廃星より弾を込めて 3

「はっはっは、そりゃお前が悪いさ。成長したという意味であれ、女性に対して安易に体重の話はダメだろう」

「……母親にとって息子がいつまでも子どもであるように、父親にとってしても、娘はいつまでも子どもだろう」

「さてね。俺からすると、どうもアンリはそういった関係を望んではいないように見えるが?」

「あん?」

 真意が分からずに、俺、エディ・ウィンドウズは隣を歩く友人、アツシを見る。

 アツシ・オオタ第一四エリア統治機構長官。

 分かりやすく言えば、三一ものエリアに分けられた地下世界の一つ、俺やアンリの住む第一四エリアにおける一番偉い奴だ。

「いやいや、別に『私の父親を名乗れるのは、この世に一人だけです。エディさんではありません』みたいな風に、お前を父親として認めていないというわけじゃない。リックとアンリの両親が亡くなってから今まで、二人を養ってくれたことに対しては、アンリだって多分すごくお前に感謝していると思うぞ?」

 軽い口調でアツシは話す。

「ただ、アンリがお前に抱く愛情ってやつは、果たして親子愛だけなのかって話だ」

「……馬鹿らしい」

 俺はアツシの話を一蹴する。アツシは大仰に肩をすくめてみせた。

「それよりも、今はこれからのことに集中しろ。そういった話も、この会議の成功あってだ」

 くだらない話を止めて、話を本題に向ける。アツシの表情が引き締まった。おそらく、それと同様の表情を俺もしていることだろう。

「よし、じゃあ行きますか。エディ」

「おう」

 会議室の手前まで来て、二人、顔を見合わせた。俺は会議室の扉をゆっくりと開ける。その後をアツシが、毅然とした態度で会議室へと入っていった。

 四八度目の、全世界規模ニビル対策会議が始まる。



 俺が養子として引き取った兄妹の兄の方、すなわち、リック・ウィンドウズが千年前の大統領からのカプセルを見つけてから一年、人類は何の対策もしてこなかったわけではない。

 第三次世界大戦により『国』という概念が崩壊してから、人類は地下世界を三二のエリアに分割、それぞれを別の指導者が統治してきた。とはいえ各々が完全に独立しているわけではなく、例えば通称北欧エリアと呼ばれる第二エリアに住んでいたアンリたちが今は俺と共に第一四エリアで暮らしているというように、エリアの束縛はそれほど厳しくはない。

 今回の会議はそれぞれのエリアの指導者が一堂に会する、非常に規模の大きなものだ。警備の人数も相当多い。おそらくアンリもこの会場のどこかで警備に当たっていることだろう。本当は俺の側にいるべきなのだが。

 そして、重要なのはその頻度だ。今回でニビル対策会議は四八回を数える。計算すると、つまりは一週間に一回程度行われていることになるのだ。事態の大きさが分かる。

 そして実際に、この会議で決められたことはきちんと行われている。ただそれが、何の成果も生み出すことが出来ていないというだけで。

 ジミー・カーターの遺志を汲み取り、我々人類はニビルに対する計画の名、すなわち『PROJECT ALTERNATIVE』を彼から引き継ぐことにした。カーターの、大衆にニビルの存在をひた隠しにした計画を『PROJECT ALTERNATIVE ZERO(オルタネイティブ第零計画)』とし、我々はまず、第一二惑星ニビルの発見、それから観測を始めた。

 その間に、人類のアヌンナキに対しての姿勢を決めた。

 答えは友好ないし服属だった。メソポタミア文明に遺された粘土板には、アヌンナキは何万年も前から宇宙旅行が可能なほどに科学が発達しているのだ。単純に考えれば武力でこちらに勝てる見込みはない。当然のことだろう。

 そして我々は、アヌンナキとの交信を目的とした『PROJECT ALTERNATIVE FIRST(オルタネイティブ第一計画)』を実行した。宇宙に向けて電磁信号を送り、アヌンナキに人類の存在を知らせるというもので、千年前にも何度か行われていたらしい。

 千年前とは違い、今回の作戦は電磁信号を送る相手の位置がはっきりと分かっていたため、当初作戦の成功は容易かと思われた。だが、ここで問題が生じた。ニビルは非常に極端な楕円軌道をしている。現在地球からニビルを見ようとすると、ニビルは必ず太陽の側で観測されるのだ。普通の観測ならそれで構わないのだが、今回は我々人類の情報が詰まった電磁波、つまりは電波を送るのだ。太陽から放たれる太陽フレアは、電波を吹き飛ばしてしまう。

 オルタネイティブ第一計画は、実行されることもなく失敗した。

 その次の作戦、オルタネイティブ第二計画の内容は、一言で言えば完全無視だった。ニビルが地球に最接近する前後半年から一年、地上から完全に人類の生きている痕跡を消し、地下で息を潜めていようというものだ。友好と服従が人類のアヌンナキに対する基本姿勢だとは言っても、いきなり彼らと相対するというのはさすがにリスクが大きい。ならばわざわざ彼らと会う必要はないんじゃないか、ということだ。

 ニビル最接近まであと一年。四八回目のこの会議の目的は、この第二計画についての進捗状況が主だ。



「それでは、第四八回ニビル対策会議を始めたいと思います。議長は第一エリア統治機構長官であり地下世界事務長、マリー・ゴールドが務めさせていただきます」

 決して花の名前なんかじゃないとは分かっているけれど、どうしてもこの名前には馴染めない。俺は笑いを噛み殺して、真面目な顔つきを保つ。

「今回の議題もオルタネイティブ第二計画についてです。前回、地上調査用の建物の撤去を求めましたが、進捗の程はいかがでしょうか」

 アツシやゴールドを含む、三一人のエリア統治機構長官たちがそれぞれ答える。三エリアを除いてほぼ完了とのことだった。

 ゴールドの確認が続く。

「資源調達員の調査により、アヌンナキが求めると思われる金については、アフリカ大陸南部の第八、九エリアに豊富だと分かりました。地下を掘られる危険があるので、その二エリアについては地下一五〇メートル以浅にある人工物の撤去をお願いします」

「オルタネイティブ第二計画の実行中は酸素や水の確保が困難になります。貯蔵エリアの拡張をお願いします」

「地上との通風口もアヌンナキに気付かれない程度なら許可していますが、念のためのカモフラージュなど、準備をお願いします」

 ……。

 会議は不気味なほど滞りなく進んでいく。

 ところが、いよいよ最後という段になって急にゴールドが黙り込んだ。しばらくの間、会議場に静寂が訪れる。ゴールドは会議場にいる者一人一人を見渡して、ようやく口を開いた。

「……では最後に、以前から話してはいた電力の供給不足問題について、何か案がありましたら挙手の後、お話し下さい」

 静寂が更に重くなる。数分間、誰も手を挙げなかった。

 現在、発電はほぼ全てを地上の自然エネルギーに頼っている。全てのエリアが太陽光、風力、水力などの発電システムをバランス良く利用しているのだ。だが今回の作戦はそれが出来ない。アヌンナキには、人類が既に滅亡したように思ってもらわねばならないからだ。現在地下にエリア一つ分をまかなえるほどの発電システムはない。つまりは、この作戦を実行すると我々は電力を得る術がなくなるのだ。

「……やはり、原子力発電しか道はありません。低コストで場所も取りませんし、何しろ発電効率が桁違いです。大丈夫ですよ、たった一年、長くても二年持ちこたえられるだけのものでいいんですか―」

「なりません!」

 ゴールドが叫んだ。その有無を言わせぬ気迫に、発言者がたじろぐ。

「たとえどんな事態になろうとも、それだけはやってはいけないことです。チェルノブイリやフクシマ、それにエリア七だって、皆その慢心が事故を生んだのです。もう人類は、核などという悪魔の産物を絶対に使ってはならないのです!」

 ゴールドの声が会議室に木霊する。

 三二三八年当時、エリア七には世界最大の原子力発電所があった。出力も抜群で、近隣エリアの一部は直接エリア七から電気を買っていた。そんなある日、エリア七の発電所を制御するコンピュータがハッキングされた。犯人が事故を起こそうとしてハッキングしたのかどうかは今も分からない。何しろその時の事故で、犯人はエリア七ごと爆発で消滅してしまったからだ。死者数二〇〇〇万人の、人類史上最悪の事故だ。

 三二あったエリアはそれ以来三一へと数を減らし、現在に至るまで人類は極めて安全性の高い自然エネルギーを使った発電方法に依存している。三二にエリアは分けられたはずなのに、エリアの統治機構長官が三一人しかいないのはそのためだ。

 たとえ原子力発電がオルタネイティブ第二計画に不可欠であろうと、今俺たちの目の前で原子力がいかに危険かを述べるゴールドは決して首を縦に振ることはないだろう。この会議に参加している者たちは薄々察していた。

「―というわけで、人類は原子力の力に頼らずにこの問題を解決すべきなのです。次の会議にも同様のことを聞きますので、各エリアの代表は代替案を用意してきて下さい。今回はこれまでとします」

 何とも後味の悪い締め方だった。各エリアの統治機構長官とその付き人が各々のタイミングで席を立つ。

「……今回も決まらなかったな」と俺。

「これ以上議論の停滞があると、さすがに仕方ないじゃ済まなくなってくるな。いい加減、原子力の推進派と撲滅派には歩み寄ってもらいたいものだぜ」

 席を立ちながら話す。これにはアツシもやれやれといった様子だった。

「ぶっちゃけ俺は使っても良いと思うんだけどな、原子力」

 これは意外だった。理由を聞いてみる。

「だってなあ、考えてもみろよ。エリア七での事故はチェルノブイリやフクシマとは違う、あくまで人間が意図的に起こした事故だろう? だったらエリア七の原発は、別に安全性に不備があったとかそういうわけじゃあないんだ。それにハッキングされる危険があろうと、今回の原発はそれこそ人類の生命線だ。仮定の話で、原発のコンピュータがハッキングされて事故が起こったとする。そしたら電力が供給されなくなって、俺ら同様犯人だって困るじゃないか。そんなところにわざわざハッキングを仕掛けるようなヤツがいると思うか?」

「なるほどな……」

 ハッカーの衝動的、もしくは狂的な犯行があった場合にはアツシの論は破られるわけだが、確かに一理ある。

「でも、ゴールドはそれでも反対するんだろうけども」

 二人して肩をすくめる。

「あいつはもう面倒くさいな。原発に対して偏見しか持ってねえ。しかもその偏見を正しいことだと錯覚までしている始末だ。人の話を聞きゃしねえ。だからあの年で独身なんだよ」

 アツシの罵倒が始まった。いつものことだ、こうなるともう止まらない。俺は黙って聞いていた。

 だが、

「……へえ、そうですか」

 その話はもっと会議室を離れてからにした方が良かった。振り向くと、怒気を満面に湛えたゴールドが仁王立ちをしていた。

 ゴールドの逆襲が始まる。アツシの言ったことをいちいちほじくり返し、ネチネチと反論を続ける。さすが元夫婦の関係なだけあって、言葉に遠慮がない。

 アツシが助けを求めるように俺を見たが、俺は無視して先に帰ることにした。

 巻き添えを食らっちゃたまらない。

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