第20話 解消する?
衝撃の言葉は次のもっと衝撃を受ける言葉へと繋がれた。
「南田は色気よりも仕事を取ったわけだ。」
アハハハッと笑い声が響く。
色気より…仕事?どういう…。確かに元ペアの加藤さんは可愛らしい人だけど…。
理解できないでいる華に想像していなかった言葉が届いた。
「奥村さんがキャリアアップ試験に合格すれば南田の評価も上がるもんな。」
そんなことって…。
華は頭が真っ白になって、どうやって席まで戻ってきたのか分からないまま仕事を再開していた。
全く使い物にならなくなってしまった華に南田は容赦ない厳しい言葉を浴びせた。それでも何も心に響いた様子のない華に南田はため息をついた。
「らしくない。何を言っても食らいついてくるのが君の取り柄なのではないのか?」
褒められているというよりも、けなされているであろう言葉を聞いても、ただ耳をすり抜けていくだけだった。
「もう定時になる。今日は帰れ。…僕も今日は帰ろう。」
南田の言葉通り定時を告げるチャイムが流れた。華は抜け殻のまま帰り支度をした。
会社の外に出ると風が冷たく頬を刺した。でもそんなことどうでも良かった。頭を整理できない華はボーッと歩く。そんな華の手が引っ張られた。
よろめいた華を支えた南田がそのまま顔を近づける。「やっ…」そう小さく言っても南田の顔はすぐ近くで、こんな時に限って頬に眼鏡が当たる。無理矢理なのに、そっと近づくくちびるは優しく触れるだけで、嫌でも感触がくちびるに残る。
ピッ…ピーッ。認証しました。
手を取られ認証させられた。
「どうして眼鏡…。」
もう!そんなことどうでもいいのに。華はごちゃごちゃの気持ちに嫌気がする。
「当たるのを所望していたようだ。」
え?何を…。南田の顔を見ても無表情で何を考えているのか相変わらず分からない。
「だいたい外で認証なんて…。」
もう!それもこの際どうでもよくって!違う。本当に聞きたいのは…。
「僕もマンションの方がいいことは理解している。外では指紋認証するまで重ねていなければならないが、登録済みのマンションならすぐ離しても大丈夫だ。」
え…。もしかしてそれで執拗にマンションに誘って…。南田さんも認証のため仕方なく…だから一瞬で終わるマンションが良かったってことだよね。
別の胸の痛みを感じて華は泣けてきそうだった。
そこへ急に声をかけられた。
「湊人!探したぞ。」
どうやら南田の知り合いのようだ。
「どうしたんだ。まさか…。」
南田の顔は見る見るうちに蒼白になり無表情ではなくなった。初めて見る無表情が崩れた顔はつらそうに歪んでいた。
「この人は?」
華に気づいたその人が南田に質問する。
「無関係だ。」
南田の言葉にズキっとしていると「関係ないわけないだろ」と南田を一蹴してから「あなたも一緒に来て」と華に告げた。
連れて来られたのは南田のところとは別の大きなマンションだった。
やっぱりお坊ちゃまの友達はお坊ちゃまってこと?
急激に帰りたい気持ちが押し寄せてはいたが、未だに蒼白な南田が心配で帰れずにいた。
「どうにか食い止めようとはしたが、僅かな流出は免れなかった。これを見た人が湊人の周りの人間にいなければいいんだが…。あとは少し後処理をする。」
「あぁ。頼む…。」
南田のスマホをパソコンに繋げて何かをしているようだった。
「あなたのスマホも貸してもらえませんか?」
そう言われ戸惑っていると「こいつは関係ない」の言葉が重ねられた。
「関係ないわけないだろ?…これでもか?」
会話中に届いたらしい華のスマホへの通知音に何か感じたように南田がますます顔を歪ませた。そして華にやっと話しかけられた。
「悪い。スマホを宗一に渡してくれないか。僕の連絡先や…様々なものが悪用された。宗一はそれを正常化できる。」
華は自分のスマホを取り出した。そしてまだ理解できずに視線をスマホに落とした。
すると素早くスマホを奪われ「見るな」とひどく冷たい言葉をかけられた。代わりに宗一と呼ばれた南田の友人に声をかけられる。
「大丈夫。関係ないメールだったら何もしないから。」
了承する前にスマホを持っていかれ意見する時間さえ与えられなかった。
スマホが返されると宗一が南田に「この子に説明した方がいいんじゃないのか?」の言葉を投げた。
「関係ない…。」
蒼白だった顔はまた無表情に戻っていたが、それでも憔悴しきった感じがうかがえた。
「じゃ俺のしたことの説明をするのは俺の自由だろ?」
南田はそのことについては何も反論をしなかった。宗一は華に視線を移して話し出した。
「突然で驚かせちゃったね。根も葉もない情報が流されたんだ。あなたはハッカーって知ってるかな?」
「…パソコンに違法に浸入してデータを壊したり盗んだりする人のことですか?」
「まぁそんなとこかな。それを南田がやられたんだ。」
華は話が壮大過ぎてついていけない。
「でも私は南田さんとは連絡先を交換していません…。」
それなのにどうやって…。
「そこは…どうやったのか分からないが…。でもそれほどまでにってことだ。」
何がそれほどまでか分からないけれど、よほど重大なことのようだった。
「俺は普段SEとして働いてる。だからそれなりの知識があって、悪用されたデータなんかを少しは回避することができる。」
「もういいだろ?」
南田は立ち上がり帰ろうとする。
「おいおい。そりゃないだろ?ちゃんとこの子に説明してあげろよ。俺は席を外すから。」
気を遣ってくれて宗一は部屋を出て行った。
ため息とともに椅子に腰を下ろした南田が口を開いた。
「契約を解消しよう。」
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