第11話 頑張れる?
出社すると会社に人があふれていた。それを眺めていた加奈が華に気づいて側に来た。
「おはよ。華ちゃん。うちの部署は男ばっかだったからね〜。足りない女の子は派遣の人を頼んだみたいだよ。」
加奈が言うように女の子が大量に増えていた。そして土日に搬入を済ませたらしい、新しいデスクやパソコンなんかも所狭しと置かれている。その中で部長が指示を出していた。
「社員一人につき、異性とペアになるのはもう知っていると思う。社員にはメールで誰がペアか資料が来ているから確認するように。」
これはこのゴタゴタが落ち着くまで仕事もできないな…。はぁとため息をつきながらメールを確認した。
華のペアは内川さんという人だった。話したことは数えるほどしかないけれど、穏やかな人だったことは覚えている。
相性のいい人を計算ではじきだしたね…。本当かなぁ。
いぶかりながらも華は自分の荷物を新しいデスクへと移動させた。
「奥村さん。君は派遣の子たちに部内のことを簡単に説明してあげて。」
そう部長に言われ、内川さんとの自己紹介もそこそこに、派遣の人たちが待機することになった会議室に向かった。
その途中、休憩室で談笑している声が聞こえた。数名の男性社員のようだ。その中の一言が華に衝撃を与えた。
「派遣の女なんて使い捨てだろ?仕事としても女としても。」
な…何それ…。
怒りで手がわなわなと震える。すると聞き慣れた声が聞こえた。
「ご自身が使い捨てにされないように注意された方がよろしいのではないですか?」
「な…。」
使い捨て、と言った先輩が今にも怒り出しそうなのが、外の華にまで伝わる。
南田さん…。先輩にそんなこと言っちゃって大丈夫なの?別の緊張で華はその場に立ち尽くす。南田の声がまた聞こえた。
「もちろん僕もです。」
華はその場から離れると会議室へ向かう。さきほど聞いた会話が頭を巡った。
もちろん僕も…。僕も使い捨てにならないように…。本当にそう思っているのかな。その一言で先輩の逆鱗に触れることは免れたみたいだけど…。そもそも先輩の「派遣は使い捨て」発言はどうなのよ!
たくさんの複雑な思いが交錯しながら、華は会議室のドアを開けた。
華は派遣の人たちに部内の説明をした。給湯室の使い方やトイレの場所など簡単なことを。あとは部長から渡されたペアが書かれている資料をみんなに配った。その資料とともに社員の座席表も。
それぞれ自分のペアと席を確認して、この場は解散となった。
華も自分の仕事に戻ろうと席を立つと派遣の子に話しかけられた。
「奥村さんは社員さんなんですか?」
「はい。そうです。」
「もったいないですね。」
もったいない…。どういうことだろう。
華が考えていると質問して来た子が続けた。
「だって仕事なんていい男を見つけるための手段じゃないですか。派遣ならいい男がいなかったら会社変えれるのにって。」
アハハッと笑いながら言ったその子には悪気はなさそうだ。それでも複雑な思いで華は自分の席に戻ることになった。
南田には優しそうな派遣の子がペアになったようだ。さきほどの「仕事はいい男を見つける手段」発言の子は「派遣の女は使い捨て」と言った先輩とペアだった。
ある意味、正解かもね…。
そう思いながら、やっと仕事に取りかかれた。
元々の部署が男性の多い部署だったため、派遣の子は女の子ばかりだった。そして分からないことがあれば華に聞く子が多かった。業務のことはペアの男性に聞けたが雑務は分からない男性が多いからだ。
「奥村さん。コピーとってって言われたんですけど…。」
ちょっと待って。コピーのとりかたくらい男性社員も知ってるでしょうが。
そう思っても教えてあげるしかなかった。教える気があるなら、最初から男性社員が教えてるだろう。
そんな納得できない雑務の相談が多く、自分の仕事はほとんど手をつけれなかった。
定時になると派遣の子たちは一斉に帰っていった。ホッと息をつくと気分転換に休憩室でコーヒーを飲むことにした。
すると休憩室にさきほどの「派遣の女は使い捨て」の先輩と何人かの人も入って来た。
「やっぱり派遣の子は定時で帰っちゃうよな。」
「そりゃそうですよ。そういう契約なんですから。」
「まぁ可愛い子だったから、いっか。」
「寺田さんは調子いいんだから〜。」
ハハハッと笑い合う男性社員の話を苦々しい気持ちで聞いて、休憩室をあとにした。
コーヒーカップを捨てていると席に戻ったと思われたようだ。先輩たちは社員の女の子の話をしていた。
「社員の女の子は雑務担当で派遣の女の子はお色気担当だな。」
「うわ。ひどいですよ。寺田さん。」
「なんだよ。向井だってそう思ってるくせに。」
ハハハハハッと楽しそうな笑い声まで聞こえる。華はやりきれない思いで席に戻った。
それから何日も怒涛の日々が続いた。定時までは派遣の子の対応に追われ、自分の仕事は定時後になってしまう。休日もあるようでないようなものだった。出社したり、残った仕事を持ち帰ったりしたからだ。
お昼、心配した加奈が華を気遣う。
「華ちゃん大丈夫?ここ最近、長時間働き過ぎじゃない?」
ペアの内川さんはいい人だけど、遅い出勤をして遅く帰るタイプの人だった。華は早くから出社しているのに、帰るのは内川と同じくらいの時間。
「うん。でもやらなきゃいけない仕事が多くて…。」
「もう。派遣の子のお世話はペアの人がやればいいんだよ!華ちゃんは優し過ぎるの!」
そうかもしれない。でももう疲れ過ぎちゃって頭が回らない。
「ゴメン。加奈ちん。ちょっと会議室で寝てくる。」
「うん。会議室1を取っておくね。そこ使って。」
加奈にお礼を言うと会議室に向かう。
ダメだ…。時間が無さ過ぎてまともに眠れてないから…。
会議室に向かう途中で前方から南田が歩いてきた。南田とはマンションに行って以来会っていなかった。華は忙し過ぎてそれどころではなかったし、南田も何も言ってこなかった。
あ、南田さんだ…。なんでだろう。前は難しい言葉に頭痛がしそうだったのに、今はあの難解な南田さんとの会話をしたいなぁなんて思ってる。
何を思ってるのかしら…と力なく笑って会議室の中に入った。会社では極力話さないって契約だ。
すると後ろから南田も会議室に滑り込んできた。
え?と振り返った華にくちびるが重ねられた。手がとられ、音が鳴る。
ピッ…ピー。「認証しました。」
「どうして…。」
この会議室、認証の機械が置いてあったんだ…。そんなどうでもいいことが頭をグルグルする。懐かしくさえ思える無表情の南田。
「認証したいという顔をしていた。」
「そんなわけ…。」
不満げな顔を向けると南田と目が合った。
「頑張り過ぎだ。」
華の頭を軽くポンポンとして南田は会議室を出て行った。
しばらく呆然としていた華は目からハラハラと涙を流してしゃがみこんだ。
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