廃星より弾を込めて 11

 そんなこんなでとうとう核爆弾とロケットが完成した。ニビル最接近まであと半年のところであった。開発にかかった総計日数、一五〇と二日。何も無いところからのスタートにしては上出来過ぎるほど上出来だった。

「こんな重そうなものが本当に空を飛ぶのか?」

 見学をしにきたアツシが呟く。それは俺を含め、ここにいる誰もが抱く疑問だった。

 千年以上前はこれの何倍も重いものを普通に宇宙まで運んでいたそうだが、何しろ俺たち人類はもうほとんどが地底人のようなものだ。千年以上、人類はもう空を飛んでいない。これが果たして本当にニビルへと目的を果たしに行ってくれるのか、確信を伴って頷ける者は誰一人としていなかった。

「一応計算上ではきちんと飛ぶことになっている。俺たちのデータ入力が間違っていなければな」

「おいおい、ここに来て不安を助長するようなことを言うんじゃない。ここでの最高権力者はお前なんだろう? だったら堂々と『ロケットは飛ぶ』と言ってくれればいい」

「俺がもしそう言ったとしても、お前は絶対に信じないだろう」

「それは……確かに」

 軽口を叩く間にも着々と準備は進んでいく。あと十分もすれば、俺たちはきっとモニター越しに空を翔るロケットを見ているはずだ。

「このロケットは八六日間かけてニビルへと向かう。ざっと三ヶ月後だな。ゴールドは五六日目あたりでそのことを正式に発表するってさ」

 先日伝えられたことをそのままアツシにも伝える。

「あれ、昔読んだ古典SFだと、大体火星に行くまでが一年ってあったぞ? 三ヶ月程度でニビルまで到達できるのか?」

「ああ、それ俺が面白いから読んでみろって言ったやつか。懐かしいな」

 確か火星に一人取り残された宇宙飛行士を何とかして救うための話だ。食糧や水、酸素など生命活動に必要なものは一ヶ月分も無いというのに、どんなに早くても救出船がやって来るまでに一年以上かかるらしく、登場人物が四苦八苦していたのが印象に残っている。

「まあ確かに、設計の大部分は千年前の技術に頼っているからな。しかしだからといって、全く今の技術が何も進歩していないというわけじゃあない。それについては心配ないさ」

 俺は自信を持って断言する。

「このロケットの推進機構の一部には原子力を使っているんだ」

 アツシの表情が固まる。その頬を汗が下へと伝っていったように見えたのは気のせいだろうか。

「なあに、何も危険なことは無い。原子力は扱いこそ難しいが、きちんとその性質を理解して利用すれば事故なんて起きないさ。大丈夫大丈夫」

「……俺、用事思い出したから帰」

「逃がさねえぜ? 死ぬ時は一緒だ」

 帰ろうとしたアツシの腕を掴んで引き留める。その後もアツシは何だかんだ言ってこの場から離れようとジタバタしていたが、見かねたアンリによって柱に縛り付けられてからは静かになった。

 ロケット打ち上げまで、あと五分。

 四……三、二、一。

 発射。



 轟々という音と共に、振動で小さな地震が起こる。制御室はたくさんの人で溢れていたが、皆少々轟音と振動に怯えている様子だった。ロケットの発射台はもう少しこの制御室から離した方が良かったかもしれない。

「大気圏を突破しました。速度、角度、共に異常ありません」

 観測員の声に皆が安堵の溜息をついた。空気が一斉に弛緩する。

「第一ロケットを切り離します。……五、四、三、二、一、パージ成功。第二ロケット点火まであと三十秒」

 皆の緩んだ頬が再び強ばる。この第二ロケットこそが件の原子力推進機構であることを皆知っていたからだ。

 惑星間規模の宇宙旅行には、大きく見て二つの道程がある。一つは地上から大気圏外まで、そしてもう一つは大気圏外から目的地まで。大気の有無とそれから重力の大小とで、この二つの道程には全く違った推進機構が必要になる。地上から大気圏を抜けるには、非常に大きな抵抗を伴うため、実際に宇宙へ飛ばしたい質量の何百倍もの燃料が必要になることは誰にでも分かるだろう。しかしそこから目的地までを旅するための燃料は、地上から大気圏までより遙かに長大な距離にも関わらず、僅か数百キロ程度の質量で済んでしまう。これが恒星間規模の宇宙旅行となるとまた話は変わってくるのだが、それはひとまず置いておこう。

