廃星より弾を込めて 12

「どういうこと、ロケットが進路を変えたって!」

 ゴールドが慌ただしく制御室に入ってきた。息を切らしている。その場にいた全員の視線が一瞬だけ彼女に集まった。

「どうもこうもないさ。そのまんまだ」

 アツシが応える。

「俺たちが発射したはずのロケットが、何故かこちらに向かってきている。機械の故障を除けば、まず間違いなくアヌンナキの仕業だろうな」

「対策は?」

「検討中だ」

「そう……」

 ゴールドが息を整える。しばらくして口を開いた。

「エディ、現状を詳しく説明して」

「ああ」

 俺は頷いて、俺自身もついさっき知った情報をゴールドに伝える。

 ロケット発射から一一〇分、真っ直ぐ進んでいたはずのロケットが何らかの原因で不意に向きを変えた。ロケットは楕円軌道を描いて元の向きから一八〇度回転、進路を地球に向けて今なお接近中。有識者によると、これには明らかに人為的な操作が関係しているという。もちろん地球人ではない、アヌンナキだ。今現在、飛行中の物体の軌道をねじ曲げることの出来る科学力など、地球人類は持っていないからだ。

 このままでは、約九〇分後にロケットが地球へ衝突する。我々は大気圏を抜けられるようにロケットを作ったのだ。というのだから、もちろんロケットが大気圏で燃え尽きるかもしれないなんて楽観は出来ない。ロケットの速度と核爆弾との威力を合わせて試算すると、衝突場所の地下一五〇メートルは跡形もなく消滅するらしい。平均して地下二〇〇メートルは放射線汚染区域のため人は住んでいないから大丈夫、というわけにもいかず、元々は居住区であったためにどこもかしこも地下は空洞で、それを考慮すると地下五〇〇メートルは壊滅する。第一それでなくとも、通風口などの最重要システムが破壊されてしまうので、どちらにしろ人類は絶体絶命のピンチであることに変わりはなかった。

 現在俺たちが分かっている情報はこれくらいだった。それらを全てゴールドに話す。

「……で、話している間に俺も対策を考えていたんだが、やはり俺はロケットを撃墜するしかないと思う」

 ゴールドは瞑っていた目を開けて二度三度頷いた。

「ええ、ええ。ですが、あなたが一番分かっているのでしょう? 我々人類に残された武器は、ない。私が全て処分するように、議会で言ってしまいましたものね」

「いいや。その頃には、もう既にあれだけの大質量を打ち落とせる武器なんてなかったさ。ゴールドは悪くない」

「では、どうしたら……」

 ゴールドを始め、制御室にいた全員の視線が俺に集まる。俺はゆっくりとその一人一人を見渡してから、口を開いた。

「悪用されたら困るんで機密事項にしていたが、実はもう一つ、俺たちは核とロケットを作っていたんだ。いわゆるスペアだな」

 数人を除いた全員の顔色が驚愕に染まる。前々から知っていた数人はやれやれといった風に肩をすくめた。

 ロケットと核はテストさえ行われていなかったのだ。予備もない、検査結果もない、そんな状況でゴーサインを出せるだろうか。正直、失敗する確率の方が成功する確率よりも高かっただろう。もしもの時のためにスペアを作るのは当たり前のことだ。

「宇宙空間だと第一エンジンの切り離しや角度の調整が難しい。だから、ロケットが大気圏に入った瞬間を狙って予備のロケットを発射するんだ。これから検討に入ろうと思う」

「ちょ、ちょっと待てエディ!」

 アツシが横から声を上げて俺を制した。

「大気圏の、それも上空で核を爆発させる気か? そんなことをしたら、電磁パルスで地球上全ての電子機器が機能を奪われるぞ!」

 核爆弾を上空数一〇キロメートルから数一〇〇キロメートルの高高度で爆発させると、物理的な被害は地上に届かないが、電磁パルスと呼ばれる衝撃電波が発生し、簡単に言えば、電気で動くものの大半は全てショートして動かなくなってしまう。全てが電気で動くこの世の中で、それは人類にとって致命的な痛手だ。

「かといってこのままでいられるか! さっき送られてきたニビルの定時観測の映像には、既にあの超巨大な砲門が、俺たちのロケット発射を受けて地球に照準を合わせていた! 掃射がいつになるかは分からないが……滅亡は近い。たとえ機械が全て壊れて地下世界が壊滅的な打撃を受けようと、どの道あと二四時間以内に人類は終わる! 俺たちのロケットと核で苦しみながら死ぬのと、ひと思いにあの大砲で殺されるのとどっちがマシだ!?」

