第26話 知っちゃう?

「大丈夫?華ちゃん。」

 華のところに可奈が来てくれていた。南田が外にいるから見てきてくれと伝えたらしい。またまた可奈の南田へのイメージがアップしてキャッキャッ言っている。

 いつもなら、うんざりするところだったけれど、南田の言葉に動揺が続いていて可奈のことが対応できなかった。

「それにしても寺田さんって最低!」

 一通りのことを可奈に話して、南田が助けてくれたことまでは話した。そこでも南田へはまたまたのイメージアップだった。


 返事をしない華に可奈は心配そうだ。

「そんなに寺田さんに嫌な思いしちゃった?セクハラで部長に訴えてもいいと思うよ!」

「あ、うん…。まぁ。」

 華はすっかり上の空だった。あんなに寺田のことで震えていたのに、南田の一言で寺田のことなど、どうでもよくなってしまっていた。

 未だに契約のことを話していない可奈には華が頭を悩ませていることは聞けなかった。相談してしまいたかったけれど、何からどうやって説明したらいいのか分からなかった。


 可奈が持ってきてくれた華の鞄を受け取るとそのまま帰ることにした。

「可奈ちん。ありがとう。南田さんのコートお願いね。南田さんにも…お礼伝えておいて。」

 本当は南田と話がしたかったけれど、部長に捕まってるみたいだし、そもそも今日はもう宴会会場に戻ったりして寺田に会いたくなかった。

 また明日聞けたらいいな。…う、うまく聞けるかな?

 その思いが明日では実行されることが難しくなることを、華はまだ知らなかった。


 次の日の朝。テレビをつけるとどこもかしこもキス税の報道だった。ガッカリしてリモコンを持ち上げたテレビを消すはずの手が止まる。

「皆さん!ここがあのキス税の認証機械を作っている会社です。」

 映し出されたのは華たちの会社だった。驚いて食い入るようにテレビをみつめる。急いでボリュームを上げた。

「キス税の発案者、大沢議員との癒着があったとの情報があり、ただいま家宅捜査が始まりました。」

 テレビにはいつもの見慣れた会社のビルが映っていて、そこにたくさんの報道陣や警察が押し寄せていた。

「うそ…でしょ?」

 華は呆然としたまま動けずにいた。


 会社に行くと報道陣にマイクを向けられた。

「大沢議員との癒着について何か知っていましたか?」

「問題の社員さんについて、ご存じのことがあれば…。」

 様々な質問がされても、出社する人は皆、顔を伏せて「すみません。何も知らないんです」と足早にビルの中に逃げ込んだ。


 会社に関わる大きなニュースを会社から知らされるのではなく、いつもテレビからってどうなんだろう。毎度のことの上に、今回のことはマイナスの情報だったため、みんな口々に不安を口にする。