 そこでだ。千年以上前の宇宙航行では経費を削減する目的で、その数百キロ程度の質量を更に削減していこうと水素やら何やらで動力の効率化を図ってきた。そのために単純な速度の問題は常に後回しにされ続けてきたのだ。だが今回は経費よりも速さが命。旧来の技術をそのまま借用すると、アツシの言っていた通り、ロケットがニビルに辿り着くまでには一年以上かかってしまう。その頃にはもう、人類はとっくに大洪水で溺れ死んでいる。

 というわけで俺たちは捨て身の作戦に出た。苦痛のない滅亡へ向けて奮闘している俺たちが捨て身の作戦とはよく分からないが、とにかく人類は賭に出たのだ。

 原子力。人類を地下に追いやった力であり、今回人類の救世主になるであろう力だ。肝心要の爆弾とは別の開発所で作られたもので、今回はただ爆弾を運ぶための推進のみに使用される。

 原子力、もしくは核力がこうしてロケットに運用されるのは千年前にもなかったことである。前例なき試みだ。それだけでなく、この第二ロケットはまだまともな実地試験さえ行われていない。時間がなかったのだ。つまりはこれが最初で最後のフライトとなる。結果を不安視しない者はいなかった。

 制御室にいる全員が固唾を飲んだ。アナウンスのカウントが何の物音に邪魔されることもなく部屋全体に響く。

「……五、四、三、二、一、第二ロケット点火。エンジンに異常は見られず」

 誰かが俺の手を握っていた。アンリだ。目をギュッと瞑っている。それを見て口を開きかけたその瞬間――

「ロケットは順調に加速を続けています。成功です!」

 制御室の空気が爆発したかのようだった。一斉に歓声が上がる。データを移した資料やその他諸々の書類がまき散らされた。だがそれを咎める者は誰もいない。ある者は泣き崩れ、ある者は付近の人と抱き合い、またある者はこれを機にとばかりに暴れ回っていた。一瞬、ここがどこだかを忘れそうになる。

「エディさん……!」

 脇を見れば、アンリも涙をこぼしていた。歓喜と興奮によるものだろう。まあこいつの場合、ロケットの打ち上げが失敗したとしても涙をこぼすのだろうが。そのままにしておくと涙と鼻水で顔が酷いことになりそうだったので、黙ってハンカチを渡す。

「ふぅ、冷や冷やしたぜ」

 いつの間にロープから抜けたのか、アツシが軽口を叩きながらやって来た。

「てっきり俺は発射から原子力エンジンを使うのかと思っていたから、いやあビビったビビった」

「『一部には』と言っただろう。失敗の可能性を考慮すると、さすがに地上であれを使うわけにはな」

「まあそりゃそうだ」

 アツシが肩をすくめる。

「ところで、今日お前はどうするんだ? どうだ、成功を祝して飯でも。どうせ今日から暇なんだろう?」

 アツシが訊いてきた。

「是非とも。ちょうど俺もお前を誘うところだったんだ」

「それは良かった」

 アツシが時刻を確認する。夕飯にはぴったりの時刻だ。

「じゃあいつもの場所で。俺は現場に指示を出してから行く」

 アツシは頷いてから一足先に制御室を後にした。俺は引き続きロケットの監視をあらかじめ割り当てられていた部下に命じてから、アンリと共に熱狂の部屋を出る。

 不思議なものだった。

 着々と人類は滅びに向かっている。今日俺たちはそれを早める補助をしたのだ。この計画は人類の滅亡が決まった後の、ちょっとした悪あがき程度のものでしかない。

 だというのに、何故俺たちは今喜んでいる? まさか俺たちは心のどこかで破滅を望んでいるとでもいうのか? いや、だとしてもここまでの熱狂はあり得ない。

 ……そうか。

 皆で力を合わせて目標を実現することが、それこそが、それ自体が、いつの間にか一番の目的にすり替わっていたのか。滅亡の絶望を励ますための、やり場のない悲嘆のエネルギーをこうしてすげ替えることで、俺たちは心の安定を保とうとしていたのだ。滅びの事実は一切変わらないというのに。

 まったく、人間とはよく分からない生き物だ。

「……さん、エディさん!」

 アンリから名前を呼ばれていたことに気付く。俺は頭を振って、今の考えを心の奥底に沈める。

「どうした?」

「大変です、とにかく大変なんです!」

「だから何が」

「今、制御室から連絡があって……」

 アンリの声は震えていた。

「さっきのロケットが進路を変えて、こっちに向かってきてるって……」

 どうやら、まだ作戦は続くらしい。

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