「それは……」

 制御室にいる面々が視線を逸らす。重苦しい沈黙がこの部屋を覆った。

 が、その中で

「やりましょう、エディさん」

 今まで作戦には一切口を出してこなかったアンリが、ここに来て意見を述べた。皆の視線が一斉にアンリを向く。

「たとえこれがアヌンナキの仕業だとしても、自分たちの作った兵器で人を殺めてしまうなんて嫌です。それこそもうすぐ私たちは死んでしまうわけですが、私たちが間接的にも人間を殺してしまったという事実は、どう足掻いたって残ります。そんなの……絶対に嫌だ」

 アンリが意志の灯った瞳でしっかりと俺を見る。

「ロケットを打ち上げても、打ち上げなくても、どうせ私たちは数時間後に消えてなくなるんです。だったら、最後に一花咲かせないかって話ですよ」

 どこか聞き覚えのある台詞と共に、アンリが自らの意見を言い切った。

 アツシがニヤリと口角を上げたのが目に入った。そうだ、これは確か、俺がオルタネイティブ第三計画の話をアツシに持ちかけた時に、俺がアツシに言った台詞だった。アツシがわざわざアンリに伝えたとは考えにくい。だとすると偶然言葉が一致したということになる。親子の絆というやつだろうか。

「……ええ、そうですね」

 しばらくしてからゴールドが頷いた。

「やるだけやりましょう。確かに、もうこれ以上人類の兵器で人を殺めるなんて、そんな馬鹿な真似を赦してはならない」

 重苦しかった室内の空気がいくぶん軽くなる。

「エディ、スペアロケットの発射を許可します。全力でアヌンナキに抗いなさい」

「了解だ」

 その一言の後、制御室が再び活気を取り戻した。スペアロケットの移動を行おうとする者、正規のロケットの軌道を計算してスペアロケットの発射時刻と角度を導き出そうとする者、皆限りある時間の中で精一杯の力を尽くそうと張り切っていた。

「エディ、それじゃあ後は任せたわ」

 ゴールドが制御室のドアに手をかけて言った。

「ん、どこに行くんだ?」

「決まってるじゃない」

 微笑み。

「全世界六億人の耳に伝えなければいけないことが、私にはあるのよ」



―地下世界に住む皆さん、こんにちは。地下世界事務長のマリー・ゴールドです。突然のことで混乱されている方も多いと思いますが、私の話を聞いて下さい。

 一年半前、リック・ウィンドウズが発見したカプセルにより、私たちは常識を根底から覆されてしまいました。太陽系の新たな惑星と、異星人の存在です。しかもその異星人は我々の遠い祖先だというではありませんか。自らが信じる神を侮辱されたと憤られた方もいるはずです。

 我々はカプセルとその情報を受け、様々な対策を立案しては検討を重ね、これまで活動を続けてきました。しかし本日、とうとう我々は終わりを迎えるのです。

 細かな説明よりもまず、私はあなたたちに謝りたい。私はただ人の上に立っているだけで、何の現実的な対策案も打ち出すことが出来なかった。赦されないことだとは分かっているけれども、どうか、あなたたちを滅亡へと誘ってしまった私の無能を赦して欲しい。

 先ほど、ニビルの地表に建てられた超弩級の大砲が地球に向けられました。大砲はおそらくレーザーのようなものを放つと考えられており、その威力は地球の地殻を丸ごと抉り取ってしまうほどです。人類に逃げ場はどこにもありません。大砲は遅くとも二四時間後には我々を滅亡させているでしょう。

 どうか混乱しないで下さい。我々に残された時間はあまりにも短い。その希少な時間を、私はあなたたちに無為にして欲しくない。

 愛する人の元へ行って下さい。

 家族でも、友人でも、恋人でも、大切な人の元へ。

 人類はあと数時間で滅びます。血で血を洗う醜い戦闘を続けてきた人類ですが、せめてその最後は笑顔で終わりたいのです。

 示しましょう。人類が、決してアヌンナキの恐怖に屈しなかったことを。

 遺しましょう。人類が最期まで笑いながら滅んだという誇りの碑を。

 せめて人類の最期に、少しでも多くの笑顔があらんことを願って―



 ゴールドの放送が終わる。制御室の誰もが手を止めてそれを聞いていた。

 計器を見ていた部下が時間を告げる。俺は手の平に埋め込まれたICチップを機器にかざし、オルタネイティブ第三計画の長としてロケット発射の容認ボタンを押す。

 ……人類を舐めるなよ、アヌンナキ。

 今にも息絶えそうなこの廃星で、それでも俺たちは逞しく生きてきたんだ。

 あばよアヌンナキ。あばよニビル。

 廃星より弾を込めて、俺たちは笑い合う。


      PROJECT ALTERNATIVE COMPLETED

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