第13話 負ける?
午後からの仕事が始まると、まぶたが心なしか重くなる。
「今度は視力の機能が低下するのか…。」
また南田の呆れ声を聞くことになってしまった。
分かってる…。分かってるけど、午前中に感じていた緊張感も相まって、どっと眠気が襲う。
かろうじて食らいついていた華にとうとう南田は声を荒げた。
「君の機能は全くもって停止している。時間の浪費だ。僕は君とは仕事をし兼ねる。有給の提出を許可する。半休を取れ。」
「え?」
さすがに眠気も吹っ飛んで目を丸くした華に最終宣告が言い渡された。
「帰れと言っている。」
大きな声と衝撃の内容に、近くにいた先輩が見かねて声をかけてくれた。
「南田くん。奥村さんも頑張ってるんだ。もう少し優しく…。」
「奥村さんは僕とペアなんです。」
放っておいてもらえますか?と言いたげな南田に先輩も次の言葉をかけてこなかった。
初めて奥村さんと呼ばれたのが、こんな時だなんて…。
南田はもう華を見ようともしなかった。華は何も言えずに立ち上がると言われた通りに帰り支度を始める。泣きたかった。でも泣いてしまったら南田に負けた気がしてグッと唇を噛み締めた。
引き止められることもなく華はアパートまで帰っていた。アパートのドアを開け、中に入る。パタンと閉めた玄関で崩れ落ちた。悔しくて悲しくて、涙が後から後から出てきた。頑張ってきた。自分なりに必死で頑張った。でもダメだった。ダメだったのだ。
朝起きると泣き過ぎてガンガンする頭。そしてヒリヒリと痛い目と頬を冷やしながら、朝食を準備した。久しぶりの朝食。お米くらいしかなくてふりかけおにぎりだけど、パワーをつけてやっつけないといけない相手がいる。
南田さんに言われっぱなしで、このまま終われない。そう決意して華はアパートを出た。
会社に着くと部長とすれ違った。すれ違いざまに「今日は休むかと思ったよ」なんて声をかけられた。
やっぱり派遣の加藤さんとは社員としての責任を取らされた交代だったんだと確信した。自分が上司でも派遣の子に南田のペアなんて任せられない。
派遣の子に泣かれて辞められてしまうくらいなら、会社の方針に文句を言えない社員にすればいい。
そう。こんなこと慣れてる。
席に行くと既に南田は出社していた。
「おはようございます。」
「あぁ。早いんだな。」
昨日は言い過ぎたゴメンの一言はないのかな。ないよね。
仕事を始めると南田の容赦ない指示、というか指摘というか、とにかく厳しい言葉を浴びせられた。
「この製品は樹脂だ。抜き勾配も知らないのか。君は設計者としての自覚が足りなさ過ぎる。製品ばらつきを考えろ。ここの寸法がこれでいいわけがない。」
確かに南田が有能だとは聞いていた。それでもたった1年先輩なだけだと思っていた。
しかしなんの知識もなくたまたま設計部に配属された華と大学で専門知識を学んだ上で配属された南田。この隔たりはすさまじいものなのだと感じた。
キャリアアップ試験を受けようと考えていた華は、南田と同じ土俵に上がろうとしていたことに恥ずかしい思いだった。同じ土俵どころか、同じ競技でさえ戦えていなかったのではないか。
「休息を取ろう。」
南田がため息混じりに口にした。
休憩室でコーヒーを飲んでいると前のペアだった内川が来た。華を心配してわざわざ来てくれたようだった。
「大丈夫?南田くんずいぶん厳しいみたいだけど。」
やっぱり優しい人。
「大丈夫です。言われてることは正しいのは分かるので。もうちょっと言い方あるんじゃないですか?とは思いますけど。」
華はヘヘッと力なく笑った。
「正しいって…。奥村さんは一般事務なんだ。知らなくても当然のことばかりだよ。」
専門的な話だなぁとは思っていた。でも…。
「いいんです。このままじゃ悔しいですから。」
確かに言い方は厳しい。正直きつい。でも負けたくなかった。
「そっか。やっぱり南田くんが本当のペアの相手なんだね。」
「え?」
そんなわけない。こんなにもつらく当たられてるんだから。そもそも南田もお荷物を抱えたと思っているだろう。それを本当のペアだなんて…。とても相性がいいなんて思えない。
「僕とペアの時はそんな生き生きした顔してなかったから。頑張ってくれてたけどね。」
「じゃ無理しないで」と内川は休憩室を出て行った。
生き生き?私が?負けないぞって意地になってるだけなんだけどなぁ。南田さんをやっつけるなんて到底無理っぽいし。
席に戻ると南田から資料が渡された。
「これから午前中はヘルプデスクの飯野さんのところに遣いに行ってくれ。」
華は言われた通りに渡された資料を持ち、ヘルプデスクへ向かった。ヘルプデスクはパソコンの設置や不調、その他にもOA機器全般の質問に対応してくれる言わばスペシャリストが揃う部署だ。
これから午前中は。って毎日?お遣いって毎日資料を届けるのかな。毎日、他へって…戦力外通告…かもね。
ヘルプデスクに着いて「飯野さんはどちらですか?」と聞くと何故か上から下まで怪訝そうな視線を向けられて奥の扉を顎で示された。
南田さんの知り合いって鼻つまみ者ってこと?
緊張しつつ扉を開けた。
中にはおじいちゃんくらいの年齢の人がいて、扉を開けた音にゆっくりと振り返った。そこは小さな会議室。2、3人が座れるだろうか。あとはパソコンが4台置かれていた。
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