第7話 捕食する?

 パスタやピザを食べながら、その他にも取り決めを交わした。

 まず南田から言われたのは、会社では極力話しかけないこと。

「僕に関与すると君に悪影響が及ぶ。」

 まぁ変わり者で通ってるしね。仲良くしているというか、こんな毎日キスをする間柄だと知られたら…。誰に何を言われるか分からない。そのことを想像するだけでもゾッとした。

 でもだったらこんな提案をしなければいいのに…と思うけれど、質問したって欲しい答えをくれないのは目に見えていた。


「今後はどうするんですか?」

「今後とは?」

 今後とは今後よ!どうして分かってくれないんだろう。今後のキスはどうするんですか?なんて聞きたくない…。

「いつもこんな個室で会ってご飯を食べてたら、お給料なくなっちゃいます。」

「あぁ。それなら構わない。」

 構わなくない!お坊ちゃまめ!

「僕が払うから憂慮は不必要だ。」

「何を…。今日は私が払います。さきほど言ったことを聞いてなかったんですか?」

 難解な言葉を華は理解しようと努力してるのに、南田はこっちの話を聞いていないのかと腹立たしい思いだった。

「強情だな。強情なのは得策ではない。吉井さんのように世渡りが上手くなった方がいい。」

 吉井…さん?

 突然でビックリして、加奈の名字がそういえば吉井だったな…と思い出すのに時間がかかった。

「加奈を知ってるんですか?」

「知ってるも何も同じ部署だ。」

 そうだけど…。私も同じ部署なんだけど、どうして私は君…。あぁ契約関係だものね。契約関係。

 その言葉が胸にチクリとした。


 黙ってしまった華の前にコトリと音を立てて何かが置かれた。

 …鍵?

 顔を上げると南田と目が合った。

「僕のマンションの鍵だ。毎度の外食を杞憂するなら、マンションに来臨してくれて構わない。」

 らいりん…重要なところが全く分からない…。でも…合鍵ってこと…だよね?

「それは…さすがに…。」

 私たちはただの契約関係。恋人っていうわけでもない。それなのにそんなに図々しいことをしていいのか。それにそこまで深入りしたら、それこそ抜け出せない気がする。

 既に南田に振り回されている自覚はあるし、度々に痛くなる胸。抜け出せないほどにならないように気をつけないと…。

「君の捕食は予定していない。杞憂は不要だ。」

 そう言って鍵を自分のポケットにしまいながら続けて口を開いた。その続きの声には動揺が感じられた。

「スペアは家だ。失念していた。これを渡したら僕の帰宅が困難になる。」

「…プッ。」

「何がおかしい。」

「だって…。」

 ダメ。やっぱりこの人、可愛い。

「分かりました。今度おうちにお邪魔させてくださいね。」

 ニコッと笑った華の頭が引き寄せられた。一瞬のことにされるがままの華にくちびるが重ねられる。そして頬に眼鏡が当たった。

 ピッ…ピー。「認証しました」


 口に手を当てて動揺を隠そうとする華は顔が赤くなるのを感じた。

「な…。どうして。」

 1日に何度も認証しても意味がないことを南田が知らないわけない。いや。知らないどころか、そのことを前に華に話してきている。

「緊張をほぐすためだ。」

「ほぐれない!」

 この人の考えが全く理解できない。

「耐性をつけたら緊張しないだろ?」

 既に食事は終わっていた二人。南田は帰り支度をし始めていた。

 たいせい…。ブツブツ言う華に「慣れろってことだ」と言い残して先に行ってしまった。

 な…。やっぱり普通に話せるんじゃない。そもそも…慣れるなんて無理!

 華は顔を手で覆って椅子から立ち上がれずにいた。


 店の外に出ると寒そうにしている南田が待っていた。

 離れたところから見ている分には目の保養って感じなんだけどなぁ。

 誰かを待って立つその姿は寒さに耐え、それを表情に出さない感じが素敵に見える。

 でも実際はただの無表情男で変わり者。

「おい。凍死させるつもりか。」

 全くもって会話というものが成り立たないし。

「1日に1回だけというのも取り決めにしてください。」

「緊張しないようにというのを考慮した当然の結果だ。」

 悪びれる様子のない南田にどう説明すればいいのか分からない。

 そもそも恋人でもなんでもないのに毎日キスをするという契約自体が、常軌を逸脱している。…はぁ。思考回路が南田さんになってきちゃう。


 南田は「行こう」と小さく言うと先を歩く。どこに行くんだろうと思いながらもついていく。でもさすがに夜も遅いし…今日はもう帰りたい。

「あの…どこへ向かってるんですか?」

 華の質問に振り返った南田は当然のことを言うような口ぶりで話す。

「僕のマンションだが?」

「! 行きません!行くなんて言ってません。」

 華の抗議に立ち止まると腕組みをして見下ろされた。う…無表情の威圧感…。

「明日は土曜だ。どのように対顔するつもりだ?」

 土曜!

 華は南田に振り回されっぱなしで曜日などすっかり忘れていた。

 南田は無表情を崩さずに続ける。

「いつかお邪魔させてください。と言っていた。それなら今からが、うってつけだ。そのまますぐに明日の認証ができる。」

 そのまますぐに明日…。それってお泊まりってこと!?

「無理です。無理無理!お泊まりなんてそんなこと…。」

「君は杞憂が過ぎる。捕食する予定はないと言ったはずだ。」


「今から行くのがもっとも合理的で迅速な対応だ。」

 と言い張る南田を押し切って華は自分のアパートに帰っていた。

 南田が言っていた「ほしょく」が気になって何気なくネットで調べる。

 画面に現れた漢字と意味に愕然としてスマホに突っ伏した。


 ほしょく【捕食】《名・ス他》つかまえて食べること。


 た、食べるって…。やっぱり南田さんの思考回路は理解できない!!

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