか。

 ――いや、襲われてはいないのか? なんか恋の矢を……こう、びゅん、と撃ち込まれてて……あれ。

 この――柏木さん? くん? に撃ち込んだ後に私が目標だった。ということは……?

「そっか……えっと――良かったら、これ」

 嫌な予感で固まる私に、そっと一枚の折り畳まれた紙を持たせた彼。これはもしかすると……

「じゃ、じゃあそれだけだから!」

 そこで耐え切れなくなったのか、柏木くんとやらは紙だけ置いてさっさと行ってしまった。

「……」

 私の乏しい恋愛レベルでも、これが何なのかわかる。わかりたくないけどわかる。

「……詩織――っ!」

 呆然と持たされた紙を見つめていると、何故か感極まった咲が抱き付いてきた。

「やったね! 詩織にも春が来たぞ!」

 気があるレベルじゃないよそれ――! と一人でテンションの上がっている咲とは反対に、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる私。

 ――あの矢、私が見えてなかったらこんな回りくどい感じでアタックしなくてもくっついてたのかな。

 そう思うと、何だかあのキューピットが全てを決めているような気がして、少し悲しくなった。


「は? 元に戻したぁ?」

 その日、混乱してるからと咲と遊ぶ約束を断わって家へ直行した私は、フランツを問いただした。

 しかし、帰ってきたのは『元に戻したけど?』の一言。貰った紙にはしっかりと連絡先と『柏木 いつき』とフルネームが書いてあって。しかしこのキューピット曰く戻した、と。

「……どういう事よ」

「どういう事って言われてもなぁ」

 部屋に座らされたフランツは、頭を掻きながらキューピットの裏事情を話し出した。

 ――キューピットって言ってもな、全部の恋愛を引き起こす訳じゃないんだよ。

 キューピットとは元々ギリシア神話から生まれた神のひとつで、日本にも同じような神様――縁結びをしてくれる神様がいる。その神様もカップルを作るので、実質分業というか……まぁ、簡単に言えばライバル企業という事。

 日本の神が縁を結んで起きた恋と、キューピットが気まぐれに起こす恋。その二種類が、この日本で起きている恋の『演出監督さん』らしい。

「はぁ……」

 正直そんな事を言われても……という感じだ。元々恋愛には興味が無かったが、こんな誰かが作ったみたいな恋は、恋というのだろうか。一応演出だけとは言うものの……何だかそれはそれで恋愛が嫌になりそうだ。

「っつー訳で、もしかするとこっちの神様が引き合わせてくれた縁ってやつかもしれないし、俺の獲物だったあいつを誰かがまた射抜いてくれちゃったか……もしくは、人間のカンってやつ?」

 そんな無責任な。

 うーん、と部屋の真ん中で胡坐をかいて難しい顔をするフランツ。そういう顔は私が一番したいんですが。

「……」

 不意に、彼は立ち上がって窓の外をじっと見つめ始めた。

「……ど、どしたの」

「――いや」

 その表情はいつになく真剣で、初めて好意を向けられてふわふわしている頭が『これも私のためにしてる表情かな』なんて考え始めて、何となく顔が熱くなった。


 しかし。ふわふわした考えは次の日、簡単に打ち砕かれることになった。

「あの、これ……昨日返し忘れちゃって」

 いつものようにキューピットとケンカをしながら出てきた最寄り駅。そこにはいつもの咲――ではなく、なぜか柏木くんがいた。

「え……」

 差し出されたのはハンカチだった。多分、あの時無いなと思ったあれ、だ。

「な、なんで持ってるの……?」

 彼としっかり話したのは昨日が初めてのはずだ。もしあの付き添いの時に拾っていたとしても――いや、落とすなんてあり得ない。何故ってこのハンカチは、いつもカバンのポケットに押し込めている。ちょっと逆さにしたって落ちやしない。

 ――なんで、だ?

「え? えっと……拾ったんだ。この前会った時」

 この前会った時にはもう無くしてた。という事はその前? どうして? どうやって?

