廃星より弾を込めて 6

 数週間後。

「……正気か、お前」

 アツシの頬がこれでもかと引きつっている。コイツのこんな顔は珍しい。

「安心しろ、多分正気じゃない」

「じゃあ駄目だろ!?」

 アツシとのこんなやりとりも久しぶりだ。学生の頃を思い出す。

「でも思い立ったが吉日って言うだろう?」

「お前の話を聞く限り、思い立ったのはどう考えても今日じゃなさそうなんだが……」

「細かいことはいい」

 泥沼に陥りそうだったのでその話は強制的に終わらせる。本題はその後だ。

「……で、何でまたニビルに核を発射するなんて馬鹿げたことを言い出したんだ、エディさんよ」

 アツシが長官室の椅子に腰を下ろす。何やかんやで、じっくりと話を聞く気にはなってくれたらしい。

 お人好しめ。

「今、一年に何人が新しく火炎病にかかっていると思う?」

「……六四三万人だ。去年でとうとう世界人口の一パーセントを上回った」

 アツシが答える。

「じゃあ放射線汚染区域の進行スピードは?」

「大体平均して、一年で二〇センチってところだな。それで何が言いたい?」

「人類に逃げ場なんてどこにもないってことさ」

 アツシの眉がひそめられる。

「証拠はこの千年だ。俺はこの千年で人類が進歩したとも、飛躍したとも、はたまた発展したとも思えない。確かに技術は進歩しただろう。むしろしていない方が異常だ。だがそれも精々、ロボット技術が不気味の谷を克服したり、疑似感覚再現機で相手もいないのにセックスを楽しめたり、手にICチップを埋め込む技術が広く普及した程度のものだろう? そんな技術、第三次世界大戦なんてなかったら一〇〇年で到達できた領域だ。この地下世界は明らかに停滞している」

 アツシは黙って聞いていた。俺は続ける。

「このまま放射線除去装置や火炎病の特効薬などの何の新技術も発明されずにいるんじゃあ、いずれ人類は滅亡、もしくはそれに近い衰退に陥るぜ。なら、最後に一花咲かせないかって話だ。観測したところによると、ニビルには超特大の砲門があるそうじゃないか。それも今ある距離から地球の表面を覆う地殻を一瞬でめくりあげてしまうほどの威力が推定されるものが。俺たちは痛みも感じずに蒸発して死んじまうだろう。もしニビルに核を打ったら、ヤツらムキになってそれをぶっ放すとは思わないか?」

 アツシは未だ難しい顔をしている。心の内を覗かれている気分だ。アツシは大きく息を吐いた。

「……本音は?」

「これ以上アンリの悲しむ顔を見たくない」

「親バカめ」

「何とでも言え」

 否定はしない。たとえ血は繋がっていなくとも、子を想わない親などいるものか。

「だがそれだけだとすると、説得力も何もないな。お前のことだ、他に何か理由があるんだろう?」

「もちろんだ。これを見てくれ」

 俺はアツシに紙の束を渡す。俺の依頼を受けて、とある研究機関が調べてくれたものだ。受け取ったアツシがそれを読み込むまでの十数分を、俺はゆっくりと待った。

 その研究機関が行った調査の結果を要約すると、ニビルの接近は異星人だけではなく、重力変化による地球の大洪水を招く、というものだった。これは単なる計算のみによって出された結論ではなく、きちんと過去の事例なども鑑みての結果だ。ノアの箱舟伝説が今から何年前の出来事かご存じだろうか。答えは約三六〇〇年前、紀元前四世紀のことだ。そしてニビルの公転周期も約三六〇〇年間。これから先は子どもでも分かる。あの世界一有名な大洪水の原因は、ニビルだ。

 そしてそれの何が問題かというと、まず間違いなく濁流が通風口を通って地下に侵入し地下が水没、人類全てが溺死してしまうということだ。

「おいおい……これマジか?」

「しっかり研究機関の名前が入っているだろう。少なくとも俺が書いたものでないことは確かだ」

「というかこれ重大事実過ぎるだろ。大統領のカプセルにはこういう話は書いてなかったのか?」

「大統領の持ち込んだデータにはな。ゼカリア・シッチンって学者は覚えてるか? 気になってそいつの著書を調べてみたんだ。インチキ扱いされているヤツをな。そこに数ページ、ノアについての記載があった。読んでみたらあっさりと書いてあったよ、次にニビルが地球に接近する時も、きっとノアの時のような大洪水が起こるだろうってね。どうやら組織のお偉いさん方は、大統領の遺したデータだけを読んで満足しちまったようだな……どうだ、話を聞いてみる気にはなったか?」

「聞くも何も、もうこっちは対応策の草案で頭が破裂しそうだ」

「聞かなかったことにしても良いんだぞ?」

「バカ言うな。一生後悔する」

 アツシは紙束を机に投げると、両手で頭をくしゃくしゃと掻いた。俺を見て口を開く。

「あと一年か……まともに会議してたんじゃ、絶対に間に合わないな」

「そういうことだ」

「苦しみながら溺れ死ぬのと痛みも感じずに蒸発死するのと、どっちを選ぶかって話か。お前は?」

「分かりきったことを聞くなよ。俺は何のためにここに来たんだ?」

「そっか……」

 アツシは目を瞑って黙った。

「核爆弾を作るためには、土地、資本、労働力、それから技術が必要になってくるわけだが、そこのところはどう考えている? まさかノープランってわけじゃないよな?」

 アツシの問いに俺はニヤリと口角を上げてみせる。ここからが本題なのだ。

「あるだろう、格好のものが。この前ゴールドが反対していたやつを使うんだよ」

「……まさか」

 俺の考えを察したのか、アツシが震え出す。そんなアツシに追い打ちをかけるかの如く、俺は頷いた。

「ゴールドに原子力発電所の設置をOKさせて、そのために用意された土地や資本やら労働力やらを使って、核爆弾を作る。方法はこれしかない」

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