廃星より弾を込めて 8

 じっくり九〇分間をかけて、ゴールドは紙束を全て読み終えた。

「というわけで、俺たちはニビルに核を打とうと考えているんだが、どうだ?」

「……」

 ゴールドは沈黙していた。最悪の場合、この事実に対して彼女が発狂する可能性もなくはないと危惧していたのだが、これは想定していた中でも比較的穏健な反応で安心する。これを読んで乱心する姿が容易に想像できたわけだから、俺たちも初めはゴールドを騙そうと思ったのだ。

「(……おい、ゴールドのやつずっと黙ってるぞ。昇天したのか?)」

「(いちいちゴールドに対しては容赦ないな、アツシよ)」

 ゴールドは数分間、小さく口を開けて呆けていた。待つことさらに二分ほど、ようやっとゴールドが行動を再開した。

「……なりません」

 またもや第一声でゴールドは否定した。しかしその声は先ほどとは違って震えていた。普段のゴールドからは考えられないほど、その姿は弱々しかった。

「まずはニビル接近と洪水の因果関係をもう一度調べて、そしてそれが今回はどの程度の規模で起きるかを計算して、その後この情報をニビル対策会議の幹部に伝えて、結果これを極秘情報とするのか民衆にも公開してしまうのかを検討して、そして実際に私たちはどういった対策をして良いのか各方面の有識者を集めてニビル対策会議で話し合って、それから……」

 ブツブツとゴールドは今後のことについてを吐き出す。そうすることで今直面していることから思考を切り離したかったのかもしれない。

「事実から目を逸らすんじゃねえ!」

 アツシがゴールドの机を叩いて、声を荒げる。

「もう間に合わねえんだよ! そんなお役所みてえなやり方じゃあな! だから俺たちもこうやってお前に直談判をしている!」

「黙れボイパ野郎!」

 アツシに対抗するように、ゴールドの声も大きくなる。ボイパ野郎という呼び名は、学生時代、アツシがボイスパーカッションで名を馳せていたことに由来する。今は関係ないはずなのだが、ゴールドも相当混乱していた。髪を振り乱し、目尻には涙が溜まり、そこに毅然としたゴールドの姿はもうなかった。

「じゃあどうしろっていうのよ! どうしたって人類の未来は滅亡じゃないの! 私の責務は人類の繁栄と発展、こんなのは私の仕事じゃない!」

 そんな言い逃れは通用しないとこの場にいる三人は皆充分に分かってはいたが、しかし、俺たちの誰も、それを否定することは叶わなかった。そこには、ゴールドの内には、全人類の命を背負った者だからこその、タールのように粘っこくどす黒い闇があったからだ。それを否定することは、たかだか一エリアの統治機構長官とその付き人程度の人間には出来ないことだった。

「私はこんな事実認めません! 大洪水で人類が溺れ死ぬその日まで、私はこれに関する一切の公表を禁止します!」

 ゴールドが沈痛な響きをもって叫ぶ。場に沈黙が訪れた。

 これでも駄目かと、俺の心にも諦めが広がりつつあった。所詮、俺の力では人一人の心を動かすことさえ叶わないのかと自分の無力さを呪う。全力でぶつかって相手の心が動くのは、やはり物語の中だけの話なのだろう、と。

 ところが。

「……エディ」

「うん?」

「三日間だけ時間をくれないか」

 アツシが静かに訊いた。その目にはしっかりと灯った意志の炎が見て取れる。アツシの瞳にこれを見たのはいつ振りだろう。少なくともこの十年では一度も見ていないはずだ。懐かしい気分になる。

「俺がゴールドを説得してみせる」

 その真剣な表情に、気がついたら俺は頷いていた。

 アツシの戦いが幕を上げた。

 成功しようが失敗しようが、滅亡まであと一年。

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