廃星より弾を込めて 7

「駄目です」

 ですよね。

 前述の通り思い立ったが吉日の言にならって、俺たちは勢い込んでゴールドの自宅へとやって来たものの、肝心のゴールドの返答はあっけないものだった。

「おいおい、人の話は最後までゆっくりと聞くものだ。時間が惜しいとばかりにそこで話を終わらせるなんて、そんな態度じゃいつまで経っても再婚相手は現れないぞ?」

「その台詞、そのままそっくりあなたに返しましょう、オオタ。見たところ、あなたの左手薬指も同様に寂しいものですが」

「なあに。君のように心まで空っぽじゃないだけ、俺はまだ幸せってものさ、ゴールド」

 早速アツシとゴールドは一戦やっていた。仲が良いのか悪いのか。おそらくこの先、二人に待っている関係とは、不倶戴天の敵か、一生を捧げるレベルの恋仲か、二つに一つであろう。

「……それにしても」

 口論を繰り広げていたゴールドの目がこちらに向く。

「この馬鹿はともかく、どうしてあなたまで来ているの、ウィンドウズ。まさかあなたまで原発設置の案に賛成しているというの? 冗談は止めて」

「残念ながらゴールド、この案、そして計画は全て俺からアツシに提案したものだ」

 ゴールドの目が見開かれる。

「エディ、何でそんな提案をするの? 私には分からない。一五年前の事故を、ローズの死を忘れたとは言わせないわ。原発の再設置だなんて、私にはあなたたちが、あのような事故をもう一度起こそうと企んでいるようにしか思えない」

 ローズとは、俺とアツシ、それにゴールドの学生時代の友人の名前だ。特にゴールドとは親しかった。エリア七での事故に巻き込まれて、一五年前に死んでいる。まあもちろん、死体は未だ発見されていないわけだが。

「じゃあ他に案はあるのか? 俺たちはこれまで原発再設置を除いた新しい電力供給の方法を考え続けてきた。結果、何も考え出すことが出来なかったじゃないか」

「まだ決まったわけではありません。今日にも素晴らしい案が出来るという可能性だってあるわけです」

「それじゃあ永遠に道は開けない。これは危ないから規制しましょうねってだけで、果たして人類は発展できるのか? 答えは限りなくNOに近いね。火を危険だからって遠ざけていたら、俺たちは明かりという概念を生み出せずに、永遠に人類は夜の闇に縛られ続けていただろう。毒が体に悪いからって避けていたら、薬なんて存在しなかった。人類は、ホモ・サピエンスは、強大な力を逆に利用しようしてここまで発展したんだ」

「その強大な力を利用した結果が核戦争であり、私たちを地下に追いやった原因ではなくて?」

「それは認めよう。だが、そこから人類は何も学ばなかったわけではあるまい。少なくともこの千年、限りある資源を奪い合うような不毛な争いは起きていないし、戦争と名のつくものは、精々が男女の色恋で起こるちょっとした諍い程度のものだ。俺はこれを進歩だと思うのだがどうだろう、ゴールド」

「返答にも及びませんね。あなたはそれっぽい事柄を並べ立てて、あたかもそれが正論であるかのように振る舞い、話をしているだけです」

「かつてどこかの哲学者が言っていたぞ。『巨匠を老害と呼べるアホだけが、いつだって地球を回してきた』ってね。ゴールド、君は過去に縛られすぎているんじゃないか?」

「それを人は『歴史を知る』と言うのです。過去を知り過去に学べば、誰しもおのずと私と同じような結論に至るのでは?」

「譲らないね」

「譲りませんとも」

 覚悟していたことだったが、やはりゴールドは頑固だった。このままではたとえ俺がどんなに美しく着飾った言葉で語ろうと、絶対に彼女は首を縦に振りはしないだろう。思えば学生時代からそういう女だった。対立する意見の線は平行で、どこまで行っても交わりそうにない。

 ……。

 ふと、頭に浮かんだのはアンリの顔だった。俺は一体どうしてここに来たのか、その意味を思い出す。

 いかに洪水が大量の水を地下に運んでこようと、入口である通風口は限られている。つまりは下のフロアからジワジワと水没していき、逃げ遅れた者たちはわけも分からず溺れ死に、それを見た者たちは我先に上のフロアへと襲い来る多量の水から逃げ惑うという、地獄の大混乱が巻き起こることは必至なのだ。

 閉鎖された空間に轟々と流れ来る多量の水。それに抗おうと阿鼻叫喚の中、他を押し退けてでも上に這い上がろうとする人間。一旦地下二〇〇メートル以浅の放射線汚染区域の表示に足を止められ踏み止まるも、やがては後続の人間に押し出されるような形で汚染区域に足を踏み入れてしまい、その人は放射線の影響で血液と吐瀉物と排泄物にまみれて死を迎えるのだ。調査用として建てられたいくつかの建物も、オルタネイティブ第二計画によって全てが撤去されている。人類に逃げ場はない。そしてその醜い生存本能の充満する中にアンリがいるとする。アンリはSPという職業にありながらも、この前の自殺志願の少年の一件からも分かるように、根はどうしても善人だ。迫り来る人波に対処することも出来ずに、アンリは人間の闇に取り囲まれたまま水没するか、もしくは放射線にその体を破壊されるかだろう。

 認めない。

 俺はそれを防ぐためにここへ来たのだ。

 どうやってでも、ゴールドの首を縦に振らせなくてはならない。

「……分かった。ゴールドがどうしても原子力発電所の設置に反対をするというのなら、こちらも全力でそれに抗わせてもらおう」

 話を変えた俺にゴールドが怪訝な顔をする。それを見てアツシがやれやれといった風に首を小さくゆるゆると振った。俺の心の内を悟ったのだろう。

 仕方がなかった。当初は騙すつもりでいたが、ここは潔く腹の内まで明かしてしまおう。

 俺はアツシに見せたものよりもさらに分厚い紙束を取り出してゴールドに手渡した。

「これに書かれているのは、俺が調査を依頼した研究機関の調査報告書と、それに対しての俺たちの行動計画だ。あらかじめ言っておくが、これは決して虚偽のものでも、ましてやゴールド、君をからかってのことでもない」

 明確にはっきりと、気高さを持って俺は宣言した。

「俺はここに、『PROJECT ALTERNATIVE THIRD(オルタネイティブ第三計画)』を進言する」

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