第3話 反対する?
眠い体を引きずって起きた華はテレビをつけた。ワンルームのアパートは狭いことがいい時もある。なんでもすぐに手が届くところとか。
しかし今はベッドの中からでも見られるテレビをそのままベッドで見てしまったら、もれなく夢の中へ行ってしまいそうだった。
つけたテレビからは連日のようにやっているキス税の報道。毎日過ぎて見ても何も感じない。テレビには仲の良さそうな老夫婦が映る。
「ワシか?そりゃ毎日しておる。若返った気分だ。」
ワッハッハと笑うおじいちゃんの隣で恥ずかしそうにしているおばあちゃんが微笑ましい。
こんな馬鹿げた政策、リア充というのが爆破してるような人が支持してると思いきや、どの年代からも一定の支持を得ていた。
そもそもこの政策を打ち出したのも…。大沢喜一郎。その政治家らしい堅物の見た目からは想像できない政策。
「大沢さん。こんな政策おかしいんじゃないですか?」
テレビでは街行く人の報道が終わり、スタジオで大沢本人と反対派、賛成派が集まって議論を交わしていた。
「何をおっしゃってるんですか?この政策が施行されてから実際に医療費は削減。そして婚姻数もこのように上昇しています。」
賛成派の人がフリップの折れ線グラフを出して説明している。
「医療費削減だけでなく少子化問題まで解決できるかもしれない。こんなにいい政策に反対するとは…。」
ブチッ。その音ともにテレビから音が消えた。華は嫌な気持ちで仕事の準備を始める。なんとも思わなくなっていた話題も嫌でも南田を思い出して心が沈んだ。
華は平均身長で体つきも細くもなく太くもなく。年中ダイエットをしているような、していないようなごく普通のOL。顔だって特別可愛いわけじゃないのは自分でも分かっている。
髪は美容院になかなか行けずに伸ばしっぱなしになっているのを、ただまとめているだけ。ちょっと女の子をサボってるなという自覚もある。
だから余計に南田の行動の意味を理解できなかった。例え目の前でキス税を嫌がっている女の子がいたとしても、南田のような人が何かするなんて。しかも自らが…。
そこまで考えて首を振る。理解不能なのは別次元の変人だから。そんな人のこと考えるだけ無駄だわ。
寝不足で何も食べる気がしなくて、そのまま家を出た。
外では反対派のデモが行われていた。
「キス税、はんたーい!プライバシーの侵害だー!」
華も激しく同意したかった。しかし周りの目は冷ややかだ。キス税を表立って反対すれば冷ややかな目を向けられる。
何故なら、自分にはそういう相手もいないし、これからもそういう相手を作れそうにありません!と暗に公表しているようなものだ。
「キス税、はんたーい!」
去っていくデモ隊のメンバーは確かに相手が作れなさそうな男の人ばかりに思えた。その中で同じように声をあげることはできなかった。
職場につくと昨日の残っていた仕事に着手する。南田のおかげでほとんど終わっているようなそれを苦々しい思いで取り掛かった。
どうにか期日までに提出できた仕事にホッと息をつくと、張り詰めていた糸が切れてしまったのかもしれない。ふらっとして周りが白くなっていく感覚だけ覚えていて、あとは遠くで何故か「奥村華!」と名前を呼ぶ南田の声が聞こえた気がした。
夢の中に南田が出てきた。意識が途切れる間際に南田の声を聞いた気がしたせいだろう。夢の中の南田も執拗にキスをしようとしてくる。
「…や。ヤダ…南田さん…やだって。」
夢の中ではそんなこと言ったってどうにもならない。夢の中で懸命にもがいているのが分かる。逃げなきゃこんな人からもこんな政策からも。足が空回りして逃げれない。夢なのにどうして…。
すると温かい声が聞こえた。「大丈夫だ。心配しないで。大丈夫だから。」その声に安心すると夢の中の南田は消えた。それなのにその温かい声は南田の声のような気がした。
目を覚ますと白い天井が見えた。記憶を辿るとたぶん倒れたんだろうと理解できた。ここは医務室かな。どのくらい眠ったんだろう。
ベッドの脇に人影があることに気づいて目をやると、その人物に驚く。南田だった。
「やっと覚醒したか。」
どうしてこの人は普通に「起きたのか?」って言えないんだろう。
「今、何時ですか?」
「六時だが?」
「…え?」
「六時だ。」
私の意識が途切れたのって午前中じゃなかった?そんなに…。
グーッ。
お腹が思い出したように盛大な音を出した。
な、なんでこんな時に!
顔から耳までもが赤くなるのを感じてうつむくと、フッと笑う声が聞こえた。
「え?」
顔をあげても南田の顔はいつも通りの無表情だ。
でも…今、笑った?
華、以外にここにいるのは南田だけだ。笑ったのが華じゃなければ南田しかいない。
「食物を摂取しに行こう。」
な…。どうしてこうも普通に話せないのか。
なんだか無性におかしくなって笑えてしまう。
「何がそんなにおかしいんだ。」
ほら。普通に話せるくせに。
「なんでもありません。ご馳走して下さいね。」
「構わない。昨日もそのつもりだった。」
え…。だから昨日あんな時間に…。でも定時くらいに帰ってるのに、どこで何をしてから職場に戻ったんだろう。
いろんな事がおかしくて華は声を出して笑う。その姿に南田は怪訝そうな声を出した。相変わらずの無表情のままで。
「何をそんなに…。君のお腹の方がよっぽどに滑稽だ。」
フッとまた息が漏れたのが聞こえて、この人ってやっぱりいい人なのかもと思った。打ち消していた「いい人かも」の思いをもう一度再確認した気がした。
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