 ぐるぐると訳の分からない現実が押し寄せる。柏木くんが何か言ったのか、咲も見当たらない。

 自然な流れで学校まで一緒に行くことになったが、一方的に流れてくる彼の声は、ひとつも頭に入ってこなかった。


 気まぐれに恋の矢を放つキューピット。元はクピードーとか、エロースとか色々と言われているが、遥か昔から金の矢で恋を芽生えさせ、鉛の矢で恋を嫌わせていた事だけは間違いない。

「――僕と、付き合ってください」

 ふらふらと飛んでいたら見つけた港町。ここで射抜いた二人の行く末を見つめていたフランツは、恋の終わり――恋愛の始まりであるこの言葉を聞いて満足げに頷くと、ふわりと天に舞い上がった。

 元々、幸せな人を見るのが好きだ。だから生まれてこの方鉛の矢は使ったことがない。

 どうして幸せそうな人に鉛の矢を射ち込んで楽しめるのか? 周りのキューピットを見ながら、いつもそう思っていた。

 ――なんだこれ。

「やだ……やだ……」

 ベットの隅で膝を抱えて怯える詩織。さっき放り投げられたスマホは、ひっきりなしに何かの着信を告げている。朝から鳴りやまないそれは、段々と酷くなっていく。

「……」

「あんたのせいだからねッ! あんたが余計な事を――」

 ヒステリックに叫ぶ彼女の表情は、初めて会った時の驚きや、笑った顔をすっかり忘れてしまったかのようにやつれていた。

「……悪い」

 今の自分には、それくらいしか言えることが無かった。

 ここ数日で、最初に狙った男の態度や行動は大きく変わっていた。最初は無くしていたものを『拾った』と言って届けに来る……のだが、学校が違うのに色々なものを持ってくる。最初は気のせいだと言い聞かせていた詩織だったが、どうやら昨日は出先で拾っても分かるはずの無い消しゴムを手渡されて、その場で投げて帰ってきたらしい。

「……」

 確かにあの後、彼には鉛の矢と――鎮静の青い薬を盛ったはずだ。

 キューピットの世界にも、飽きというものがある。ただ恋を燃え上がらせて、逃げたりその愛に答える様子を楽しむ事に飽きてしまったキューピットたちは、人間の使う毒矢をヒントに、人の心を揺さぶる薬を使い始めた。

 赤、青、緑と三種類あるその薬。赤は情熱、青は冷静、緑は友愛といった具合に、それぞれ効果が異なる薬を混ぜ合わせ、恋を『演出』するのだ。例えば、情熱と相反する冷静と足して作られる――『狂愛』

 虎視眈々と、冷静に。しかしこれ以上ない程に愛で燃え上がる。相反する二つの感情に挟まれた結果、人はこちらの考えを超える行動を起こしてきた、らしい。

 らしい、というのは、フランツ自身はこういったものに興味がなく、使ってもほとんど原色のままだった。こんな風に、人の心を弄んでまで使うような力はおかしい。そう考えていたのだが。

「……」

 ベットの上で怯え続ける詩織の姿。それは、かつて自分が一番嫌っていた人の不幸そのものだ。外を駆け巡って、人と話をして……何でもない日常と、そこに寄り添うパートナー。それが、自分の思い描いている理想のはずだった。

「……ごめんね、あんたの所為じゃないよね。ちゃんと元に戻してくれたんでしょ?」

 一度怒鳴って冷静になったのか、ベットの上にうずくまる詩織がぽつり、ぽつりと話始めた。

「いや、俺が悪いよ」

 そう言ってぽんぽん、と頭を撫でてやると少しだけ詩織が笑った。

「何それ、ヒゲ生やしたおっさんがそんなカッコいい事しても面白くないよ」

「じゃあ、そのカッコいいまねしてるおっさんが言ってんだ。俺が許せない。――これから全部片付けてくるよ」

 このおかしな行動を繰り返す男には、何度も遠ざけるために少量の冷静と鉛の矢を使った。しかしそれでも戻ってくるという事は、あれを動かしている同業者がいるはずだ。

 気まぐれに飛ばした矢が当たった先に面白いものがついてきた、みたいな感覚なんだろうか。

「あ、あ……」

 また男に鉛の矢を撃てば、冷静になった頭で自分のやっている事を思い出し、その罪深さに逃げるようにその場を後にする。ここ数日、何度も見た光景だが、今まではそのまま追いかけなかった。同業者が、こんなに人を不幸にするように仕向けているという事実が受け入れられなかった。

