第12話 罠を仕掛ける?
「奥村さん大丈夫?最近頑張り過ぎだよ。今日は早く帰ったら?」
席に戻ると内川さんが心配そうに声をかけてくれた。
やっぱり内川さんは優しい人。でも…南田さんはどうして…。だって「残業するやつは無能」というスタンスだったはず。それなのにさっきのは、心配してくれてた?…そんなわけないよね。
気持ちの整理がつかない華は、また倒れてしまう前に今日は帰ろうと決意した。それでも帰れたのは良い子が寝る時間を優に超えていたが。
次の日、寝れる時間が取れたことで元気を少しだけ取り戻すことができた。久しぶりにテレビをつけると相変わらずキス税を議論する映像が流れた。
その後、出社した華は戸惑うことになった。自分の席に別の人が座っていたからだ。
あれ…。どうしたのかな…。
不思議に思う華に思わぬ人が声をかけた。
「君のデスクはこっちだ。」
思わぬ人は…南田だった。
理解できないまま言われた席に座っていると部長がやってきた。
「すまなかったな。奥村さんと派遣の加藤さんがこちらの手違いで入れ替わっていたみたいなんだ。奥村さんは南田くんとが正式なペアだ。」
相性がいい、最高の…?本当に?
まだ現状を把握できない華に南田は容赦ない言葉をかける。
「現実は君が想定しているよりも厳しいんだ。残念だが僕は生半可な優しさは持ち合わせていない。」
声は近寄りがたいほどに冷たく「残業するやつは無能」の言葉を嫌でも思い出した。
「奥村さん。これを聞きたいのですが…いえ。すみません。大丈夫です。」
このような会話が今日で何度目か分からない。誰かが華に質問に来ようものなら、隣に座っている南田が無表情な視線を送る。無表情なのにいつも以上に怖い気がした。そして聞きに来た人は逃げ帰るように去って行った。
「君の容易さは途方もない。」
南田のつぶやきに華は何も言えなかった。
南田の仕事は車関係の部品設計だった。まだこの部署にも車関係の仕事をしている人がいることに驚くとともに、全く別の製品の仕事に覚えることは山積みだ。
それなのに寝不足の頭は教えてもらった内容が頭からこぼれ落ちていく。何より南田の難解な言葉が寝不足の頭への理解を余計に阻んでいた。
「該当の製品はシボ加工をするため…。おい。耳の性能まで不良をきたしているのか。」
何も反論できない華にもう一言あびせようとする南田の元に、昼休憩を告げるチャイムが流れた。
「解せないが、致し方ない。」
南田は席を立ち、行ってしまった。
食堂で可奈と昼食を取っていると派遣の子が何人かやってきた。その中には南田とペアだった加藤がいた。
「奥村さんごめんなさい。」
「?」
華は身に覚えのない謝罪にきょとんとした顔を向ける。
「私が部長に相談したんです。南田さん無表情で怖くって…。だから奥村さんが南田さんとペアになったのは私のせいで…。」
今にも泣き出しそうな加藤に驚いて華は可奈と顔を見合わせた。
「部長に相談したら私と交代させるって言ったの?」
「いえ。部長には「南田はできる奴だからペアなのは喜ぶべきだぞ。そのうち慣れる」と言われました。」
部長ならそう言いそうだ。南田のことを高く評価していることが常日頃から垣間見えていた。
「じゃあなたのせいじゃないんじゃない?本当に手違いだったかもしれないし。」
そうなのかなぁと困り顔の加藤に華は微笑んだ。
「大丈夫。わざわざありがとう。」
派遣の子たちはペコッと頭を下げると去って行った。
「華ちゃん。さっきの人たち、みんな私たちより年上ばっかだよ。」
「え?そうなの?…そりゃそうか。私たち1年目だったね。」
毎日を必死に過ごしていて、まだ1年目だということを忘れていた。そっか…まだ新人だったんだ。私たち。
「それなのに華ちゃんにばっかり頼る派遣さんもどうかと思うよ。人生経験はそっちのが積んでるんでしょ!って言ってやりたい。」
「可奈ちん。派遣の人に聞かれるよ!」
急いでたしなめても素知らぬ顔で話し続ける。
「何よ。反対意見があるなら言えばいいのよ。1年目の華ちゃんに教えてもらわないと仕事できないような人たちなんでしょ?そんなの変だよ。」
可奈がプリプリと怒って、お茶をがぶ飲みする。
「可奈ちんが飲むとお酒に見えるよ。」
アハハッと笑う華に「もう。華ちゃんのことなのに!」と華にまでプリプリした。
席に戻る間に興味をそそられる噂話が耳に入ってきた。
「なんでも政府は反対派の人が賛成するようにハニートラップみたいなのを仕掛けてるらしいぜ。」
「なんだよそれ。可愛い子が現れてキスしてくれるってことか?大歓迎だな。」
「バーカ!お前みたいな奴がトラップに引っかかるんだろ。」
「可愛い子なら騙されてもいい〜。」
男の人って…。そう思って可奈を見ると可奈も肩をすくめて首を振る。同じ思いのようだった。
可奈と別れ1人席に戻るまでに華はぼんやり考える。ハニートラップ…。実際に反対してるのは女性だっているはず。自分だって…。フッと浮上した思いに、そんなわけ…と頭から追い出す。
もし南田さんが私へのハニートラップだとしたら、仕掛けた罠はかなり間違いだらけのものだもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます