柵の中
咲部眞歩
柵の中
いつもと同じ朝だ。窓から見える木柵の上に4羽のカラスが止まっている。いつもと同じ朝だ。横に彼女がいるということ以外は。
「ねぇ、これからどうなるのかしら?」
「……どうって?」
その質問の意図がわからずぼくは訊き返す。
「だって、人が死んでいたのよ? 胸にナイフが突き刺さって、目を剥いて。おかしいと思わない?」
「303号室のかれかい? 確かに死んでいた。殺されたのかもしれない。でも果たしてぼくらになにが出来るっていうんだい?」
ぼくは窓の外から目を移し、広々としたリビングに置かれたソファに腰かける。彼女は立ったまま腕組みをしている。
「おかしいと言えば、きっといろいろなことがおかしいんだと思うよ。たとえばぼくは自分やきみが誰だか知らない。ここがどこなのかもわからない。何故ここにいるかもわからない。この窓から見える向こう側がどうなっているのかもわからない。それらが何故わからないかも、わからない。こんな状況の中で人が一人殺されたことくらい、おかしなことに含まれるものかい」
「ええそう。いまこの瞬間のすべてがおかしいの。303号室のかれが死んだことはきっかけにすぎない。これを機に、このおかしな状況をどうにかしないといけないと思うのよ」
彼女は大きなジェスチャで力説するがぼくは首を横に振った。
「無理だね。じゃあ尋ねるけれど、一体何が正常なんだい? どういう状況だと“おかしくない”となるんだい? ぼくはおかしいと思うこと自体がおかしなことなんじゃないかと思っている」
森の中にある3階建ての巨大な洋館にぼくと彼女、そしてその他にも何人かの人間がいる。全員で何人いるかはわからない。303号室のかれはそんな中でも二言三言言葉を交わしたことがある数少ない人間だった。
だが生活することには困らない。食事は3食提供されるし、雨風もしのげる。
「つまりさ、いまが普通なんだよ。普通なんだ。おかしいことなんて何もないっていうこと」
「それは考えることを放棄しているのと同じ。それじゃ家畜と同じよ」
言い得て妙だ。ぼくは静かに笑う。
「じゃあ次に殺されるのはきみだ」
ふと窓の外に目をやると、4羽のカラスがみなぼくと彼女を見ている。まるで、監視をしているように。
「家畜がかちくであることに疑問を持ったとき、それは殺されるときだよ。気を付けてね」
柵の中 咲部眞歩 @sakibemaayu
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