第18話 伝達

 南田は宗一と話してから幾度となく奥村に話そうと思っていた。それなのに何をいつどんな風に話せばいいのか分からないでいた。

 普通にしている奥村にここのままの方がいいのではないか…という気持ちまで、もたげ始めていた。


 年の瀬も迫ってきた今日は忘年会だった。部署に女の子が増えて男性社員は張り切っていた。

 帰り支度をする奥村にまた何も言えずにいると「お先に失礼します」と声をかけられた。奥村を見ることもできず「あぁ」とだけ返事をした。

 今までしていた普通がどうだったのかさえも分からなくなってしまっていた。


 忘年会が始まると目の端に奥村を捉えつつ、南田は部長と話し込んでいた。

 席を立った奥村を目で追うとお手洗いの方ではなく、外に出る方へと行ってしまった。

 外は寒いはずだ。酔いを覚ましに行ったのだろうか…。

 気にはなったが部長に捕まってしまって追いかけられずにいた。


 しばらく経つのに帰ってきた様子は無かった。南田は自分のコートと奥村のコートを拝借すると外に出ようと出口まで行く。すると寺田らしい背中と寺田に押さえつけられている人が見えた。それは間違えるわけがない。奥村だった。

 南田は頭に血がのぼるのを感じたが、努めて冷静に行動する。まず急いで宴会会場に戻ると寺田と仲がいい奴に声をかけた。

「寺田さん見なかった?部長が大事な話をしたいって探してたけど知らないか?外を見て来てくれないか?」

 あぁ、と口にした向井がノロノロと外へ向かう。

 早く!早く呼びに行けよ!!

 行ったことを確認すると他の人に声をかけた。

「部長に寺田さんが大事な話がしたいって言っていました。伝えてくれませんか?」

 その人が部長に伝えに行くのを確認して、外へと急ぐ。戻ってきた寺田に気づかれないように奥村の元へ駆けつけた。

 本当はすぐにでも駆けつけたかった。できれば寺田さんを殴ってやりたかった。…でもそれでは逆に奥村さんに危険が及ぶだろう。これが最善だったはずだ。

 そう自分に言い聞かせて奥村にコートをかけた。


 座り込んだままの奥村はコートに気がつくと見上げて南田を確認した。そして驚いた顔を南田に向けた。

「君が外に出たことは黙認していた。寒いのに帰らないとの思いでコートを拝借して来てみたら、まさかあんなことになっているとは…。遅くなって悪かった。」

 よほど怖かったようだ。奥村の目から涙がこぼれた。初めて見る涙だった。不謹慎にも綺麗だと思った。

 それでも今まで何があっても泣かなかったんだ。泣き顔を見られたくないだろう。

 南田は自分のコートを脱ぐと上からかぶせてやった。

 何をされたのか…。聞きたかったが、奥村さんは聞かれたくないだろう。

 南田はただただ黙って側にいることしかできなかった。


「ねぇ?あの人かっこよくない?」

「一人で認証の機械の前にいるよ?キス待ちじゃない?」

 道行く女の子のグループがこちらを見ている。

 まずい…。面倒なことにならなきゃいいが…。

 それでもこの状態の奥村を置いていくわけにはいかなかった。

「すみません。キス待ちですか?」

「いや。そのようなものではない。」

 怪訝そうな声を出しても無駄だった。キャーかっこいい!と騒いでいる。

「認証の機械の前に立ってキスしてくれる人を募集するのが、今流行ってるんですよ!」

 はぁ。面倒だ。どうしてこうどうでもいい奴は寄ってくるんだ!

「キス待ちじゃなくてもいいんで、私たちと認証しませんか?」

「間に合っている。」

 面倒でぶっきらぼうに言っても全く効果はない。かっこいいだのクールだの言いながら騒いでいる。

「彼女さんいるんですか?いいじゃないですか〜。認証くらい。減るもんじゃないですよ。私、こんなイケメンとできるなら宝物にする〜!」

「ヤダ〜大袈裟〜!でも私もキスしたい〜!」

 全くどうするんだ!だいたい奥村さんもそこにいて何も感じないのか。

 なんとなく蹴りを入れたい気分になって、奥村の体に軽く脚を当てる。

「迷惑だと言っている。」

 怪訝そうな声を重ねても全く動じない女の子たちにうんざりする。

「いいじゃないですか〜。キスの一つや二つ。」

 退散するどころか、さっきよりも近づいて迫ってくる。

 もういい。この際だから言ってやる。

「僕は好きでもない人とはしない。」

 例え奥村さんに聞こえたって構わない。


 この言葉は効いたようだ。相容れない様子に諦めたのか「ざんね〜ん!」「いい男は簡単にはしてくれないって!」「ケチ〜。」様々な文句を言って立ち去った。

 はぁとため息とともに奥村の隣に座る。

「全く。君のせいでとんだ目にあった。…そもそもは僕のせいだが。」

 そうだ。僕のせいだ。何もかも。

「まだ泣いているのか。悪かった。僕に関わると迷惑をかける。だから離れたのだが…関わった以上は離れてはいけなかったようだ。」

 迷惑かもしれない。また泣かせてしまうかもしれない。でも…。やはり僕は君の側にいたい。君に側にいて欲しい。

「契約を…今一度結んでも構わないだろうか?」

 コートを持ち上げて南田は奥村を見たかった。

 気持ちを伝えよう。僕は君が…奥村さんが…。


「おい!南田!お前、まだ帰るなよ!部長が探してたぞ。」

 お店の方から呼ばれた声にサッとコートでまた奥村を隠す。

「おいおい。そんなところに座り込んで大丈夫か?顔、真っ赤だぞ。南田ってそんなに酒弱かったか?」

 呼びに来た山本さんに手を引かれ連れていかれる。

 顔が熱いのは自覚している。今…気持ちを…。はぁ。

「いえ…。少し風に当たりたかっただけで。」

「なんだ声もしどろもどろだぞ。相当飲まされたな!」

 ハハハッと笑われて肩を組まれた。

 なんて間が悪いんだ。山本さんも部長も!


 宴会会場に戻ると吉井に声をかける。

「外に奥村さんがいるんだ。見に行ってくれないか。」

 無言で頷いた吉井が外に向かうと安心して部長の元に行った。


 忘年会が終わると吉井が奥村は帰ったことと、寺田には押さえつけられた以上のことはされていないことを聞いた。

 その事実に南田は胸をなでおろした。

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