フランス文学やミュージカルに明るい方なら、この物語が「レ・ミゼラブル」をオマージュした作品であるとすぐにお気づきになるでしょう。
ただし、本作の主役は囚人から市長へ、そしてまたお尋ね者と数奇な人生を送る男や、学生運動に参加しながら淡い恋を抱く青年、自分の中の正義を曲げられず執念深く因縁の敵を追う警部といったドラマチックな人々ではありません。職場のいじめに耐えながら働く女工、波止場で水夫を迎え入れる娼婦、雨の日も極寒の日も日銭のために駆け回る郵便配達夫など、実にありふれた背景を持つ“市民”達です。
ジャン・バルジャンは運命に翻弄され、時代の波に飲まれかけながらも最期は幸福を得ることができました。しかし、すべての人がそうなれるわけではありません。運命に抗い、激流に堪えようとし、力及ばず無情へと流されていく…主役としては咲くことができない、惨めで哀れで、けれども懸命に生きようとした人々。大河のほとりにはそんな小さく美しい花があったのかもしれません。
偉大な父母の背中を追い、成功を夢見て働くも、高潔さ、そして唯一の友人へと愛によって道を誤っていくブティックの主人・青年アデル。
幼い弟妹達を支えんと若い身でありながら身を粉にして働き、折れかけていた自分を支えてくれたアデルに報いんとしながらも、純粋すぎる心によって次第にすれ違ってしまう失業者の青年リュシアン。
かつてどこにでもあったかもしれない、哀れにして美しい愛の悲劇。ぜひご一読ください。