第12話 変更

 午後の仕事の合間、休憩室にいた吉井に声をかけた。

「吉井さんの友人は疲労困憊がはなはだしいんじゃないのか?」

 南田に声をかけられた吉井は最初こそ驚いた様子だったが、奥村の話題に自分も言いたいことが募っていたようだ。

「そうですよね!華ちゃん、派遣の人のこと一人で抱えすぎだし。ペアの内川さんもただ優しいだけ!優しいだけじゃなんの役にも立たない!」

 まさかここまでの不満が噴出するとは思ってもみなかった南田は驚いた。特に内川に不満があるところが、さすがだと思った。

「ここまで同意見の人だとは驚愕の事実だ。…昨日も11時だった。」

 南田は休憩室を後にすると自分の席に向かう。

 退社時間が11時とは、いくらなんでも残業し過ぎている。仕事を調整するなどの対策が必要なのに内川さんは何もしない。奥村さんはまだ新人だ。内川さんは指導する立場にあるというのに。

 自分は間違っていない。そう確証を得るとすぐさま行動に移した。


 小さい会議室を予約すると部長に「ご相談があります」とメールを送り、会議室で話したい旨を伝えた。部長からはすぐさま返信が来て、了承を得た。

 時間になり、会議室で待っていると部長がやってきて、開口一番で思ってもみないことを口にした。

「南田くんはペア制度に不満があるのかね?」

「どうして…そう思われるのですか?」

 クソ喰らえと思っていたのは、顔に出していないはずだ。

「いや〜。君のペアの加藤さんが南田くんとのペアがつらいって訴えてきてね。そのうち慣れるとは言ったんだが…。」

 そうか…。それは好都合だ。

「そうでしたか。僕は共にスキルアップしていく人材と仕事がしたいと思っています。派遣の方は言わば僕たちの手伝いに過ぎない。」

「…そうかぁ。いやぁ南田くんとは、社員の奥村さん知っているかい?あの子とのペアという話もあったんだが…。」

 なんだって!そんなこと初耳だ。

 部長は尚も言葉を続けた。

「奥村さんは認証機械の仕事を頑張ってるからね。せっかくだから同じ仕事を頑張らせてあげたかったんだよ。」

 だからってあんなに残業することがいいとは思えない。

「奥村さんが仕事を頑張っているのは知っています。僕が新人の彼女を指導していきます。奥村さんとなら共にスキルアップしていけると思います。」

「そうか…。南田くんがそう言うならペアを変更してみようか。」

 納得すれば話が早い部長に、これほどまで感謝したことはない。部長は、明日には変更しよう。と約束を口にする。

 南田は不毛な質問だと思いつつ、部長に質問を投げてみた。

「僕と奥村さんのペアも考えてもいた。ということ僕は奥村さんと相性が良かったのでしょうか?」

「まぁそうだな。しかし南田くんは相性を気にするのか?そういう非論理的なことは好まないイメージだがな。」

 確かにそうだ。僕としたことが…。くだらない。

「いえ。ただ伺ってみたかっただけです。」

「私も仕事の成果が一番だと思っている。君たちのペア変更。期待しているぞ。」

 分かっている。畑違いの仕事を敢えてさせるのだ。奥村さんには酷かもしれないが…。僕も彼女も頑張るしかないのだ。


 部署に帰る途中、部長は世間話のようにキス税の認証率のことを口にした。

「南田くんもプライベートが充実してきたようだが?」

「そんなことは…。」

 上司が認証率を見られる制度はどうなんだ…。まだ部長はいい方だろう。もっとえげつないことを言う上司だっているはずだ。

「仕事もプライベートもバランスが大切だよ。」

 そう笑った部長は席に戻っていった。


 そんな二人を陰から見ている人がいた。その人は二人の会話を納得いかない顔で聞いていた。


 次の日、職場に来た奥村に声をかける。

「君のデスクはこっちだ。」

 驚いた顔の彼女を自分の席まで連れていく。そこへ部長がやってきた。

「すまなかったな。奥村さんと派遣の加藤さんがこちらの手違いで入れ替わっていたみたいなんだ。奥村さんは南田くんとが正式なペアだ。」

 部長の言葉を受けて南田は決めていた言葉を口から滑り出させた。

「現実は君が想定しているよりも厳しいんだ。残念だが僕は生半可な優しさは持ち合わせていない。」

 彼女の表情が微かに怯えた表情にも見えたが致し方ない。こうするしかないのだ。


「奥村さん。これを聞きたいのですが…いえ。すみません。大丈夫です。」

 このような関係のない派遣社員が何人も奥村を訪ねて来た。吉井が不満を言っていたのはこのことかと、すぐに理解した。奥村は優し過ぎるのだ。

「君の容易さは途方もない。」

 奥村さんはその優しさにつけ込まれ過ぎている。


 南田の仕事は車関係の部品設計だった。全く別の製品の仕事に奥村は戸惑っていうようだ。そして確実に今までの疲れが出ていた。

「該当の製品はシボ加工をするため…。おい。耳の性能まで不良をきたしているのか。」

 反論すらしてこない。何か声をかけようとすると、二人の間に昼休憩を告げるチャイムが流れた。

「解せないが、致し方ない。」

 南田は席を立ちその場を離れた。

 何を言おうとしたのだ。僕が下手な優しさを見せては彼女がダメになる。そして周りに変な目で見られるのも彼女だ。


 南田が奮闘する傍らで、最近、周りではキス税の新しい噂話が溢れていた。

「政府は反対派の人が賛成するようにハニートラップみたいなのを仕掛けてるらしい。」

 ハニートラップか。僕は大丈夫だが、奥村さんは案外引っかかったりしないだろうか。甘い言葉に…弱そうだ。かといって、僕がそんな言葉をかけられらるわけもない…。どうしたものか。

 この件についても対策しなければと南田は胸に刻んだ。

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