第19話 協力

 次の日の朝。テレビをつけるとキス税の報道ばかりだった。それは昨日、部長に内密に告げられた内容だった。

 テレビのアナウンサーは興奮した声を上げる。

「キス税の発案者、大沢議員との癒着があったとの情報があり、ただいま家宅捜査が始まりました。」

 大沢議員との癒着。それは南田の会社との癒着だった。


 出社すると職場はざわめいていた。事前に知らされた者は、ごく一部のようだ。大半の人は今朝のニュースで知ったようで、みんな口々に不安を口にする。

「大丈夫かな?うちの会社。」

「大企業だから安泰だと思ってたのに。」

「ねぇ。癒着してた社員の人って…。」

 まだニュースでは大沢議員との癒着があったと確定したわけではなく、様々な憶測が飛び交っていた。


 南田は寺田から誘われたことがあったため、取り調べの協力を要請された。出社したのに警察署に連れていかれる。関係のありそうな者たちだろう。数名と一緒だった。

 もちろん南田は寺田の誘いを断ったのだが、どのような誘い文句だったか、誰が指示していたかを知っているのか、など事細かに聞かれた。

 そしてそれは長時間に及んだ。協力しなければならないことは重々承知している。それにしてもやはり迷惑だ。と思わずにいられなかった。

 署内で憔悴しきった寺田を見かけても同情する気にもなれない。そもそも奥村にひどいことをした寺田に同情など出来るわけがなかった。


 職場に戻ることさえ出来ないまま、奥村に会うことも出来ないまま、この日はマンションに帰ることになった。決意した気持ちはしおれてしまいそうだったが、もうそんなことは言っていられない。

 やはり…中毒性があるようだ。

 南田は自分のくちびるにそっと触れた。もう何日も重ねていない。

 奥村の泣き顔が脳裏に浮かぶと愛おしくて胸の辺りが締め付けられた。

 それに寺田さんは排除されたとしても彼女のことだ。他に悪い虫がつかないとも限らない。

 やはり早急な対応が求められていた。


 テレビではキス税のことで持ち切りだ。スタジオで反対派の佐藤議員が声を荒げて訴えていた。

「企業との癒着がある政治家の言う事を信用していいんでしょうか?大沢議員はまだまだ隠蔽しています!私の政治生命にかけてでも正しい情報を発信していきます!」

 佐藤議員に代わってアナウンサーが話し出す。

「世間ではキス税反対派に対してハニートラップが行われていたのではないかと噂されています。そこで当番組はこのような映像を入手しました。」

 画面が変わると、つい立の向こう側に座る女性が映し出された。声も加工されている。

「私は〜キスするだけで〜すごくいいお金になるからって友達に誘われて〜。え〜簡単でしたよ〜。だってモテない男を誘惑するだけですよ〜。ちょっと我慢してキスするだけで〜。」

 ハニートラップか…。ひどい話だ。

「周りのみんなは騙されてるって言ってくれたのに、俺は違うって信じてたんだ。でも…やっぱり騙されてたんだ!」

 まぁ騙される方も騙される方だが。

 南田は冷めた視線を送り、テレビを消した。周りのことはどうでも良かった。

 そう。今までは自分以外はどうでも良かった。それが今はどうだろう。何があっても頭の中から一向に退去していかない奥村。南田は未だにどうしてなのか理解できずにいた。

 確かになんとも言えず可愛らしいと思うことは多々ある。愛しくも思う。

 やはりそれが好きだということなのだろうか…。


 次の朝のニュースでは、癒着があった社員の名前とハニートラップを仕掛けていた議員など数名が逮捕されたとの報道があった。

 これでひと段落するだろう。南田は安堵する。

 テレビでは一通りの報道が終わると、会社の社長が謝罪会見を開いた模様が映し出された。

「今回は我が社の社員が不祥事を起こし世間を欺いていたこと、誠に申し訳ありませんでした。大変遺憾であります。対策本部を設置するともに再発防止に努める次第にございます。わたくし池嶋は全ての問題を解決したのちに、今回の責任を持ちまして辞任いたします。」

 僕の仕事はキス税と関わりはないが…。会社の今後の方針次第では進退を熟考することになるだろう。しかし今はそれよりも奥村さんとのことを解決しなければ。

 

 席にいると奥村も出社してきた。いつものように挨拶が交わされる。

「おはようございます。」

「あぁ。おはよう。大変だったな。」

 早く僕たちのことをはっきりさせたいが、それよりもまず仕事をどうにかしなければならなくなっている。

「一昨日が全て潰れてしまった。僕らの仕事は認証機械とは無関係だ。よって納期は端的に言っても困難極まりない。満身創痍になろうとも完遂する必要がある。」

「あの…午前中は…。」

「寝ぼけているのか。飯野のじいさんにはもう伝えてある。君も力が及ぶ限りは全力を尽くせ。」

 もう奥村さんと協力してやっていこう。その方がいい。僕らは公私ともに言わば運命共同体なんだ。

「理解したのか?理解したのなら四の五の言わずに仕事を進めろ。」

 運命共同体…。南田は自分が思い浮かべた言葉に恥ずかしくなって素っ気ない態度で仕事に取り掛かった。

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