女子大生がお見合いパブに行ってきた話

@kanata102-1

第1話

 皆さんは相席屋、もしくは相席居酒屋という場所を知っているだろうか。自分がこの相席屋というものを知ったのは、数年前の夕方のワイドショーだった。その名の通り、見知らぬ男女が同じ卓に通され食事をしてもらうといった形の居酒屋である。

 店によってルールは様々だが、大きな特徴としては、女性側は無料で飲み食いすることが出来ること、その分男性側は多めに払うことになるといった点だ。つまり店側は飲食代を餌に女性を集め、女性と知り合いたい男性にお酒とご飯と女性を提供する。

 男女ともそれで楽しいのだろうかとは思うのだが、世の中ではこういった商売が成り立っているらしい。


バンドマンはやはり地雷

 そんな相席屋に先日行ってきた。

 ある日、池袋サンシャイン通りを駅に向かって歩いていると、バンドマン風のひょろ長い男が何もせず立ち止まっていた。歳は二十代中頃といったところだろうか。人通りの多い道で立ち止まっている人間というのは異様なもので、気になると目で追わずにいられない性分である。案の定目が合った。

 バンドマンは想像通りの覇気のない声で、

「お時間ありますか」

 と尋ねてきた。こちらが答えを詰まらせているのをいいことに、

「女の子はタダでご飯食べられるんですけど、少しお時間いいですか?」

 と続けてくる。喉が渇いているのは事実だが、正直知らない人に着いていって、いいことがあった試しがない。ここは断ってはす向かいのロッテリアにでも行くのが正解なのはわかっているのだが、会話してしまった以上断りにくい。そこにとどめを刺すように、「ノルマがあるんです」と申し訳なさそうに言うわけだ。

 こうしてどこに連れていかれるのかもわからないまま、見ず知らずの人間のノルマ達成に貢献することになったわけである。


都会は大通りを一本入っただけで闇

 連れていかれたのはサンシャイン通りを少し入ったところにある雑居ビルだった。

 エレベーターに乗り込み、バンドマンが慣れた手つきでパネルを押すのを見て、ようやく自分がどこに連れていかれるのかがわかった。『お見合いパブ』なる場所らしい。

 お見合いパブ。タダでご飯を食べて帰るだけというわけにはいかないようだった。

 やばいところに足を突っ込んでしまったのかもしれない。そう思ってもここはエレベーターの中である。やっぱり帰るなどと言い出せるなら、こんなところまで来ていないのだ。


これが『お見合いパブ』か

 私の気持ちは置き去りにして、エレベーターは目的の階に到着した。お見合いパブ、初潜入である。

 出迎えてくれたのは、これまたバンドでもやっていそうな茶髪のお兄さんだった。キャッチのバンドマンがロキノン系だとしたら、受付のお兄さんはV系っぽい感じである。

 ここにはバンドマンしかいないのか。頭を抱えるしかない。

 受付を素通りして、席に通される。どうやらあの受付は男性用らしい。店内を見てみると、健全なお店には到底思えなかった。

 壁や床は黒で統一されていて、天井にはシャンデリアがぶらさがっている。壁沿いにソファ席があり、一人用の丸い机がぽつぽつと並んでいた。自分はそこに通されたのだが、横を見ても後ろを向いても鏡。仕方なく正面を見ると、少し距離を置いて向かい合うようにカウンター席が設置されており、面接会場のようでこちらもまた落ち着かない。

 想像していた相席屋というのは、同じ席に座らされるものだったが、ここでは仕様が違うらしい。女性は壁際に座り、男性側がカウンター席にという形のようだった。唯一の救いは平日の十九時前ということもあり、客がそこまでいないことだろうか。

「お姉さん、飲み物何がいい?」

 席についてすぐ受付のお兄さんが話しかけてきた。従業員と思しき人物はこのお兄さんと、バンドマンの二人だけだった。バンドマンがすでに見当たらないところを見るに、店内はお兄さん一人で回しているようだ。


