暫定最終回(第65話) ハッピーエンド
“十二時になりました。お昼のニュースです”
点けっぱなしになっているテレビは正午を告げている。音量は大きめに設定されているが、アナウンサーの声はとても聞き取りにくい。
“最初のニュースです。富士山の宝永噴火口に、新たに大きな陥没が発見されました。専門家の間では噴火の前兆とも、江戸時代に噴火した際、噴火が数回に分かれて起こったとも……”
「大和よ、今日のお昼ご飯は何なのじゃ?」
ニュースを聞き取りながら、キッチンでお昼の準備をしていた俺にオタマが割り込んだ。
「ソーメン。」
オタマはその答えを聞いて「またか…」と期待を裏切られたような渋い表情になる。
秋になりさして残暑も厳しいわけではない。だが、我が家の食卓に上がる献立を考えるうえでソーメンは最適なのである…。
「私は素麺好きですよ、お兄様。」
半開きになった衾の間から首だけこちらに振り向いて答えた女性。俺をお兄様と呼ぶ女性…かぐやさんだ。
「そう言ってもらえると助かりますよ…。」
様子を窺うと、膝の上にマーちゃんを乗せて優しく撫でながら寝かしつけているらしい。
富士山でかぐやさんと話したあの日、かぐやさんは今にも噴火せんとする富士山を鎮めるためにせっかく友達になったオタマに別れを告げた。
「オラァ!!!!」
その気合いの入った一言と、一際大きい地震の後、それまで鳴動していた富士山は何もなかったかのように収まった。
満面の笑みを浮かべてオタマの元に舞い戻ったかぐやさんは言った。
「ちょっと腹パンしたら、富士山は鎮まりました。」
かぐやさんはずっとひとりきりだった。そのかぐやさんにしてみれば大勢で大皿を囲むソーメンは楽しい食事なのだろう。
もっとも、かぐやさんのために献立をソーメンにしたのではない。
「クズハはお蕎麦が良かったなぁ。新蕎麦!」
今日もクズハが黄泉の国からお昼を食べに来ている。
「山盛りに盛られた御素麺がまるで雪化粧した山のようですね。」
ずしりと重い茹でたてのソーメンを盛ったお皿を山の女神イワナガヒメさんが持ってくれた。
「いや、この渦を巻いた盛り方は渦潮みたいですぞ。」
大皿を覗き込んで言うのは潮流の神様シオツチのおじさん。
「お父様も、食べていかれるのでしょう?」
かぐやさんが穏やかな笑顔で語り掛けたのは、少し居心地が悪そうにしていたツクヨミさん。
「ああ…うん、そうだね。いただいて行こうか。」
ツクヨミさんは、これまでかぐやさんを放っておいたことを反省したのか、たまにかぐやさんの様子を見に顔を出すようになっていた。
それでもかぐやさんとのやり取りは、傍から見るとまだまだ不器用そのものだ。
だけど、それで良いのだと思う。童話のかぐや姫は育ての親のお爺さんお婆さんとも離れ離れになる寂しい結末だった。たとえ不器用でも、父親と一緒に過ごせる時間はかぐやさんにとってはかけがえのない幸せな時間なのかもしれないのだから。
「めでたし、めでたし、なのじゃ。」
かぐやさんとツクヨミさんを遠巻きに見ていたオタマは、そう感想を述べる。『かぐや姫』の物語は、千年の時を超えてハッピーエンドに着地した、といったところだろうか。
「お兄ちゃん、お椀が足りないよ!」
配膳をしていた妹、ぱせりの声で現実に戻る。
「やれやれ…マサルの家の蔵からいくつかお皿を貰ってこようか…。」
仮住まいの狭い居間はもはやぎゅうぎゅう詰めになっている。
俺の人生は、まだまだハッピーエンドには程遠いらしい。
奥様はワニ娘? 雪白 瑚葉 @yukishiro_konoha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。奥様はワニ娘?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます