第11話 決意
出社すると会社に人があふれていたが、構わず自分の席に座った。
ニュースで言っていたように派遣を雇ったようだ。女性が大量に増えていた。
そして土日に搬入を済ませたらしい、新しいデスクやパソコンなんかも所狭しと置かれている。その中で部長が指示を出していた。
「社員一人につき、異性とペアになるのはもう知っていると思う。社員にはメールで誰がペアか資料が来ているから確認するように。」
南田はメールを確認する。南田のペアは加藤と書かれており、その横に派遣会社の名前が記されていた。
南田はペアが奥村でないのなら誰であろうと同じだった。
どうにも仕事をする気になれず休憩室へ向かう。コーヒーを飲んでいると何人かの男性社員が余計なことを話していた。
「派遣の女なんて使い捨てだろ?仕事としても女としても。」
何もそんなことを社内で話さなくてもいい。品格が疑われる。そう軽蔑の気持ちを向けるだけで、いつもなら無視するところだった。
だが、昨日のことと「使い捨て」が何故だかシンクロしてしまって嫌味を言いたくなる。
「ご自身が使い捨てにされないように注意された方がよろしいのではないですか?」
「な…。」
「もちろん僕もです。」
そう。僕は認証のためだけの関係。つまりは「使い捨て」なのかもしれない。
しばらくすると南田のペアの人が席に来た。見る気にもなれずに仕事を続けた。
お昼休み。食堂へ行く途中に奥村を視界に捉えた。ペアの内川と楽しげに話しているところだった。
心臓を鷲掴みにされた気持ちになると、誰にも気づかれないように通路の陰にもたれかかった。
最高のペアなどクソ喰らえだ。
拳を握りしめて悔しい気持ちで天を仰いだ。
その日から南田は日課になっていた奥村探しはやめていた。最高のペアらしい内川と話しているところを見たくもなかった。
そして南田が声をかけなれば契約は履行されなった。それだけの関係だったのだ。ただそれだけ。
幾日か経ったある日の定時。いつものようにペアの加藤さんは帰るようだ。実際に彼女は細やかに気配りができて、仕事をしやすいなという思いにさせた。そんな彼女がふとデスクの上にあるメモ帳に目を止めた。
「これって海外のアーティストの…。」
「あぁ。」
それは南田がそのアーティストを好きだと知っている友人が買ってきてくれたものだった。その海外のアーティストはコアなファンは多いが、日本ではあまり馴染みがないアーティストだ。周りにこのアーティストが好きだと言う人は聞いたことがなかった。ましてや女性で。
「同じアーティストのファンの方にお会いしたの初めてです!相性がいいって本当なんですね。」
感激したように言う加藤に南田は冷めた視線を送る。好きなアーティストが同じだからと言って、なんだと言うのだ。最高のペアなど…。
脳裏に、楽しそうに会話する奥村と内川の姿が浮かんだ。つい苛立って棘のある言葉を口から吐き出す。
「趣味嗜好が同じで何が嬉しい。同じではそこから発展はない。何も生まれない。相違があってこそ面白い。」
加藤がショックを受けたのが伝わって、何をしているんだ。八つ当たりなど…と情けない気持ちになった。
加藤は何も言わずに帰っていった。
南田はため息をつくと思い巡らせた。
もし奥村さんと出会わずに加藤さんが最高の相性だと、今のようにペアになったらどうしていただろうか。先ほどのアーティストの話を喜んで返答できただろうか…。
…否。ファン仲間を作りたいと思ったことはない。そして、あそこまで棘がある言葉は吐かずとも、会社に言われた最高のペアを信じるような言動に吐き気は覚えたはずだ。
やはり僕にとっての奥村さんは何ものにも代えがたいものだ。どうしてか…考えても答えは出ないが、ただこれだけは明確だ。
僕は奥村華じゃなければ嫌だ。
悩んでいたのが嘘のように頭がスッキリして、その日はよく眠れた。
奥村さんじゃないとダメなのだから、自分の取るべき行動は歴然たるものだった。
出社すると久しぶりに奥村を探す。久しぶりに見た奥村はずいぶん疲れているようだ。南田は誰にも気づかれないように奥村の出退勤の時間を調べた。
ペア制度が始まってから確実に残業が増えていた。これではいつ体を壊してもおかしくない。
内川さんはペアなのに奥村さんのケアも満足にできないのか!憤慨する気持ちを抑え、何食わぬ顔で仕事をした。
自分が腐っていたせいで、この何日間か、奥村のことを気にかけてやれなかったことが悔やまれてならなかった。
久しぶりに食堂でも近くに座った。気づかれないように会話に耳をそばだてる。
かろうじて聞こえた二人の言葉。
「ゴメン。加奈ちん。ちょっと会議室で寝てくる。」
「うん。会議室1を取っておくね。そこ使って。」
かなり疲れているようだった。南田は急いで会議室1へ向かった。
どこにあるのか迷いながらも見つけた会議室1。その近くに行くと前方から奥村が歩いてきた。やはり疲れているようだ。覇気が感じられなかった。
話したくて来たのに声をかけられずにいると、奥村は南田を見て力なく笑った。そしてそのまま会議室へ入って行く。
南田は抑えきれずに奥村の後に続いた。会議室に入るとすぐに認証の機械が目に飛び込んだ。
え?と振り返った奥村に南田は自分の気持ちに抗えなくなり、くちびるを重ねた。手を取り、認証する。
ピッ…ピー。「認証しました。」
「どうして…。」
奥村が戸惑った声を発した。当然の疑問だろう。
また衝動的な行動を起こしてしまった…。
「認証したいという顔をしていた。」
それは僕だ。
「そんなわけ…。」
奥村は不満げな声を漏らした。目が合うと疲れが顕著に表れている奥村に胸が苦しくなった。
「頑張り過ぎだ。」
奥村の頭を軽くポンポンとして南田は会議室を出て行った。
南田は決意していた。
奥村さんは僕のものだと。
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