「大丈夫かな?うちの会社。」

「大企業だから安泰だと思ってたのに。」

「ねぇ。癒着してた社員の人って…。」

 まだ大沢議員との癒着があったと確定したわけではなかったのだが、様々な憶測が飛び交う。

 そして、誰かがつぶやいた言葉に華はドキッとした。

「部長の派閥が大沢議員とつながりがあるんじゃなかった?」

「そうそう。〇〇大学出身の派閥でしょ?」

 華は南田が言っていた、我が社が大沢議員と深いつながりがある。という言葉を思い出す。

 南田も〇〇大学出身だ。朝からずっと姿を見ない南田に華は嫌な予感がしてならなかった。


 南田のことが気になってはいたけれど、まだ飯野との教育期間は続いていた。後ろ髪を引かれつつもヘルプデスクへと足を運ばせた。

 いつも好奇の眼差しを浴びせていたヘルプデスクの人に今日は珍しく話しかけられた。

「飯野さんはいないよ。」

「え…。今日はお休みですか?」

「なんだ。知らないの?大沢議員との癒着。あれに関わってるんじゃないかって連れていかれた。」

 うそ…。飯野さんまで…。愕然としている華の元に、また驚きの言葉をかけられた。

「あなた南田って奴の部署の子だろ?あいつのせいで飯野さんは厄介者になっちまったのさ。」

 話しかけてきた人の隣の人が眉をひそめて会話に参加する。

「もう。そんなこと言わなくてもいいじゃない。この子は知らなかったみたいだし。」

 その話はしたくない内容みたいだ。でも華は知りたかった。知るのは怖い気もして、抱えていた本を握りしめた。息を飲んで質問する。

「詳しく教えて欲しいです。南田さんと飯野さんのこと!」

 ヘルプデスクの二人は顔を見合わせて、肩をすくめた。

「いい人だと思ってるなら聞かない方がいいと思うよ。別に飯野さんは悪い人ってわけじゃないんだけどね。」

「それでもいいんです。お願いします。」

 知らなくていい。聞かなくていい。見なくていい。そんなのもう嫌だった。


 ヘルプデスクの人は華の勢いに根負けしたように話し出した。

「まだ新人の子が配属される前に私たちが教育する時期があるの。だいたいが大卒の子たちへの教育で、その時はまだどの部署に行くかさえも決まってない時ね。」

「そうそう。その時の教育責任者が飯野さん。その時は飯野部長だったな。みんなからの信頼も厚いし、いい上司だったよ。」

 二人はしばらく黙ってしまった。そして言いにくそうに口を開く。

「南田って奴がどれだけできる奴か知らないけど…。あいつのせいでうちのシステムがウィルスにやられかけたんだ。」

「ウィルス!」

 そう口にして華は宗一と嫌がらせをしていた女の人のことが頭に浮かんだ。

「まだ早い段階で気づいたから社内には広まらなかったけど、巧妙なウィルスでね。ヘルプデスク内は全滅。復旧は大変だったんだぜ。」

「しかもヘルプデスクがウィルスに侵されるなんて社内での信頼や実績なんかも崩れて、ヘルプデスクを不安視する声もあがってしまうわ。実際に心無い言葉をかけられたメンバーもいるの。」

 よほど嫌な思いをしたんだろう。目を伏せてつらそうな表情を浮かべている。


「その発端が南田って奴だったのさ。」

 やっぱり…。あのファミレスで会った女の人が?

「色恋沙汰で面倒なもの持ち込むなんて社会人としての自覚に欠ける。しかもその相手を警察に突き出すのも嫌だって言うんだぜ。どうかしてる。」

「それで責任を取って本人が会社を辞めるって言ったのよ。新人で可哀想だけど仕方ないかって、そんな感じだったわ。」

 自分の今後よりも嫌がらせする人を庇ったってことなのかな?それはどういう…。それも南田さんの優しさってこと?


「で、南田が辞めるって話が出た時に飯野さんが、俺が責任を取るって言ったのさ。」

 え…。飯野さんが?

「こう聞くとかっこいいんだけどね。ヘルプデスクが非を認めたみたいになって、うちらへの風当たりは当然強くなるわけ。それなのに若い芽を摘んではいけない。って言うの。飯野さんは。」

 どれだけ飯野さんは南田さんをかってたんだろう。

「でも大学に客員教授として招かれるような人を退職させられない会社は、苦肉の策としてあの小さい会議室に追いやったんだ。役職なんかは全部奪い取ってな。」

 なんだか…ひどい話。でも会社に損害を与えた人である南田さんをそのまま社内に所属させておくのは企業としてまずいよね。実際に最近も似たようなことがあったわけだし…。その代わりに飯野さんが…。

 華は複雑な思いで何も意見できなかった。


「まぁそれは済んだ話よ。今ではヘルプデスクを悪く言う人もいないし。飯野さんは飯野さんでたまに見つけてくる、あなたみたいな若い子を連れてきて教育してる。余生を楽しんでるみたい。」

 余生かぁ…。飯野さんはそれで良かったのかな。私は誰かのためにそこまでのことができるのかな…。

「今日いないのはまた別の話。客員教授として行っていた大学が今回の癒着に関係あるみたいで、それで何か知ってるか聞かれてるみたいだ。」

「癒着なんて飯野さんには関係なさそうだけどね。」

 ヘルプデスクの二人はなんだかんだで飯野さんのことをまだ尊敬しているんだろうなぁ。そう思いながら華は自分の職場に帰ることにした。

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