説明しよう。これが『お見合いパブ』だ

 お酒を一杯と、彼の口車に乗せられ無意味にピザを注文したところで、お兄さんからお店のシステムについて説明があった。

 女の子はタダで好きなだけ食べたり飲んだりしていいこと。

 男の人から気に入った女の子を指名するためのカードが渡されるが、気乗りしなければ応じなくてもいいこと。

 応じた場合奥にあるボックス席で二人で話すこと。

 注意点として、二人で話すと高確率で外に誘われるが、場所柄、危険なことも多々あるので気が乗らないのであれば絶対に着いていかないことを挙げられた。

 男性と無理に話さなくていいと言われるのはありがたい話ではあるが、実際店に金を落とすのは男性側なのだから店員がこんなことを言っていいのだろうか。疑問に思ったので、料金システムについて聞いてみた。

 男性側は最初入店三十分の料金を払い、その三十分を過ぎると十分ごとに料金が発生していくらしい。それに加え、女の子にカードを送ると結果は関係なく千円取られるそうだ。

 ここから店側としては男性が女の子と話せるか話せないかは問題ではなく、男性側になるべく多くの選択肢を用意してカードを書かせ、女の子になるべく店内で時間を潰させることが利益に繋がるのだと判断した。


イカれたメンバーを紹介するぜ!

 お兄さんが一通りの説明を終えたところで、三つ横の席から「レモンサワー」と声が上がる。

 横を見ると、空のグラスを机の端に寄せている女性。この女性、歳は二十代前半から半ばといったところ。明るい茶髪の巻き髪に胸元のざっくり空いたトップス、パーツパーツからはギャルっぽい印象を受けるのだが、言いようのない気だるさが素直にギャルと判断させてくれない。それに加え、荷物がでかい。なんとなく見てはいけないものを見てしまった気がして、目を逸らした。

 先ほどまで奥の席で男性と話していた女の子が戻ってきていた。かわいらしい女の子である。

 ただ服装がいけない。髪型は黒髪ボブ。それを幼児用の飾りのついた髪ゴムでツーサイドアップにしている。

 ツーサイドアップとは、上部左右の髪の毛一房ずつをツインテールのようにまとめ、下の髪はそのまま下ろした髪型のことである。例としてあげるのであれば、エヴァンゲリオンのアスカ、デスノートの弥海砂だろうか。二次元か幼女にしか認められていない髪型である。

 それに加え、タトゥーチョーカー、ハイウエストのショートパンツ、柄物のニーハイソックスときている。

 目の前でロイヤルストレートフラッシュでも決められた気分だった。八割方、地下アイドルか、ツイッターの人間だと判断し、こちらを向くのもやめた。

 店内には、この二人と男性が一人、ホールのお兄さんの四人しかいなかった。女の子はどうやら常連らしく、お兄さんを呼びつけるのも手慣れたものだった。


三番、指名入ります

 ここで正面の男性が、お兄さんを呼び出した。こちらを見ながらひそひそやっている。よく見ると私の机の上には番号札があり、その数字で呼ばれているように聞こえた。品定めされているようで、いい気分ではなかった。

 そちらがひと段落ついたのか、飲み物と一緒にカードが届いた。カードには名前、年齢、趣味、一言メッセージなどが書いてある。

「あちらの男性からなんだけど、嫌じゃなかったらお話ししてもらえる?」

 とお兄さんは視線でカウンターに座っている男性を指す。

 お金を受け取ってもらえない以上、自分のご飯代分くらいは働かないといけないという気持ちはあった。二人で話すことを了承すると、想像以上にお兄さんに感謝された。

 キャッチの時点で薄々気づいていたが、この店、お手軽に人の役に立っている感覚を味わえる。

 なんだかとんでもないところに来てしまった、そう思っている間にも、飲み物は奥のテーブルに運ばれていった。

 一人目の男性は、四十代前後だった。

 小太りで、眼鏡にキャップ、チェックシャツ、リュックサック。これまた綺麗に役が揃った感じがする。結局人は見た目で判断されてしまうのだ、と思いながら席に着いた。

 軽い挨拶を済ませると、すぐに「このあと時間どうですか」と聞かれた。やはり男性側の目的は外に連れ出すことらしい。

 悪い人ではなさそうだが、愛想は悪い。ここでの会話を楽しむ気は一切感じられなかった。先ほどの地下アイドルをお持ち帰りできないのも納得である。ここで楽しく話せない人間と外で話す気にはならないという発想はないのだろうか。

「すみません、今日はこの後まっすぐ帰ろうと思ってて……」

 その私の言葉で、この場はお開きになった。


ここは賽の河原なのか

 席に戻ると、注文していたピザが席に用意されていた。一仕事終えて帰りたい気分だったのだが、頼んだものは食べてから帰らないと申し訳ない。味はカラオケのフードくらいのレベルである。お金を払っていないわけだから、このくらいでちょうどいい。