 逃げていく男を追いかけていく。電車に乗って、走って、多分遠回りをして家に戻っていった。

「――なぁ、もう止めてくれないか」

 自室に引き籠って泣き始めた男。そんな様子を、笑いながら見つめる同業者に、声を投げる。

「えぇ? 楽しいじゃないか。ほら、だって君が仕損じたから僕がこうして――」

「頼んで無いだろ」

 自分でもひどい顔をしているんだろうなと思う程に、相手の顔を睨みつける。すると簡単に揺れ始める瞳に、こんな奴が面白半分であんな地獄を作り出していたのかと怒りが沸いてくる。

 感情を扱うのは、簡単に道を踏み外すような奴がなっちゃいけないんだ。

 

 全部片付けて帰ってきた彼は、悲しそうに笑っているように見えた。

「これで大丈夫だ」

 そう言って、頭を撫でてくれた彼――フランツは、ここ数日崩していた体調を気遣うように何度も顔を出してくれた。

「あれ、ヒゲ無くなってる」

「そりゃあ……あれだけ老けて見えるって言われたら剃るだろ」

 持ってくるのは決まって桃の缶詰。カミサマのくせに何だか家庭的だ。もうちょっとこう、黄金のリンゴとか持ってこられないのかと聞いたら、あれは無理だし、別に美味しくないらしい。

「で? 私に話って?」

 もう明日には学校に顔を出せる。そう言うと彼は大事な話がある、といつも傍らに置きっぱなしにしている弓を大事そうに持ち上げた。

「そろそろ俺は、ここから旅立とうと思って」

「……は?」

 ここ最近、隣に彼がいるのが当たり前だった私には、理解の追いつけない答えだった。

「え、だって……まだここに居てもいいんだよ?」

「いや、俺は元々放浪者みたいなもんだしさ。それに、今回の一件で俺達神様ってのはどっかで残酷な一面を持ってんだなって思って。そう言う一面を、俺は見ないようにしてきただけだった。向き合ってなかったんだ」

 だから最初に見つかったからって、簡単に相手の人間の心を弄ったんだ。そういう彼の表情は硬い。何度も許したし、気にしてないとは言ったけど、やはり自分が許せないんだろうか。

「でもまぁ、最後に『愛』の神様から一言送ってやる」

 にこ、と改まって笑う彼の顔はさっきよりも少し柔らかくなった。

 ――でも、どこか寂しそうだ。そうでしょう? 寂しいでしょう? 寂しいよね?

「恋の一つやふたつ。というか、誰かを想うって事はいいもんだぞ」

「何それ……すっごいお節介だよ」

「カミサマってのは時に最低で、おせっかいなもんだよ」

 にっこりと笑う彼を前に、詩織はゆらりと立ち上がる。

「――じゃあ私も一つ答えを出すよ」

「! な、何……」

 驚愕に見開かれるフランツの顔。その頬には、一筋の赤。一拍遅れてつぅ、と血の流れるそれを、押さえることもできずに固まって立ちすくんでいる。

 プシュケーの美しさに、命じられた鉛の矢を躊躇い、撃ちそこなった上に金の矢で自身を傷つけ、恋に落ちたエロース。

 金の矢に傷つけられた者は、例え神でもその恋にあらがう事は出来ない。

「――これが、今のあたしの答え」

 途端に燃え上がる恋の炎に身を焼かれながら、一人のキューピットは、瞳の奥に揺らめく仄暗い紫の陰りを見た気がした。

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