第4話 改めて契約する?

 南田に連れて来られたのは有名焼肉店の個室だった。

 もしかしてこの人ってお坊ちゃまとかそういう…。

 しかも個室にはキス税を認証する機械が部屋に設置されていた。色々な意味で居心地の悪さを感じて小さくなりつつ座った。

「遠慮はするな。…と言っても食物を摂取できる状態なのか?」

 摂取できる状態…。体調は大丈夫?ってことかな。

「そういえば昨日の夜から食べてなかった…です。」

「極めて怠惰な生活だな。」

 誰のせいよ…。むくれる華をよそに南田はメニューを開く。そしてスープが載っているページを差し出した。

「この辺りなら摂取できるだろう。」

 この人、優しいのか…なんなのかしら。一人苦笑していると無表情なまま南田は首を傾げていた。


 華はスープを飲むと胃が落ち着いてきたのを感じた。さすがにすぐに焼肉なんて1日絶食した体には無理だっただろう。スープで落ち着いたお腹に少しずつご飯やお肉を入れる。

 そういう気遣いはできるってことなのかなぁ。でも…女の子との食事でいきなり焼肉って…やっぱり変わり者。

 そして全くもって人間とは思えない南田の食事風景は華にとって不思議で仕方なかった。ものすごく美味しいお肉なのに顔色ひとつ変えない。ある意味すごいなぁ。そんなことを思っていた。


「ところで契約についてだが…。」

 ゴホゴホ…ゴホッ。咳き込む華にそっとお茶が差し出された。本当にこの人って理解できないわ。

「契約はしません。何度言ったら分かってもらえますか?」

 南田はため息混じりに言葉を続けた。

「キス税は毎日しないと意味がない。」

「それくらい知っています。」


 キスの認証は1日に何度も認証すればいいわけではない。もちろん、それを貯めておくこともできない。免疫力アップを狙っての政策なのだ。毎日、免疫力を上げなければなんの意味もないことは分かる。

「理解しているのなら、どうして断るのかが理解不能だ。1回だけでは免除される額は微々たるものだぞ。」

 つまり認証した日数と税金がかかる日数との差が、納めなければならない税金となる。毎日認証できれば完全に免除だが、1日だけではほぼ意味がなかった。


 その時、急に外が騒がしくなって会話が中断された。

「キス税、はんたーい!」

「そうだ!反対だー!!」

「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので…。」

「うるさい!キス税を払うのなんてまっぴらなんだよ!」

 ぎゃーぎゃー騒がしい大声は店員に連れていかれたのか、しばらくして静かになった。


「うらやましい…。」

「騒音がか?」

 フフッと力なく笑う華は首を振った。

「私も反対デモに参加したいくらいなんです。なのに自分の意見も言えないでいる…。あの人たちはすごいです。」

「なるほど。非常に面白く、興味深い意見だ。」

 この人にはそういう悩みはないんだろうな…。私をからかうくらいの余裕があるんだから。

「僕もプライバシーの侵害だと日々思っていた。」

「え?じゃ今までは…?」

「無論、税金を払っていた。プライバシーが保護されるなら安価だ。」

「でも…じゃ私とは?」

「君とは…。」

 南田は言い淀んだが、ほどなくして口を開く。

「契約関係だ。プライバシーとは無縁だろ。」

 どういう理由なのよ。なんとなく胸がチクッとした。

「私は契約しません。他の方をあたって下さい。今日はご馳走様でした。」


 頭を下げて立ち去ろうとする華に南田はおもむろにスマホを差し出した。意味が分からないままスマホを見ると画面には何かの動画が流れていた。

 音声が流れる。

『…や。ヤダ…南田さん…やだって。』

「な…どうして…。」

 華は愕然として椅子に崩れ落ちた。その動画は医務室で寝ていた華が夢でうなされているところを撮ったものだった。

 寝言のため言葉は途切れ途切れ。もちろん寝ているためベッド。

 これ知らない人が見たら、どう見たって…。華は南田の顔を見上げる。相変わらずの無表情で心持ちが分からない。

 華はサッと南田のスマホを奪い取ると削除の方法を模索する。その華に無情な声がかけられた。


「複写しないわけないだろ?」

 ふくしゃ…コピーか…。そりゃそうよね。こんなの撮って私にわざわざ見せるんだ。悪巧みするためだものね。

「契約するだろ?」

 無表情な顔が無表情のままなのに、ニヤっとした気がした。


 ギリギリとした気持ちだったが、契約しないわけにはいかないだろう。あんなの流されたら…。

「ちょっと待ってください。その動画をどこかで流すとかそうなったら、私に名前を呼ばれている南田さんにも害がありますよね?」

「そんなの見せ方次第だ。」

 もうこの人を私が返り討ちにするのは無理なのだ。諦めよう。何も考えたくなくなって考えることを放棄したかった。


 そんな華に南田が顔を近づける。

「ち、近いです!」

「認証させるんだろ?」

「い、今からですか?」

「なんだ。外の方が好ましいとは理解しがたいが、致し方ない。」

「違います!こっちが理解できません。焼き肉ですよ?食べてすぐ…とか…。」

 何をこんな人にそんなことを…。する前提の話を何故しないといけないのよ!

「なるほど。それは配慮に欠けたようだ。しかし同等の物を食している。気になるものか?」

「もう好きにしてください!」

 こんなことをこの人と議論することがあり得ない!

 すると南田が手を伸ばして華の口に何かを押し込んだ。


 ヤダ…。怪しい薬!?そんな心配は無用なのが口の中にミントの爽やかな味が広がって分かった。ミントタブレットね…。納得していると、すぐ目の前に南田の顔があった。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「まだ…何かあるのか?」

 何も無いから困ってるんじゃない!何か口実を…。しなくて済む…。

「眼鏡を…。」

 あぁ。そんなことじゃする方向じゃない!心の中で地団駄を踏む。

「そうか。いつも阻害しているとは思っていた。」

 素直に眼鏡を外した南田の顔にあろうことかドキッとしてしまった。そのまま南田の顔が近づく。もうくちびるに触れそうなほどの距離で南田が言葉を発した。

「目は閉じないのか?」

 かぁーっと赤くなるのを感じて南田を押しのける。

「すみません。帰ります。ご馳走様でした。」

 逃げるようにお店を出た。後ろからは何も聞こえてこなかった。

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