 ここで問題が出てきた。目の前のものがなくなったら帰ろうと決めているのに、私のピッチよりもお兄さんが新しく酒を作って持ってくるペースの方が早い。強い酒は一切運ばれてこないので酔うことはないが、帰れないことに変わりはなく、結局この店に二時間いる羽目になった。


出会いは八時を過ぎてから

 時間は八時を過ぎて、さすがに店も賑わってきた。

 男性客は上司と部下らしき組み合わせの二人組と、そのほかに一人客が三組。女性客は、女子大生二人組と、三人組が入店してきた。

 男性側としてはやはり複数人のグループにカードを送るのは躊躇われるらしく、結果一人で来ている女の子にカードは集中していた。とはいえそれに応じていたのは自分と地下アイドルだけで、ギャルは来るカード全てを拒み続け、帰るまで誰とも話すことはなかった。

 それが今日だけではないことは、お兄さんとのやり取りを見ていればなんとなくわかった。タダで椅子と充電器が確保され、その上腹も満たせるとなれば、そういう使い方をする人がいるのも不思議ではない。

 途中一人女の子が入ってきたのだが、店員の男性陣と常連の女の子に自分の近況報告やらこれからの予定やらを話してそれだけで帰っていった。帰って行ったあと、ホールのお兄さんに彼女の愚痴をこぼすギャルを見て、この場にも女の子同士の人間関係があって、なおかつ何もうまくいっていないんだな悟った。


お見合いパブでもマナーは大切

 二人目の男性は一人で来ていた四十代の男性だった。仕事帰りのサラリーマンといった風貌で、話し方も落ち着いていた。

 彼に指名されたころ、ホールでは五十代くらいの男性がカラオケを始めていた。「はあん、そういう楽しみ方もあるのか」なんて思いながら酒を飲んでいたわけだが、彼が自分の席から女子大生グループに話しかけカラオケに巻き込み始めた。

 店側は特に何を言うわけでもなかったが、やはりほかの客からは反感を買うらしく、その男性は「こういうルールがある以上、ああいう使い方どうかと思うんだよね」とだいぶ遺憾の意を示していた。

 この男性にも「この後、お酒でも別のところで飲みませんか」と言われたが、そちらはお断りした。お断りした後、十分ほど話して席に帰された。


気になるあの娘はわりとやばい

 このボックス席、実は隣の席が見える。

 二人目の男性と話している間、地下アイドルが眼鏡をかけたこれまた四十代くらいのサラリーマンと話していた。正直、こちらが気になって会話どころではなかった。

 冴えないサラリーマンのすぐ隣に二十歳前後の女の子が座っていて、その上、手まで握っているのだ。すごく気になる。もちろん隣に座らないといけないなんていうルールはない。

 その後もちらちらと彼らを見ていたのだが、どうやらそのサラリーマンはこの子に会いにきたらしい。鞄の中からプレゼントが出てきた。たしか財布だったと思う。人が貢いでいる光景というのを初めて見た。ちょっと引いた。

 彼らの関係が対等ではないことは、こんな場所でプレゼントを渡している時点で火を見るより明らかである。この空間で、私だけがまともなのではないかと思えた。

 こういうところは、ここから発展していく場所なのだと思っていたのだが、この場だけで完結する関係があるらしい。

 彼はその後しばらく彼女と話して、一人で帰っていった。

 メイドカフェのメイドに入れあげる男性がいることも、それこそ地下アイドルに恋をしてしまう男性がいることも知っている。彼がしていることはそれと何ら変わりないのだが、なんというか不憫で仕方なかった。

 ただそれよりも、こんな金にもならない場所で、日常的に男に媚びているであろう彼女を見ていると、腹の中になにか重たいものが溜まっていくようだった。


デ(略)

 三人目の男性も四十代の男性だった。二人目の男性と話し終わり、席に戻ってすぐのことだった。ほとんど休む暇もなく、ボックス席に戻った。相変わらず、隣では地下アイドルがサラリーマンに囲われていた。

 この男性、サーフィンが趣味らしく色黒で、服装も相まっていかつい印象を受けた。話してみると怖いのは見た目だけで、その日、私はファッションサブカル女らしく浅野いにおのTシャツを着ていたのだが、同氏の連載中の漫画の話で盛り上がるなど、この日一番話が弾んだ。

 とはいえ監視の目のない中、二人で酒を飲めるかというと話は別である。ここは池袋。ちょっと道を入っただけでラブホテルが乱立している恐ろしい街なのだ。外へのお誘いは丁重にお断りした。お断りしてもそれまでと同じテンションで話し続けてくれ、少し申し訳ない気分になった。その後、私の酒がなくなったところでお開きになった。


過剰な餌は毒

 三人目と話し終わり席に戻ってきた。せっかく話している最中にグラスを空けられたというのに、席には新しい酒がすでに用意されていた。

 このあたりで自分が変な気分になってきているのに気付いた。ほかの女の子を差し置いて、自分のところに指名が来るのが気持ちよくなっていたのだ。

 冷静に考えれば、地下アイドルは囲いに占領されており、他にいるのは指名を断り続けているギャルと複数で来ている女子大生なのだから、自分に指名が来るのは当たり前である。誰だって同じ金を払うのなら、確率の高いほうを選ぶに決まっている。

 わかってはいるのだが、ツイッターの星の数で満たされてしまうタイプの人間だ。地下アイドルが、ここに入り浸っている理由がなんとなくわかった気がした。

 わかってしまった以上、ここに長居するのは危険だ。ちょうどそのタイミングで、キャッチのバンドマンが二十代半ばのOL風の女性を連れてきた。ここでやっと帰る決心がついた。ホールのお兄さんには少し引き留められたが、外に戻るバンドマンと一緒に帰ることに成功し、私の相席屋初体験は終わったのである。


あの三時間は何だったのだろう

 結論から言ってしまえば、この店舗に行くことはもうないだろう。

 男の人と話すことはそれほど苦ではない。年齢層は高めだが、悪い人はそれほどいないようだった。そもそも嫌なら断るという選択肢もある。

 ただ常連の女の子と同じ場にいるのがつらい。指名待ちの風俗嬢のような気だるい雰囲気があるのだ。

 それに加え、店側のお兄さんの人当たりがいいせいか、客と店員という関係以上に入れ込んでしまっている印象を受けた。

 タダ飯食べて帰っていったギャルのお姉さんも、例外ではない。途中で入ってきた女の子はこの店での人間関係を信じているようだったし、地下アイドルも自分は店側の人間だと思っているように見られた。

 店員のフレンドリーさが、女の子に不必要な仲間意識を持たせるのだ。

 自分もその手に引っかかっていないとは言えない。そもそもこの店に入ってしまったのは、バンドマンのノルマのためだったし、二人目三人目と受け入れたのは店の利益と仲介しているお兄さんを気にしてのことだ。

 お手軽に人の役に立っている感覚を味わえるのも、手っ取り早くちやほやされるのも悪い気はしないが、それにはまってしまうのはとても恐ろしいことのように思えた。


毒は毒とわかっていれば薬

 ただ、複数人でカラオケ代わりにするには、悪くない場所だった。複数人ならば指名が飛んでくることもあまりなく、人がいるからという理由で断りやすい。一人でいるとホールのお兄さんが気をきかせて話しかけに来るが、複数だとそれも少ない。近隣のファミレスやカラオケ、映画なんかの時間つぶしには最適ではないかと思うし、それが正しい使い方だとも思う。

 そうでなくても、普通に生きていたらなかなか見ることのできない体験ができる場所でもある。こういった雰囲気を楽しんでみたいという猛者は、ぜひ行ってみてほしい。女性は無料、男性は食べ飲み放題三十分で二千五百円程度である。


結局はコミュ力

 ちなみに自分は結局三時間近く店にいたのだが、女の子を持ち帰れた男性客は一人もいなかった。二人で話すだけなら七割か八割くらいの成功率なので出会いの場としては成立しているが、そこから発展させられるかはその人の力量次第といったところか。

 ただ、ここで女の子を持ち帰ることができるような殿方は、別のツールでも若い女の子を釣れるはずなので、ここに来る必要があるかと言われれば疑問である。

 故に、ここから発展することよりも、その場で話す相手がほしいくらいの気持ちで入店するのが正解だと思われる。


今回の件で私が得るべき教訓は

 街中で声をかけてくる人間、特にバンドマンには着いていかない。その一点に尽きるだろう。  

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